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11.いつか、素敵な方と恋に落ちた時のために

「で、では神意審問結界、起動!」


 斜め上の展開に全然ついていけていない大神官が、よくわかっていないまま、大きな魔石がはめ込まれた杖を振った。


 どーんと大きな音がして、神殿の床にまばゆい光が走り、幅50m近い床いっぱいの大きな円となる。

 神官見習い達が信徒席やら祭具など、邪魔なものを慌てて片付けていく。


「わたくし達の結婚に反対ではない方は、すぐに結界から出てください」


 ジュスティーヌは警告した。

 

「わたくしは、殿下がどなたと結婚されようと関係ありませんので」


 カタリナはしれっと結界から外れて、祭壇の脇から大神官達と高みの見物を決め込む。


「お父様、お母様。

 わたくし達はお兄様とレディ・ジュスティーヌの結婚に賛成です」


「いつもはぼへーとしたお兄様があんなにおっしゃるんだもの。

 変な小細工なんてせずに、一緒にさせてあげればいいじゃない!」


 王女2人が涙目で父母に抗議しながら、結界から退いた。


「コンスタンツェ、ソフィー。

 ありがとう」


 アルフォンスは妹たちに微笑むと、ジュスティーヌの右手を取り、恋人つなぎで手をつないだ。

 他に退く者はいない。


 結界の両端近く、祭壇に向かって左にジュスティーヌ達、右に国王夫妻にシャラントン公爵、そして王国の重鎮あわせて十数名が対峙するかたちになった。

 サン・ラザール公爵が残っているのは、たとえ当人が微妙顔でもカタリナを王太子妃に押し込む可能性をまだ諦めていないのだろう。


 もう一度、大神官が杖を振り、円の外周の上にキラキラ光る円筒状の結界が展開された。

 高さは40メートルはある天井すれすれだ。

 これで魔法は結界の中に封じられる。

 

「行きます!」


 左の手のひらを上に向け、ジュスティーヌは「ファイアボール」とそっと呟いた。

 ちょうど手のひらに乗るくらいの大きさの赤黒い火球が現れ、ゆっくりと上昇してゆく。

 ジュスティーヌの頭上を越え、さらに1メートル、2メートル──


 国王は、眉を寄せた。


 まるで、子供が初めて放つような小さな火球だ。

 だが、ファイアボールは「勢いをつけて火球を放つ」魔法。

 このように静かに動く「ファイアボール」は見たことがない。


「皆、かかれ!」


 漠然とした不安を振り払うかのような国王の叫びと共に、火に強い水属性魔法、ウォーターボールやらウォータースラッシャーが一斉に放たれる。

 アルフォンスが、ジュスティーヌのファイアボールを守ろうと、必死に防御魔法「光の盾」を繰り出し始めた。

 魔法は苦手なシャラントン公爵が、ウォーターボールを速攻打ち返されてびしょ濡れになる。


 だが、多勢に無勢。

 すべての魔法を跳ね返すわけにはいかず、小さな火球に四方八方から、数十倍もの大きさの水の球や刃が襲いかかるが──


「「「「「え!?」」」」」


 青白く輝き始めた火球のはるか手前で、すべての水魔法が蒸発した。


 そういえば、火球の方向が、妙に熱い。

 放った時より、温度をかなり上げているようだ。

 放てばそれっきりとなるファイアボールでそんなことが可能なのだろうか。


 ジュスティーヌは、いつのまにか眼を閉じ、天を人差し指で指すように腕を伸ばしたまま集中している。


「打て! とにかく打て!」


 叫びながら、国王は上級魔法の詠唱に入った。

 どどーんと大きな音がして、青と緑の大きな魔法陣がその前方に展開される。


「噛み砕け!」


 魔法陣から巨大な水の龍が現れ、所狭しとばかりに結界の中を一周すると、火球に食らいつくべく顎を大きく開いて中空を駆け上がり──瞬時に尾までまるごと蒸発した。


「馬鹿な!」


 国王はあっけにとられて、火球を見上げた。

 もう直視するのが厳しいほどにまばゆい火球は、直径1mほどに膨れ上がっている。


 そして……熱い。

 はっきりと結界内の温度が上がっている。

 あっという間に、息をする度、肺が灼けそうなほどの熱さになる。

 あれだけ水魔法を打ったのに、空気はもうカラカラ。


 魔力の多い国王は、魔法による干渉を受けにくい。

 その自分でもここまで熱いということは──


「へ、陛下ッ 申し訳ありません!」


 重鎮の一人が耐えきれなくなって、結界から転がりでた。


「あなたッ」


 ものすごい勢いで水魔法を連射していた王妃も、かなり辛そうだ。

 国王は王妃を抱き寄せると、有無を言わせず結界の外へ押し出した。

 慌てて、王女達が母を受け止める。


「皆、出ろッ!」


 わらわらと重鎮たちが逃げ出す。

 ついでに、サン・ラザール公爵も逃げた。


「このに及んでワシが出られるか、ぼけー!!

 フェルナンド、なんとかせえやー!!」


 残ったのは、意地でも退けないシャラントン公爵だけだ。

 片膝を突いて身を縮め、全魔力を身体防御に回してやっと耐えている。

 その顔は真っ赤。

 赤い顔に伝う汗が、すぐに塩に変わっている。


「御前! もう無理ですってば!

 強制終了です!

 終了終了ー!」


 そこに、黒王号にまたがったまま事態を見守っていたジュリエットが駆け込んできた。

 風魔法で外気をまとうと、全力で結界に突っ込み、シャラントン公爵を結界から蹴り出してそのまま駆け抜ける。


「あびゃああ!?」


 黒王号にすこーんと跳ね飛ばされた公爵は悲鳴を上げて、ゴロゴロ転がった。


 ふっとジュスティーヌが眼を開いた。


「母は亡くなる前、大事なことを2つ教えてくれました。

 1つ目は、わたくしには、恋の自由はないということ」


 母の涙を思い出して、ジュスティーヌの瞳はせつなげに揺れる。

 だが、その教えには続きがあった。


「2つ目は……

 お父様よりも、強くなれば。

 わたくしが、この世界を焼き尽くしてしまえるくらい強くなれば。

 きっと好きな人と結婚できる、と」


 そんなめちゃくちゃな、と一同あっけにとられた。

 ぐったりした王妃が「マグダレーナ様は、重度の魔法脳筋だったから」と遠い目で呟く。


「でも、上級魔法ではどう詠唱を縮めても、お父様のグレイヴの速さには勝てない。

 だからわたくし、一番出が速いファイアボールを磨きに磨いたのです。

 いつか、素敵な方と恋に落ちた時のために」


 ジュスティーヌは微笑んで、アルフォンスを見上げた。

 アルフォンスが愛おしげに、その頬に触れる。

 どういう「磨き方」をすればこういうことができるのか想像もつかないが、火球の真下の二人はまったく熱を感じていないようだ。


「小娘……!」


 国王は、ギリギリと歯噛みした。

 魔導師として大陸に名を馳せている自分、この国の初代国王である自分が、たかが15歳の少女のたかが「ファイアボール」に負けるなどあってはならない。


 国王は、右手をがっと前に突き出し、左手も勢いをつけて突き出した。

 残りの魔力を溜めに溜め、白銀に輝く超絶難易度の魔法陣を構築、魔力を解放する。


「エターナル・フォース・ブリザードォオオオ!」


 国王は、自身最強の魔法を放った。


 全てのものを撃ち抜き、なぎ倒し、凍りつかせてしまう無数の氷の弾丸が吹雪となって敵に襲いかかる魔法だ。

 数千の魔獣が一気に湧いて襲いかかってくる魔獣襲来スタンピードを一発で屠ったことさえある究極魔法が、火球へと向かう。


「ジュスティーヌ!!」


「アルフォンス!?」


 結界の外にいる者達が悲鳴を上げる。

 こんな狭いところで究極魔法を放てば、勢い余った氷の弾がジュスティーヌとアルフォンスをずたずたにしかねない。


 が。

 ぶわっと火球が巨大化すると──氷の弾をすべて呑み込んだ。


「ふぬううううう……!」


 両手を突き出したままの国王は、再度放ち、氷の弾丸は渦を巻きながら火球を襲う。

 火球は氷を吸い込み、さらに膨れ上がった。

 その表面はぼこぼこと泡立ち、まるでマグマのよう。

 むしろ、太陽のようと言うべきか。


「くっそおおおおおう……!」


 国王は死力を尽くし──尽くして尽くして尽くして、数分後。

 いくら力んでも氷の粒がぴゃっとこぼれて床に転がるだけになったところで、うつ伏せにぱったり倒れた。

 魔力切れのようだ。


 ぴったりと身を寄せ合っているアルフォンスとジュスティーヌの頭上には、変わらず巨大ファイアボールがふよふよと浮いている。


「……勝者、ジュスティーヌ・シャラントン!

 女神フローラは、王太子アルフォンス殿下とシャラントン公爵令嬢ジュスティーヌの結婚をお認めになりました!」


 大神官が宣言し、結界は解除された。


王妃クリスティーヌ「もしかして、神意審問を受けなければよかったのでは……」

シャラントン公爵「ほんまやぞ。ドヤ顔して受けたくせに、かすりもせんとかどゆこと??」

国王フェルナンド「サーセン! ぶっちゃけサーセン!」

王女コンスタンツェ&ソフィー「……ところでパパの魔法の名前のセンス、どうにかならないの?」

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― 新着の感想 ―
[良い点] エターナル・フォース・ブリザードォオオオ!Σ(・ω・;) 中二病ですかこの国王(。-`ω-)
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