10.欺瞞だらけの婚約式
「てか、なんでカタリナ様が姫様に助けてって言ってくるんですか?」
反射的に飛び出しはしたものの、いまいち状況がわかっていないジュリエットに、ジュスティーヌはアルフォンスとの恋を打ち明けた。
「ええええ、めっちゃヤバいじゃないですか!?
どいてどいてどいてーーー!」
勢いのままに王宮の塀をジュスティーヌがぶち抜き、幅4mはある濠を黒王号が華麗に飛び越えて、街路を駆け抜けることしばし。
2人は大神殿に着いた。
そのまま、神殿の警備も近衛騎士も蹴散らす。
なにもない時は開けっ放しの大神殿の扉が閉ざされている。
中で、特別な儀式が行われているのだ。
「ぶち抜け! 黒王号!」
黒王号は大きな青銅製の扉を蹴破った。
大神殿は吹き抜けの大きなホールとなっていて、奥の祭壇には女神フローラの像が飾られている。
祭壇に向かって座っていた人々が一斉に振り返った。
国王夫妻と王女達、サン・ラザール公爵に父、そして急遽呼び集められたらしい王国の重鎮達だ。
祭壇の前に並んで、向かい合って立っているのは、昏い眼をして表情を失っているアルフォンスと、おろおろと視線を泳がせているカタリナ。
大神官と、婚約指輪を載せたトレーを捧げ持った少年神官もいる。
「ジュスティーヌ!? なぜここに!」
立ち上がった父が吠えるのを無視して、黒王号から飛び降りたジュスティーヌは、祭壇へと駆けた。
「アルフォンス!」
愛しい男の名を、力の限り叫ぶ。
ぐぎぎ、と妙にぎこちない動きで、アルフォンスはこちらを見た。
苦しげに顔を歪め、2歩、3歩、全力でなにかに抵抗するように歩むうち、その首に嵌められていた金色のチョーカーがパリンと砕け散る。
あ!と叫んで、王妃が倒れた。
王妃が、アルフォンスを精神的に拘束する魔法をかけていたようだ。
慌てて国王が抱きとめる。
「ジュスティーヌ!」
自由になったアルフォンスは駆け出し、通路の真ん中でジュスティーヌとひしと抱き合った。
「それで、婚約は!?」
「た、たぶん、まだ……?」
術をかけられていたアルフォンスは、自信なさげだ。
「大丈夫、セーフよ!!
あなたたち、感謝してちょうだい!」
カタリナがいい笑顔でぐっと親指を立てた。
ほっとしたジュスティーヌを抱き寄せ、アルフォンスは両親に向き合った。
「父上! 母上!
なんですかこの非道な行いは!
魔法で無理やり婚約の誓いを立てさせ、女神フローラをたばかるなど、あってはならないことです!」
そうだそうだ!とジュリエットが叫び、黒王号もいななく。
国王に支えられて、王妃がよろよろと立ち上がった。
「あなたは、シャラントン公爵の恐ろしさを知らないから……
この人、学院時代に大喧嘩をして、1対23で勝ちきったのよ!
行ってみたら、大怪我をした生徒がゴロゴロ転がっていて、魔力が切れるまで治癒魔法をかけ続ける破目になって……
魔法はそこそこ、騎士としてもそこそこのあなたがレディ・ジュスティーヌを奪ったりしたら、きっと殺されてしまうわ!」
え、とドン引きした視線がシャラントン公爵に集まった。
「いやいやいや、死人は出しとらんし!
この人数じゃ手加減ようできんかもしれんよ言うたのに、向こうがかかってきたんじゃけ。
騎士同士のことやもん、ワシ悪うないよ!?」
あわあわと両手を振りながら公爵は言い訳をする。
「それはとにかく!
私とジュスティーヌは、結婚を誓いあいました。
もう私達は離れない。
どうかお認めください!」
「ダメだダメだダメだ!!」
公爵が叫ぶ。
当然の反応ではあるが、このままでは平行線だ。
ずい、とジュスティーヌが半歩前に出た。
「認めていただけないのでしたら、魔導戦による神意審問を要求します!」
神意審問──
とは、女神フローラの御前で決闘を行い、勝者の主張が女神の意にかなっているとして認めるものである。
普通に死人が出ることもあるので、近年はあまり行われなくなった古い慣習だ。
「魔導戦による神意審問だと?
どうするつもりだ」
魔導師として名高い国王が半笑いした。
確かにジュスティーヌの母マグダレーナは魔力に優れていたが、本人はまだ15歳の小娘。
百戦錬磨の自分が負ける要素はどこにもない。
「わたくしが、ファイアボールを1つ打ち上げます。
その炎を消すか、結婚に反対する者が、わたくしが魔力切れを起こすまで結界内で誰か一人でも耐えきったらそちらの勝利。
わたくし達は結婚を諦めます。
全員降参すれば、女神フローラの御名にかけて、結婚を認めていただきます」
一同、唖然とした。
あまりにジュスティーヌ達が不利だ。
「それで、よろしゅうございますか?」
ジュスティーヌはアルフォンスを見上げた。
アルフォンスが覚悟を決めた顔で、大きく頷く。
「そ、それは……」
ジュスティーヌの実力を知っているシャラントン公爵はおろおろする。
「それでよかろう!!」
だが、国王が大声で応えた。
国王はもともとはジュスティーヌを王太子妃に迎えたがってはいたが、公爵の反応、王妃の反応を見てやはり無理筋かと諦めていた上に、えらく挑戦的な提案をかまされて、受けて立つ気になってしまったようだ。




