2.ジュスティーヌとジュリエット
しばらく後の王宮内。
公爵家にあてがわれた小宮殿の応接間で、まだ14歳、社交界にも出ていない──というか、正に今夜デビューする予定だった、銀髪の超絶美少女・公太女ジュスティーヌは、父親を睨めつけた。
「それで今夜の舞踏会をキャンセルしていらしたんですか?」
数年前に亡くなった母親は、大陸の覇者・エルメネイア帝国の皇女マグダレーナ。
美貌も威厳も母親に年々似てくる娘になじられて、公爵はしょんもりとうなだれた。
ジュスティーヌは、父と共に国王に挨拶をした後、王太子アルフォンスの妹である未婚の王女2人や他の客人などとお茶を楽しんでいたところで、まさかの舞踏会ドタキャンの知らせを受けた。
国王夫妻の子は女女男女女と5人いて、上の二人は嫁いだので、王妃の補佐は未婚の王女2人が務めている。
王女達に平謝りに謝り、逆に王女達には絶対うちの父がやらかしたに違いないと謝られまくって、お茶会はぐだぐだのまま解散。
さすがに子供じみた喧嘩で欠席と公表するわけにもいかないので、急な体調不良ということにしたようだが、せっかくの社交界デビューをどうしてくれるんだと、凍てつくようなまなざしで父を睨んでいるのはいたしかたないだろう。
「ままま、舞踏会はまたあるんじゃけ。
えーと、予定はどうなっとるんかいの?」
「本日が王家への表敬訪問と歓迎舞踏会。
明日の午前中は休息に当て、午後は園遊会と晩餐会。
明後日が神殿への表敬訪問やら騎士団の視察など諸々。
明々後日が式典と記念舞踏会となっております。
その後、記念競馬を観戦して、最後の大晩餐会に出席して帰国、ですな」
傍に控えていた侍従長のジーヴスがそらで答える。
「舞踏会、あと1回しかないじゃないですか!
どっちにしても、主賓格で来たのにいきなりホストと喧嘩なんて、マジでありないですよおおお……
今日はもう仕方ないですけれど、明日からはちゃんと色々出席するんですよね!?」
ジュスティーヌの幼馴染のピンク髪、公爵家の分家の分家の分家の娘であるジュリエット・フォルトレス男爵令嬢も恨めしげに公爵を睨む。
このジュリエット、令嬢ながら乗馬の天才と謳われ、記念競馬に愛馬・黒王号で出場する予定なのだ。
ジュスティーヌは、お小遣いをすべてジュリエットの単勝に賭けている。
ジュリエットの才能も、魔馬の血が入っている巨大な黒馬・黒王号も、他国にはあまり知られていないので、勝てば十万馬券でウハーだ。
「すまんすまん……
フェルナンドがたわけたことを言いよったけん、ついかーっとなってしもうた。
明日からはちゃんとやるけん、堪忍してや。
今夜かてなんやあるやろ、その、娘同士のお楽しみ会とかそんなんが……」
「今夜は舞踏会があるんですから、そんな会が開催されるわけがないじゃないですか!」
あわあわとごまかそうとする公爵に、ジュリエットが無情な突っ込みを入れる。
ジュスティーヌは深々とため息をついてみせた。
「わたくし、少し休みます。
ジーヴス、代わりに父上への説教をお願いね。
正座1時間コースで」
「は」
ジーヴスがうやうやしく頭を下げる。
「堪忍してやぁ」と涙目の公爵を、ジュスティーヌはつんと顎先を上げてもう一度横目で睨むと、ジュリエットを連れて応接間をしずしずと退出した。
「姫様姫様。
今夜の舞踏会、レディ・カタリナのご発案で仮面舞踏会にしちゃうらしいですよ。
メインゲストがいないのに、そのまま普通に開催しちゃうのもしらけるからって。
こそっと行っちゃいません?」
廊下に出たところで、こそっとジュリエットが囁いてきた。
レディ・カタリナというのは、エルメネイア帝国のサン・ラザール公爵の次女で、さきほどのお茶会でひときわ目立っていた美人だ。
豊かな金髪を巻きに巻いた派手顔の21歳。
遊び好きで、まだまだ落ち着きたくないと縁談を回避しまくっているうちに父公爵に雷を落とされ、親戚である王妃クリスティーヌの預かりというかたちでこの国に滞在しているそうだ。
「え? そうなの!?
でも、仮面は?」
「ふふーん!
ちゃっかりいただいちゃったんですー!」
ジュリエットはぴらんと舞踏会用の目元を覆う仮面を取り出してみせた。
赤と黒、2枚ある。
ジュリエットはお茶会の間、別のテーブルで王女達の友人だという令嬢達と喋っていたが、いつの間に、とジュスティーヌはぱちくりした。
「ああ、でも髪の色が……」
公爵とジュスティーヌの銀色の髪は、この国ではまず見かけない。
仮面で顔を隠しても、髪を見ればシャラントンの娘だとわかってしまう。
ジュリエットのピンク髪だって、かなり珍しい色だ。
「大丈夫です!
こんなこともあろうかと、髪色を変える魔法のスクロール、持ってきたんですー!
って、日付が変わる瞬間に元に戻っちゃうんで、早めに撤収しないといけないですけど」
「さすがだわ、ジュリエット!」
ジュスティーヌは、ぱああっと顔を明るくした。
舞踏会は、夜の10時くらいに始まって朝まで踊るものだ。
日付が変わるまでとなると、最初の2時間だけになるが、初めてなのだし、そのくらいで帰った方が良いだろう。
万一寝室にいなかったのがバレても、寝付かれなかったので散歩していたとかで無理くりごまかせそうだ。
「……行っちゃう?」
「行っちゃいましょう!」
令嬢2人は手を取り合うと、足早に自分たちの部屋へと向かった。