1.公爵はチェス盤をひっくり返す
ある秋の昼過ぎ、国王の私的な謁見室。
建具やら家具がやたらめったらキンキラキンな内装と、壁を埋めているバカでかい先祖の肖像画のせいで、ザ・成金感が凄い。
その全然落ち着けない部屋で、国王フェルナンドI世は又従兄弟に当たるシャラントン公爵ルイとチェスを指していた。
国王と公爵は同年で、共に大陸の覇者と呼ばれるエルメネイア帝国の帝国学院に留学。
16歳から18歳まで学友として過ごした仲でもあるのだが──
「チェックメイト、と」
公爵のクイーンをナイトでとると同時に王手をかけた国王はドヤ顔でふんぞり返る。
ぐぬぬと眉を寄せて、銀髪の公爵は長考に入った。
ちなみに2人ともチェスは酷い腕前で、そこそこ指せる側仕え達はさきほどから無の表情になっている。
「ところで、公爵。
朕がこの勝負に勝ったら、うちのアルフォンスの妻に貴君のジュスティーヌを貰うのはどうだろうか
あの美貌、利発さ、魔力の多さ。
正に次代の王妃にふさわしい」
公爵、という言葉を妙に強調して国王は重々しく言い出した。
アルフォンスというのは、国王の一人息子だ。
今年、18歳になった。
ジュスティーヌは公爵の一人娘でもうすぐ15歳。
年回りは確かに悪くはないのだが──
「はぁ!?
なにをアホ言いよるんじゃ!
大事な大事な跡取り娘を、なんでお前んとこに嫁に出さなあかんの!?」
思わずお国言葉で公爵は叫ぶと、すぱーんと盤をひっくり返して仁王立ちになった。
「国王」「公爵」という立場だが、シャラントン公爵はこの国の貴族ではない。
独立した公国の君主である。
というか、もともとはシャラントン公爵家が本家なのだが、分家が発展して辺境伯家となり、さらに魔獣が跳梁跋扈する通称「魔の森」を開拓して、実質的な領土を倍近く拡張、大陸中央部に広がる「魔の森」を貫く街道も整備して、東方諸国との交易にも励み、本家を凌ぐ勢いとなった。
そして数年前、辺境伯家は神殿に多大な寄付をして王国に格上げされたのである。
ちなみに、神殿はシャラントン公爵にも王国への格上げを持ちかけてきたが、「領土が増えるわけやなし、カネがかかるばっかりでええことないが」と公爵は鼻で笑って断った。
だが、2人の共通の祖先であり、魔獣をぶっ殺しまくってこの地域に人が住めるようにした聖女ギネヴィアの没後百五十年祭のために、娘のジュスティーヌを連れて「王国」を訪れたら、事あるごとに「うちは王国」「お前は公国」風を吹かされて、だいぶイライラが溜まっていたのだ。
「ちょおおおおおお!
ワシが勝つところやったのに、なにするんじゃい!」
「知るかボケ!
後出しでヘンなことを言い出すからじゃ!
ジュスティーヌは絶対に嫁に出さんけえの!
帰るッ!」
売り言葉に買い言葉。
いい年したおっさん2人はヒートアップする。
代々、公爵家と王家の仲は良く、互いに助け合う関係にある。
この2人も、一応それなりの情はあるのだが、どうも顔を合わせるといがみあいが発生しがちなのだ。
いつもなら、2人の学友でもある王妃クリスティーヌが間に入って巧くとりなすのだが、あいにくと不在。
彼女は王太子アルフォンスを連れて、実家である隣国の王家の式典に出席し、公爵の訪問に間に合うように帰って来るはずが、道中、大雨に降られて到着が遅れているのだ。
「は!?
帰るいうて、今日の舞踏会はどないするん!?
レディ・ジュスティーヌの披露目じゃいうて、クリスティーヌも気合を入れて準備させとるが」
「そんなん知らんし!」
ブチ切れモードの公爵は、勢い余って歓迎舞踏会のドタキャンまでかます。
と、ここで周りが盛大にあわあわし始めたのが目に入った。
ふしゅーっと頭から湯気を立てつつ、公爵は太い息を吐く。
「ままま、聖女ギネヴィアの式典は出る。
遠路はるばる来たんじゃけえの。
レディ・クリスティーヌにも挨拶せなあかんしな。
済んだら、速攻帰るけ!」
「もうレディ・クリスティーヌやない、クリスティーヌ妃殿下じゃい!」
そこは譲れないところなのか、国王も思わず立ち上がった。
「あああ?
レディじゃろうが妃殿下じゃろうが、クリスティーヌに違いはないじゃろうが!」
「ワシのクリスティーヌを呼び捨てにすな!」
公爵は2m近い長身で、背が高いために細身に見えるが、魔羆の首も一閃で刎ねる騎士でもあり、ガッチガチに鍛え上げている。
炯々と光る紫眼に峻厳な顔立ちは、「銀獅子公」とあだ名されているほどだ。
その公爵をにらみあげる国王は中肉中背、ダークブラウンの髪にぽんわりした体型のモブ顔だが、こちらも究極魔法も放てる魔導師として大陸に名を轟かせているだけあって公爵の圧に負けていない。
「陛下!
王妃様のお留守に勝手をしたら、ギュウギュウにつねられますよ!」
「御前! カームダウン!カームダウン!
あんまりイキりよったら、姫様の必殺技『パパ大嫌い』をくらいますぞ!」
側仕え達が決死の勢いで飛び込み、どうにか主君達を引き分けた。