表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/12

4.「ロミオ」と「ジュリエット」

「……ジュリエット、このあたりの席で待っていて」


「はいい?」


 ババロアが盛られた小皿を両手に戻ってきたジュリエットに、紳士から眼を外さないまま呟くと、ジュスティーヌは紳士の方へするすると歩み出した。

 後ろでジュリエットがなにか言っているが、もうジュスティーヌの耳には入らない。

 紳士もジュスティーヌに向かって動き出す。


 ちょうど、中間地点で二人は出会った。


 紳士ははにかむような笑みを浮かべ、「良い夜ですね」とだけ言った。

 初めて聞いた声は甘く、耳に心地よい。


 ジュスティーヌは「ええ、とても」とだけ答えて、頬が上気していくのを感じながら紳士を見上げた。

 紳士は、優しげな深い緑の瞳でジュスティーヌを見つめて軽く頷く。

 つけているのはジュスティーヌと同じく、目元を隠すだけの仮面。

 顎や鼻、唇の印象からすると、整った顔立ちのようだ。


 ご馳走が並ぶテーブルのまわりは人の行き来が激しい。

 お互い、うっとりと見つめ合っていたところに、誰かにぶつかられかけて、ジュスティーヌは慌てて避けた。

 紳士が、ジュスティーヌを自分の身体でかばうように動き、肘を差し出した。

 ジュスティーヌは、流れるように見知らぬ紳士の肘につかまる。

 服越しに触れた腕は細くはなかったが、父や親戚達よりも柔らかく感じられた。

 服の下の裸の腕をつい想像してしまったことに気づいて、ジュスティーヌはこっそり顔を赤らめる。

 

 人の流れを避けようとしているうちに、2人は自然、廊下に出た。

 廊下には人の気配はなく、王国のあちこちの風景を描いた油絵や、祖先の肖像画が並ぶ。

 2人は、静かな方へ静かな方へとゆっくり進んだ。

 遠くからワルツの調べが聞こえてくる。


「黒髪のレディ、お名前をお伺いしてもよろしいですか?

 せめて、今宵一夜の仮の名でも」


 名を訊ねられて、ジュスティーヌは固まりかかったが、仮名でもと言われてほっとした。

 仮装舞踏会では、お互いバレバレであっても、仮名を名乗りあって押し通すことが粋だとかなんとか、誰かに聞いた覚えがある。


「え、あ……その」


 といっても、誰かと会話するつもりのなかったジュスティーヌは、仮名も考えていなかった。

 結局、置いてけぼりにしてしまった友の名を借りる。


「ジュリエットとお呼びください。

 あの、貴方は……?」


 名を訊ねてきた紳士が逆に戸惑っている。

 彼も仮名を考えていなかったようだ。


「そうですね……

 では、ロミオと」


「ロミオ様」


 ジュスティーヌは繰り返した。

 「ロミオ」は、少し照れたような笑みを見せる。


 ロミオというのは、王妃クリスティーヌの実家である隣国によくある名前だ。

 もしかしたら、クリスティーヌが嫁いでくる時に連れてきた者の縁者なのかもしれない。

 王女が他国に嫁ぐ場合、実家からついて来た侍女や侍従が、輿入れ先で現地の者と結婚し、家庭を持ってあるじを支え続けることは、ままあることだ。


 もしそうなら、「ロミオ」は女公爵となる自分と結婚できる立場ではない。


 まだ仮面越しの顔しか見ていないのに、そんなことまで考えている自分に、ジュスティーヌはうろたえた。


 それにしても、なにを話していいかわからない。

 下手なことを話して、自分がシャラントンの娘であることがバレたら困る。

 本当は「ロミオ」の本名や、どういう立場の者なのか色々訊ねてしまいたいが、訊ねれば、自分のことも話さなければならなくなる。


 しかたなく、黙ったままジュスティーヌは歩んだ。

 とはいえ、話が途切れたままでも、不思議と居心地は悪くない。

 このまま黙って、「ロミオ」と2人、どこまでもふわふわと歩いていければよいのに──


 ふと、「ロミオ」は脚を止めた。

 廊下の横手に、フランス窓が続いている。

 中庭に出られるようだ。


「せっかくの舞踏会です。

 踊りましょうか」


 ジュスティーヌが頷くと、「ロミオ」は微笑みながらフランス窓を押し開いた。


 石畳敷きの中庭は、さほど大きくはないが、真ん中に小さな噴水と花壇があるだけ。

 灯はないが、満月に近い月の明かりで十分踊れそうだ。

 どこかの窓が開いているのか、廊下よりも音楽がはっきり聴こえてくる。


 片腕を伸ばして手を重ね、もう片腕を互いの腰にまわして、ワルツのかたちに組んだ。

 身体が近くなったその分だけ、余計にふわふわした心持ちのまま、ジュスティーヌは「ロミオ」に合わせた。

 「ロミオ」の動きは軽やかで、優しげなまなざしを見上げるうちに、緊張はすぐに解けて消えていく。

 そして、人目を気にせず踊れる解放感。

 翔ぶように、二人は踊った。


 他に誰もいないのをいいことに、立て続けに何曲か定番のワルツを踊っているうちに、曲は流行歌をワルツに仕立てたものに変わった。

 見知らぬ者同士が夜会で出会い、一目惚れをして永遠を誓う恋の歌だ。


 今の状況にぴったりすぎる。


 「ロミオ」は少し笑って、良い声で歌い始めた。

 ジュスティーヌも一緒に歌う。


 ──甘き夜、見知らぬ者達が出会う

 ──眼があった瞬間、魂を射抜かれ

 ──共に手を差し伸べ

 ──共に踊るうち、離れられなくなる

 ──2人は恋に落ちたのだ


 瞳をあわせ、声を合わせて歌いながら踊るのはさらに愉しい。

 間奏に入ると、「ロミオ」はジュスティーヌの腰を両手で掴んで高く持ち上げ、くるくると回った。

 思わず、高い声でジュスティーヌは笑う。


 ──眼があった瞬間、生まれた恋

 ──恋はいつまでも輝く

 ──甘き夜、それは運命

 ──甘き夜、それは永遠の愛


 曲が終わり、足が止まる。


 見つめ合ううち、自然に二人は堅く抱き合った。

 「ロミオ」に包まれる感覚は、心地よかった。

 彼の肩に頬を預けたジュスティーヌは、眼を閉じて、深々と息を吸った。

 もう、この人の側でしか息ができそうにない。


「いつまでもこうしていられればいいのに……」


 思わず呟くと、ジュスティーヌを抱く「ロミオ」の腕に力がこもった。

 ジュスティーヌも「ロミオ」にしがみつくように抱き返す。


「『ジュリエット』、あなたとずっと一緒にいたい。

 無粋かもしれない。

 でも、本当の名を教えてくれませんか?」


 堅く抱き合った身体に、「ロミオ」の声が直接響く。

 戸惑いながらジュスティーヌは顔を上げた。


「あの、それは……」


 言ってしまったら、この素晴らしい瞬間は壊れてしまうのではないか。

 口ごもるジュスティーヌを、「ロミオ」は優しげな、しかし真摯なまなざしで見つめている。

 深い緑の眼がきらめいて──


曲は以下を参考にしました。

※歌詞はオリジナルです。

Strangers In The Night(Frank Sinatra)

https://www.youtube.com/watch?v=BTOeRwIUnG0

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ジュスティーヌがジュリエットになったΣ(・□・;) なるほど仮面舞踏会からロミオとジュリエットの名前に改名とはさすが……(;・∀・) これは後日Ñモノホンのジュリエットとの間に誤解が生ま…
[一言]  大丈夫ですかね? 「ジュリエット」なんて名乗っちゃって……。カタリナ様も、グイグイ来そうですし……。いろいろと心配ですが、続きが楽しみです!  どうぞ、何かの手違いでアルフォンスが焼き尽く…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ