6、鬼とお手玉と掲示板
姫百合荘の住人たち13名は「早出組」「遅出組」に分かれているため、なかなか全員が顔を合わすことは難しい。
そこで住人専用の掲示板「百合ちゃんねる」が創設され、重要なトピックは全員が目を通すことが義務づけられている。(ただし小学生のアンは除く、というかアンはまだアクセス禁止)
もっとも多くスレを立てるメンバーはもちろん管理人の紅鬼であり、たとえば
スレタイ 【重要】乳がん検診報告スレ(2) くき
早くも今年2回目の乳がん検診の時期となりました。受診票をリビングに置いておきますので、各自取ってください。港湾第一病院にて1ケ月以内に受診をお願いいたします。
受診した方は、このスレでご報告を。
スレタイ 【重要】備品購入スレ(1) くき
住人全員で使うような備品は、家賃から購入します。
希望があれば、このスレに書きこんでください。
もえこ
タコ焼き器はみんないらん? もえこは別にいらんけど
まりあ
いらんなら書くな
といったように、住人すべてに関わる重要な告知が多い。
エステティシャンのローラは、女性の美容・衛生についてのお知らせを熱心に発信。
スレタイ 【重要】歯槽膿漏について ろーら
毎日歯磨きをしていても歯槽膿漏になる時はなってしまいます。
もし誰かが歯槽膿漏の匂いを発していたら、ためらわないですぐに教えてあげましょう。
本人に直接言いづらい時は、私か紅鬼まで報告を。(「紅鬼」っていう字、変換がめんどくさい!)
くき
匂いフェチの私でも、歯槽膿漏の臭いだけはダメ!
もしなってしまったら港湾第一病院の歯科を予約なしで受診できる体制が整ってます。
ただちに受診して治療を!
りゅうこ
若い女性でも、たまに歯槽膿漏の人いるんだよね。
それも、ある日突然なってしまう。(前の日まではまったく臭わなかったのに)
おそろしいよ・・・
ゆか
ニンニクを食った後で、思いっきり近い距離で息を吐きかける人も恐ろしいけどな。
ある日、紅鬼がこんなスレを立てた。
スレタイ 【非重要】フェチ報告スレ くき
たとえば私が匂いフェチで、龍子さんが筋肉フェチ、というのは皆さんご存知じゃないですか。
他にも「私はXXXのフェチ」という告白を募集します。
その人のフェチを満足させるため、住人みんなで協力してあげたいと思います。
たとえば夜烏子が「お尻の穴を観察して運勢を占うフェチ」だとしたら、みんなで夜烏子にお尻を見せてあげるとか。
りゅうこ
私は「汗のニオイ」もフェチだよ! がんばってる人の匂いだから好き!(注:がんばってない人でも、とりあえず汗の匂いは好き)
ありすん
私はどうも「わきフェチ」らしいです。だから「わきキッス」を発明したようだ
ようこ
ねえさん・・・ あのさ・・・
もえこ
フェチってよくわからんけど、もえこはイタリア・フェチかなあ? それか「大阪のハゲおっちゃん」フェチ
ぱんちゃん
もえこはフェチの意味がわかってないよ!
私は餃子と百合漫画フェチ。あ、私もわかってない
ようこ
要するに女性の体に関する何かを偏愛してるかって、ことでしょ。
実は私、背中フェチ。お尻フェチではありません!(お尻も好きだけど)
ありすん
あとやっぱり、私「おねえさんフェチ」なのかなあ。年上の綺麗な人が好き。
だから姫百合荘から離れられないのかなあ・・・
みらる
フェチというか性癖なのかも知れないけど。
アリスンと反対に年下、正確には15歳以下の少年少女が好き・・・ 今の時代、警察に通報されてしまうかもだけど・・・ こないだアンが連れてきたダーちゃん、かわいかった・・・
ろーら
私は美容オタクなので、化粧な上手な人を見ると惚れてしまう。化粧の匂いも好き。
ゆか
私はハンバーグフェチ。皆さん、私にハンバーグを食べさせてください
くき
好きな食べ物を書いてる人はスレちがいです!
まこと
私は冷え性だからホカホカしたものフェチ。
くりす
だれかそばかすフェチの人いないの・・・
ようこ
ハイ! そばかす大好き!
くき
私も!
りゅうこ
そばかすなんて気にしないわ!
くりす
気にしてくれよう
まりあ
私は愛する人のすべてフェチだな。もえこの抜け落ちた髪とか、捨てられないで保存してしまう。
下の毛も・・・
くき
それ気持ち悪くて、いいフェチです!
もえこ
おまえは「きらよしかげ」か!
ろーら
ところでみんな、別スレ(言いにくい言葉を隠語に言い換えるスレ)を立てたので、アイデア大募集!
「よだれ」と「愛液」の隠語を考えて!
(この結果、「よだれ」=「上のワイン」、「愛液」=「下のワイン」に決定)
ろーら
私、「上のワイン」と「下のワイン」が大好き!みんなは?
「好き」「好き」「大好き!」みんな好きだった。
ある金曜日、ローラは乳がん検診を受けに行き、アンは学校。
本日「休みシフト」のアリスンが自室で愛読書「日本死語辞典」を読んでいると、上半身裸の紅鬼と下半身裸の夜烏子が飛びこんできた。
嬉しそうに報告するには、「アリスン! あんたの発明した『わきキッス』を発展させて、『わき貝キッス』をやってみたよ」
ぬめぬめ光る右わきの下を見せる。
夜烏子は恥ずかしそうにうつむき、持参したパンティをすばやく身に着ける。
あまりにもツッコミどころの多いシチュエーションにアリスンの脳は停止しそうになったが、「その光ってるのは夜烏子の下のワイン?」
「そうだよ!」
アリスンは思わず紅鬼に飛びついて、右わきをペロペロペロ
夜烏子は真っ赤になった顔を両手で覆って、「アリスンちゃん、やめて」
紅鬼「アリスンも超一級の変態に成長したな」
アリスン「ふう~ 思わず・・・」
さらにベッチョベチョになった右わきを、誇らしげに見せつける紅鬼、
「夜烏子の下のワインとアリスンの上のワインがブレンドされた! いい匂い!」
自らも必死に舌を伸ばして舐めようとするが、苦しい体勢。
「ねえさん、無理だよ・・・ わきじゃなくて肩にすればよかたね」
「肩なんて、なんの意味もない! わかってないなー夜烏子は」
「そんな全否定しなくても・・・」
ここでアリスンはハッと思いついた。
「たとえば右わきを紅鬼に、左わきを夜烏子に『わき貝キッス』してもらえば・・・ 両わきから異なるお姉さんの匂いが・・・」
想像しただけで、思わず唾を飲みこんでしまう。
「もう、かわいいなーアリスンは!」
「変態かわいい」
紅鬼と夜烏子に同時にハグされ、幸せそうなアリスン。
「もう一生お姉さんたちの匂いに包まれていたいよ・・・」
紅鬼が瞳を輝かせて、「3人でやっちゃおうか!」
「え、2人とも今やったばかりでだいじょうぶ?」
夜烏子も嬉しそうに、「私たちは変態姉妹だから無限にセができるの!」
紅鬼「あ、でも待って。念のため場所を変えよう、大浴場に行こう」
夜烏子「大浴場で大欲情! ふふっ」
ローラが帰宅後、アリスンがことの成り行きを報告した。
「えっお漏らししちゃったの?」
「うん・・・ 2人に攻められて・・・」
恥ずかしそうにベッドを見て、「大浴場に行かなかったら、またここで・・・ 紅鬼のシミの上に私のシミを重ねるとこだった」
年上のパートナーの胸に飛びこんで、「ねえローラ・・・ あんなに感じたの初めてだった」
年下のパートナーの髪を優しく撫でるローラ、「ようやく、あんたも花開いてきたのよ」
「今までローラとしていたセなんて、本当のセじゃなかったんだね・・・」
「うーん、私としてはオーガズムを得られれば、どんな形であってもセだと思うけどね」
「でも私はローラから与えられるばっかりで、何もあげられなかった!」
「そんなこともないよ」
「私、これからは一生懸命勉強して一生懸命練習する! ローラを幸せにしてあげられるパートナーになる!」
アリスンの華奢な体を抱きしめるローラ、「それは楽しみだな・・・ これからが私たちのパートナーとしての、本当の人生だよ」
「この先どんなことがあろうとローラとアンといっしょなら、姫百合荘のみんなといっしょなら、歩いていける・・・」
感動的な場面であったが、ローラはスマホを取り出し、「紅鬼?こちらロ-ラさんだけど。大浴場に行ったのはナイス判断だけど、たとえ浴室であってもオシッコのしぶきが飛んで残ってると、臭いのもとになるから気をつけてね・・・ あ、オシッコも何か隠語を考えた方がいいね、隠語だらけになっちゃうけど」
狸吉小学校1年3組の休み時間、教室は緊迫した空気に包まれていた。
それはアンと親密な関係になってきたと思って油断したダーちゃんのミス・・・
窓側の席のダーちゃんは、真ん中2列目のアンが自分をジッと見つめてるのに気づき、投げキッスをしてから、手で銃の形を作ってアンに向かってバキューン「投げキッス・スナイパー!」とウインク。
そのあまりのかわいさにハートを撃ち抜かれてしまったアン、真っ赤になって
「ダーちゃんのヘンタイ! 投げキッスなんて昭和か!」と怒鳴りつけてしまったのだ。
それを見ていたクラスメートは、「『投げキッス・スナイパー』は『ぷりぷり7』だよ、昭和じゃないよ」「昭和って何?」
アン「知らん!」
ダーちゃんは目に涙をためて、うつむいてしまった。
アンは後悔に身をよじり、(ああっ なんで私は泣かせてしまうん)
が、ダーちゃんは涙をこらえて机の中からお手玉を3つ取り出し、ホイホイと上手にジャグリングを始めた。
「はあ~メコン川は~ 茶色い川よ~ カフェオレのように茶色いけど~ 飲めませぬ~」
美少女が謎の歌を歌いながらポイポイ投げるお手玉に魅せられてしまう、級友の樹摩。
「うわ~!ダーちゃん、上手!」
「はあ~メコン川は~ 川の十字路~ 信号もあるから~ 青になったら渡ろうね~」
アンはそちらを見ないようにしていたが、ついつい引きつけられ、お手玉を目が追ってしまう。
「はあ~メコン川は~ 川の上にもガソリンスタンド~ ガソリン入れましょね~」
「ダーちゃん、じゅまにもやらせておくれ!」
「ハイ、どうぞ」
樹摩はお手玉を受け取ると、楽しそうにポイポイポーイ。
ひとつが樹摩の頭に乗っかり、気づかないまま2つの玉を投げ続ける。
「うひゃーたのしい!」
アンは知らぬ間に樹摩のすぐそばに。羨ましそうに見ている。
アン「ううう・・・」
大人びた流し目でアンを見るダーちゃん、「アンもよかったら、どーぞ」
「あ、ありがとう!」
我慢できずに樹摩からお手玉を受け取る。
樹摩「あれ?2つしかない?」
ダーちゃん「あたまよ」
3つ揃ったところで、楽しそうに投げ始めるアン。「うひゃっほー!さいこうだぜ!」
その嬉しそうな笑顔を見て、クスリと笑みを漏らすダーちゃん。
そこへ若葉先生が教室に入ってきて、「アンちゃん! 学校にお手玉をもってきてはいけません!」
職員室で説教されるアン。
「いくら大好きなアンちゃんでも!特別扱いはできません! コラ!聞いてるかコラ!」
意外と怖い若葉先生を前に、首をうなだれるアン。
(ダーちゃんにハメられたのか・・・)とは思ったが、ダーちゃんの名前は決して口に出さなかった。
後にお手玉は無事にダーちゃんのもとに返還され、「えらいわアン、わたしをかばってくれたのね」
「ダーちゃんに悪いことしたから」
「わたしもちょっといじわるな仕返ししちゃった」クスッ
姫百合荘の豆知識(24)
(前回からの続き)ただ1人の生存者、17歳の水高火里には、父の故郷・熊本および母の故郷・大阪、どちらにも親族がいたものの、今回の事件に責任を感じた獣畜振興会の風太刀兵馬会長が養女として引き取りたいと申し出た。
親族のもとで暮らしていては、失った家族の面影を引きずることになろう・・・
同じ理由から、風太刀姓に変わると同時に下の名前も改めることに。
「紅鬼」
会長の妻が、女の子が生まれたら名づけようとしていた名前である。
「鬼」という字を名前に入れる、というのは普通の感覚ではないが、これは中国では不吉な文字を名前に入れることによってこれを防ぐ(たとえば「病」という字を名前に入れることによって病気を防ぐ)という民間信仰があり、それを参考にした命名法。
鬼という字を名前に入れることによって、鬼を防ぐ。(中国では「鬼」の字は死者を意味する場合もあり、この字を名前に入れれば「死を防ぐ」効果もある、かもしれない)
紅鬼は東京の私立女子高に編入させてもらい、これを卒業。
進学はせず、会長の仕事を手伝う道を選択。
このころには義理の父親の裏の顔も、とうに知っていた。
日本右翼の総元締め、通称「日本の首領」・・・
実の家族の命を奪った狂信的テロ組織のような、暴力をもってイデオロギーを実現せんとする者たちと戦う。
暴力には暴力、牙には牙!
「猛獣使い」の「女王様」、風太刀紅鬼の戦いはここに始まり・・・
「武装蜂起の夜」に勝利を収め、終わりを告げた・・・
スレタイ 【非重要】フェチ報告スレ(2) くき
みんな、もっと恥ずかしいフェチはないの?
たとえば耳フェチ、歯フェチ、うなじフェチ、つむじフェチ、首フェチ、二の腕フェチ、腹フェチ、脚フェチ、足の裏フェチ・・・
ろーら
ありきたりでスマンが、唇フェチ、胸フェチ、あそこフェチ・・・
くき
それフェチじゃないよ! 唇やおっぱいが嫌いな人なんているの?
ようこ
私、けっこう肩が好きなんだけど、ねえさんに全否定された
もえこ
ニンニクの匂いフェチですが みんな嫌いかなあ
ぱん
あばらって、よくね?
みらる
それ! あと鎖骨
ろーら
やばいアンが くき、たすけて 大至急相談のって
その日、夜烏子と真琴は、キッチンでダベりながら食器を片づけていた。
夜烏子「女性ばかりの家でさあ、『誰がケンカが強いか』って話題で盛り上がってるの異常だよね」
真琴「私、時々みんなが怖くなるよ・・・ 『美しい肉食獣の館』で暮らしてるって感じ」
「それそれ!」
「やっぱり一番強いのはパンちゃんなんでしょ? 湯香やまりあさんでもかなわない・・・」
「でも、ムチをもったねえさんにはパンちゃんでもビビるって。『猛獣使い』だから・・・ 素手だと勝てないって」
「紅鬼さん、スゴイなあ・・・ その紅鬼さんでも、夜烏子さんが本気で怒ると逆らえないんでしょ? シュンとしちゃって大人しくなるって・・・」
クスクス笑いながら、「この家の最強は夜烏子さんだ!」
「いえいえ何をおっしゃる、あくまっこさん・・・ その最強の私を言葉で罵って、屈服させてしまう方はどなたですか・・・」
「あらまあ、私が最強なのか!」
と、その時・・・ 本日は「Bar 秘め百合」月一の休業日で、娘を迎えに狸吉小学校へと出向いたローラが、アンとともに帰宅したのだが、何やら母子ゲンカをしているようだ。
「なんでアンのパパはいないの! なんでママは答えてくれないの!」
「だから、あんたが10歳になったら話すって・・・」
困り切ってるローラを助けるため、夜烏子が割って入る。
「アンちゃん、パパのことは私から話すから! ローラさんとは、そういう約束なの! ママの口から話すことは、とってもツライんだよ?」
「なんでよーこがパパと関係あるのさ!」
「パパはローラさんと別れた後、私の旦那様になったからです」
ショックを受けるアン、「よーこ・・・ パパのこと知ってるの?」
「短い間だったけどね・・・ 私は彼の妻でした」
「だから時々よーこはアンのこと、なまあたたかい目で見るのか」
「だってエメットの子だから・・・」
アンは何も語ろうとしない母を見捨てて、夜烏子と向かい合う。
「パパは今どーしてるの」
夜烏子は息を吸ってから、「死んじゃった」
アンはよく意味が分からない様子で、「ふーん」
真琴が横から、「次回の『姫百合荘』は特別編でローラさん一家特集だから! アンちゃんもパパのこと、もうちょっとわかるかもよ?」
「そっかー じゃ、いいか」
「今回はもうおしまいだからね」
第6話 おしまい