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3.仮面舞踏会

 すっかり機嫌は直っていたが、公爵には塩対応モードでそそくさと夕食を済ませた後、ジュスティーヌとジュリエットはさっさと部屋に引き上げた。

 ジュスティーヌは黒、ジュリエットは赤に髪の色を換え、いくつか持ってきた夜会用のドレスの中から、一番目立たない、よくあるクリーム色のドレスに着替える。

 ダークグレーの外套を羽織り、同じ色のストールを巻きつけてしっかり髪も首元も覆うと、うまい具合に警邏の視線が切れた瞬間、ささっと建物を出た。


 夜陰を縫うように、舞踏会が開かれるホールへと向かう。

 灯が近くなってきたところで仮面をつけ、外套を脱いでそのへんに隠し、フランス窓を開け放したままのバルコニーから、適当に紛れ込むことができた。


「わあ……」


 きらびやかな大広間に集う、紳士淑女の華やかさに2人は眼を丸くした。

 公爵家だけでなく、近隣の王侯貴族も招かれているので、集まっているのは400人ほどのはず。

 魔石のかけらをたくさん吊った、豪奢なシャンデリアがきらめく中、楽団が奏でる音楽に合わせて、老いも若きも仮面をつけ、優雅に踊っている。

 その合間を、グラスを盆に並べた給仕が飛び回る。


 ぎゅっと手をつないだまま、令嬢二人は壁際から踊る人々を眺めた。


「あ、あれ!

 カタリナ様じゃないですか?」


 お胸の谷間をがっつり見せるド派手ドレスを着た金髪の令嬢が、ど真ん中で踊っている。

 自分が踊るだけでなく、もっと盛り上がれとまわりを煽りまくってもいる。

 ファビュラス&プレシャスっぷりが全開だ。


「しーっ

 仮面舞踏会では、本当の名前を口に出してはいけないんでしょ?」


「そでしたそでした……」


 立ち止まっていると、ん?これは誰だ?と若い紳士達から視線を向けられた。

 油断していると、誰かに話しかけられてしまいそうだ。

 2人はいかにも用事があるような顔を作りつつ、こそこそと壁伝いにホールを進んだ。


 ふと、ひと目で恋人同士とわかる男女がうっとりと互いを見つめあいながら踊っているのに、ジュスティーヌは眼を吸われた。

 笑みを交わし、時々ささやきあいながら身を寄せて踊る二人を見ているうちに、胸の奥がきゅうっと締め付けられる。


 ジュスティーヌは、公爵家のただ一人の子。

 結婚しないという選択肢はないし、夫は女公爵となる自分を支えてくれる者でなければならない。


 もちろん、支えてくれるなら誰でもよいというわけにはいかない。


 血が近すぎないこと。

 君主を支えるのにふさわしい能力を持っていること。

 それなりの家格に生まれ、かつ公爵家に入ってくれる者。


 ざっくり言えば次男以下の王子や公子ということになるが、優秀な者ほど実家が離したがらないし、妻を立てる立場となることを好まない者も少なからずいる。

 どうしてもジュスティーヌ自身との相性は、後回しにせざるを得ない。


 亡くなった母マグダレーナは、大帝国エルメネイアの皇女とはいえ、何十人もいる皇女の一人だったから、比較的自由に結婚相手を選べた。

 帝国の貴族であれば侯爵家以上の嫡男、他国に嫁ぐのなら君主の子という条件に該当する数多の貴公子達の中から、国は小さく、辺境にあるがとにかく一本気な父を母は選び、愛し愛されて嫁いできたのだ。

 その母は亡くなる数日前、やせ細った腕で7歳だったジュスティーヌを抱きしめ、「わたくしが与えられた自由を、あなたにあげられなくてごめんなさい」と涙ながらに謝った。

 弟がいれば、女児のジュスティーヌは公爵家を継がずに済んだからだ。

 まだ幼かったジュスティーヌは母がなぜ泣くのかわからず、ただ「お母様、泣かないで」と繰り返すほかなかった。

 もうすぐ15歳となる今ならわかる。

 自分には、恋という贅沢は許されないのだ──


「ぬーん。

 仮面姿だと、誰がイケメンなのかわからないっていうか、全員イケメンに見えますね……」


 ジュリエットがぼそりと不穏なことを呟いて、ジュスティーヌは慌てた。

 まさか、逆ナンでもキメるつもりなのだろうか。


「ジュリエット、だめよ。

 今日は見学だけにしないと」


「もちろんです姫様!

 でも、素敵な殿方とかチェックしておきたいじゃないですか〜……」


 のんきなことを言って笑うジュリエットに脱力しながら、ジュスティーヌは目立たぬよう客でいっぱいの部屋部屋を進んだ。

 周囲の会話からすると、どうも奥の方に軽食が用意されているようだ。

 令嬢達がババロアが美味しかったと笑っているのが耳に入り、二人は互いに頷いてそちらへ向かうことにした。

 ジュリエットは、ジュスティーヌより1歳年上の16歳だが、まだまだ色気より乗馬と食い気なのだ。


 ジュスティーヌは、自分たちより少し先に、肩甲骨に届くほどの焦げ茶の髪をうなじで括った若い紳士が同じ方向に向かって歩いているのに眼を留めた。

 すらっと背が高く、歩き方がしなやかで、細身の猫のようだ。

 身体つきからすると、まだ若い。

 公国では、父公爵以下、鍛え上げた身体を見せつけるようにやたら力強くドスドス歩く男性ばかりだから新鮮だ。


 その紳士の背を追うかたちになったまま、饗応室に入る。

 ジュリエットが、わあ!と小さく声を上げた。

 手のこんだ肉料理や魚料理、甘味やら、さまざまな食べ物がテーブルの上に大量に並んでいる。

 饗応室の外のバルコニーには、4人がけの席がいっぱいに並んでいて、夜食を食べている客も結構いる。

 他人の動きを見ていると、どうやら好きなものを取って、好きな席で食べるらしい。

 例のババロア、取ってきますね!とジュリエットがいそいそとご馳走の方へ向う。


 ここで、バルコニーの方へ向かいかけていた、先程の猫のような紳士がふと振り返り、ジュスティーヌの方を見やった。


 お互い、仮面越しに眼が合った瞬間。


 雷に打たれたような、としか言いようのない、生まれて初めての衝撃があった。

 世界がかくんとズレたように感じて、ジュスティーヌは半歩だけよろめいた。

 勝手に、心臓の鼓動がどんどん高鳴ってゆく。


 なんだろう、これは。

 なにが起きているんだろう、これは。


 ただ眼が合っただけなのに、視線が外せない。

 後ろ姿で感じた通り、まだ若い──とはいえ、ジュスティーヌよりは上、18歳か19歳くらいに見える紳士も動きを止めたまま、ジュスティーヌの方を少し呆けたように見ている。


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