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一人焼き肉ルポルタージュ

作者: 梅暦

感染対策もばっちりですわよ

 Google Chromeのニュース一覧に焼き肉店のお知らせがピックアップされた。何事かと覗いてみれば、どうやら天王寺の駅の近くに一人焼き肉店がオープンしたらしい。開業記念セールとして、900円のセットを1週間限定で550円にて提供するようだ。ほぼ半額。これは行かねばならない。しかしながら、Googleのサジェストはときどき思いもよらないものを呈示する。


 どうせお昼どきは混雑するだろうという予測のもと、11時前にはお店には到着するつもりが、着ていく服に悩む時間が思ったよりも長引き、気が付けば12時が迫っていた。これはよろしくないと思いつつ歩道に面した店に向かうと、やはり満席だった。しかし店の前を見る限り、並んでいる人はいないようだった。しばらくメニューを眺めた後、ボタンを押しドアを開けると同時に店員さんが出てきた。

 「いらっしゃいませ~! お持ち帰りですか?」

 「あ、いえ違います」

 つい「あ」と言ってしまうのが悪い癖である。

 「では申し訳ありませんが、列にお並びになってお待ちください!」

 ん? 列はないぞ? と訝みながら、しかし私は社会によく適合できている人間であるから、すみませんと素直に謝って再度周りを見渡す。店が面している歩道はかなり広いのであるが、見れば車道側にガードレールと三角コーンに挟まれる形で待機列が生成されていた。人間の注意力の残念さと恥ずかしさをない交ぜにした感情をかみ殺しながら最後尾に回り,トレンチコートのポケットから志賀直哉の「暗夜行路」を取り出して読んだ。心なしか、前に並ぶ人や店員に避難と嘲笑の目で見られているような気がした。


 30分ほど待った後、中に入ることが出来た。一人焼き肉を想定している店らしく一席当たりの空間がかなりコンパクトで、身を乗り出してタッチパネルの説明を行う店員の女性もいささか窮屈そうにしており、タッチパネルは空気を読まないで何度か反応を拒否していた。オープンしたてのお店であるからして、このタッチパネルもまだ導入されたばかりなのだろう。社会の暗黙のルールが分かっていないらしい。


 店員の人数は多く、配膳と片付け清掃が慌ただしく回転していた。いくらお金を積まれようが、いやもちろん時給3000円くらいなら喜んで承るが、この店では絶対に働きたくないと思った。私はヒューマンエラー量産マシンになってしまうだろう。


 メニューを注文し、パネルの支持に従って目の前のコンロも点火し、さて暇になった私はパネルの文字表記を英語に設定してみた。初期画面の「注文の方はこちら」が ”Place your order here.” に変化し、なるほどplaceを使うのかなどとちょっぴり感動した。しかしそのplaceのボタンを押すと肝心のメニュー内容は日本語表記のままであることが明らかになった。杜撰なバリアフリーである。漢字とカタカナとひらがな、この全てを理解しないとメニューが読めないという点で、焼き肉店のメニューはかなり高度な言語理解能力を要求するテキストであり、日本人がふわっと想定する以上に外国人にとっては読解が難しいだろう。その上事前に英語対応を生半可に期待させてしまう分、日本語にしか対応していない機器よりこちらの方がよっぽど性質の悪いシステムと言える。さながら「バリア・フリー・トラップ」であろうか。ちなみにハングル設定も存在したが、やはりガバガバ対応だった。そんなアホなことをもっともらしい顔をして考えていると、注文の品が届いた。テーブルがお盆の形に合うように窪んでいて,そこにスライドする形で載せられた。よく出来たデザインだなといたく感心しながら、店員さんに軽く会釈をする。

 「ごゆっくりどうぞ」

 という言葉をかけられたが、社会に上手く適合している私にとって、これが実際にゆっくりしてよいという意味ではないことを見破ることも実にたやすかった。小生意気なあのパネルにはぜひこの察しの良さを見習っていただきたい。


 ようやく肉だ。ここまで来るのにかなり時間がかかってしまった。肉の量は200gで、薄めに切った長方形のハラミが10枚ほど。成人を迎えて情けなくも機能が低下し始めた胃にはちょうど良い量だと好感を持った。テーブルの上で自立しているトング――これは肉を掴む部分がアイスピックのような変な形状をしている――を手に取り、火を付けて置いたコンロに肉を載せる。橙色の炎と煙が一気に立ち上り、危ない! ……かと思いきや、発生したしりから排気孔に吸われていった。肉を焼くときは、強火で一気に焼き、じっと待つのが肝要だ。肉の焼け加減が気になるからといって無闇にひっくり返してはいけない。1分ほどして肉はこんがりと仕上がった。次の2枚を網に投入しつつ、焼けた肉をご飯と一緒に頬張った。美味しい。並んだ甲斐があった。私は外食の際になぜか緊張して喉から食道にかけてのあたりが縮んでしまい、上手く食べて飲み込めないような感覚に陥ることが多い。今回も例に漏れずそうであったが、まぁランチ550円だしと思って気負わず肉を頬張った。完食。大満足だ。叙●苑なんて私にはもったいない。


 出口にはファブリーズが置いてあった。非常に助かる。これ幸いと

 「このファブリーズ使ってもいいですか?」

 と聞くと、

 「いいですよ! なんならおかけしましょうか?」

 と店員さんが言ってくださったので、ありがたくリセッシュしていただいた。良い気遣いだった。


 キャンペーン期間中にぜひもう一度行こうと思う。

 あらすじ詐欺感が若干否めませんが許してください。石を投げないでください。

 元々小説で使おうとしていたネタでしたが,予想以上に長くなったので短編エッセイとして投稿しました。普段はコンマとマルを句読点として用いることを好みますが,小説用に書いたネタのため,句読点がテンとマルになっています。縦書き対応です。

 小説は――書き上がり次第投稿します。難しくてなかなか思うように書けません。句読点の話も書けば1000字くらいにはなりそうなので,気分が向いたらさっと書き上げて投稿しようと思っています。

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