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姫百合荘マジやばい  作者: 嬉椎名わーい
3/6

3、爪と背中とロシアより愛をこめた

例の「菊紋相(きくもんそう)事件」翌日の土曜、やはりクリスは疲れて帰ってきた。

「やっぱり土曜日も混み混み~ こんな人気店の店長をやれて嬉しい・・・」

カラ元気を見せて、「妖怪『匂い嗅ぎ』が出るから、今日はちゃんとシャワーを浴びて・・・ 後でセもするからね、待っててね、夜烏子(ようこ)!」

どうにかこうにか「第2和室」の布団の上に全裸で、うつ伏せに横たわった時は、ほとんどエネルギーが残っていなかった。

「あ、夜烏子、背骨の両側を親指で押してもらえると・・・」

「はいはい」パートナーの夜烏子が背中をマッサージすると、

「気持ちええええ・・・ このまま死んでもいいい・・・」うっとり目を閉じる。

夜烏子「私って背中フェチなのかなあ・・・ とくにクリスの背中大好き」

愛するロシア人女性は、すでにスースー寝息を立てていた。

「あ、今日もセをしてくれない・・・ ま、いいか! 背中で遊んじゃおう」

スベスベした肌を両手で撫でまわし、立ちのぼる石鹸の匂いの中、頬をこすりつける。

「クリス大好き・・・ ねえさんより好きといえる人は、世界中であなただけ・・・」


優しい、とにかく優しい。

これほど優しい人には男女問わず、夜烏子はかつて会ったこともなかった。

お見合いの後のデート以来、常に歩く時は夜烏子を車道から遠い側に置き、荷物はもってくれるし、椅子は引いてくれた。

クリス自身もちろん女性なのに常に男のポジションに身を置き、夜烏子を女性として扱ってくれた。

まるで超能力でもあるかのように夜烏子の気分を敏感に察知して、話したくない気分の時は口数少なく、それでいて空気が重くならないよう鼻歌を歌ったり、あきれるほど夜烏子に気を使ってくれた。(後日クリスが説明してくれたが、かつてスパイとして訓練を受けた時に「相手の気分や感情を鋭敏に察知する」技術も習得したそうだ)

誰にでも優しい、生来優しい性格のクリスだが、夜烏子に対しては数段「優しさレベル」がちがうのだった。

こんな人に出会えて良かった、「恋人は男でなければ」という固定観念を捨て去って良かった、ねえさんの口車に乗って「百合お見合い」してみて良かった・・・

最初は「バニーガール? いったいどんなフワフワ浮ついた娘が・・・」と心配だったのだが。

初めて会った時の、極度に緊張したクリスの真剣な眼差し・・・ 緊張しすぎてキョドキョド挙動不審になり、手が小刻みに震えていたっけ・・・ 今思い出しても笑ってしまう夜烏子だった。

「あの震え方・・・」

決して大きく震えてるわけでなく近くで見ないとわからないほど小刻みなのだが、その振動周期がまるでモーターの振動のようにスピードがあり、水の入ったグラスに触っただけでグラスが弾け飛ぶというビックリな事態になった。

「なんじゃろりんごりゃー!」

テンパっていたクリスがパニックになりかけたが、とっさに夜烏子が両手で、相手の震える手を包みこんだ。

「だいじょうぶですよ! 人類が滅亡するまでまだ90日あります!」

彼女も自分が何を言ってるのかわからなかったし、しかも両手が緊張の汗でジットリなのを忘れていた。

ここで仲人(なこうど)紅鬼(くき)が機転を利かせて、「そのまま指相撲をするんだ!」と的確な指示を出し、指相撲をしているうちに2人とも緊張がだいぶ和らいだ。

お互いの手汗が混ざり合って、夜烏子は自分の手が汗べっちょりなのを誤魔化せてひと安心。

「お見合いで初対面の瞬間にいきなり指相撲をしたカップルは、私らくらいだろうね」と後日笑い話になったが、本当に笑い話以外の何物でもない。


「ああクリス・・・」

夜烏子はむき出しの胸をクリスの背中に押しつけ、こすりつけた。

そばかすだらけの幸せそうな横顔にキス。

(せっかくシャワーを浴びたし、唾で汚さないようにしようね)

欲情が体の奥底から湧き上がってくるのを押さえ、今夜はプラトニックに、今夜はドライに・・・ ウェットにならないよう心がける。

姫百合荘の華やかな美女たちの中で、クリスは決して目立つ方ではなく、かぎりなく「普通」に近い。

そんなところも、何もかも人並みで秀でるところのない自分に合ってる・・・ と夜烏子は思うのだが、実際にはクリスは姫百合荘ナンバーワンのスタイルの良さを誇る「隠れセクシー」であり、夜烏子もまた髪を茶色に染めてからは「姫百合荘で一番色っぽい」と評判の立つ、化粧映えのする美女なのであった。


「ご趣味は何ですか?」

お見合いの時、ありきたりだと思ったが、他に質問が思いつかなかった夜烏子は聞いてみた。

「チェス、あと冬はスキーかな。バイアスロンの選手だったんです」

「おお、ロシアっぽい!」バイアスロンって何だっけ、と記憶を探ってみる。

「あとアニメもたまに・・・ 『ぷりぷり7』見てます! 夜雨(やう)ちゃんが一番好き!」

「ほんとにー?」思わず笑顔になる夜烏子。

「私も捨て子だったんで・・・ 家族に恵まれず不幸だったのに、がんばってる夜雨ちゃんに共感を感じるのです」

「あの、私が夜雨のモデル・・・」(「姫百合荘のナイショ話」第4話参照)

「紅鬼さんから聞きましたよ! どこから見ても本物の夜雨ちゃんでビックリしました! それで緊張しちゃって・・・ へへへ」

「あいにく、ねえさんと出会ってからの私は不幸キャラではなくなってしまったんですけど・・・ 今日からはさらにいっそう幸せになりそうで、夜雨ちゃんゴメンなさい!って感じ」

「あの、幸せにできるようがんばります・・・」

お互い真っ赤になって、うつむいてしまった。


夜中3時ごろクリスが目覚めると、横で愛する妻の夜烏子がぐっすり眠っていた。

(そういえばセをするって約束したのに、寝落ちしちゃったな・・・)

しかし夜烏子の寝顔は妙に満足そうであり、ふだんは体臭が薄い彼女の、特定の部位の香りが強く布団の中にこもっている。

(ありゃりゃ1人でやらせちゃったかな? パートナー失格だな、私・・・)

化粧を落とした夜烏子の非常に地味な、しかし安らかな寝顔をいとおしそうに見つめる。

「んきゅ~ きゅ~」とかわいい(いびき)

クリスはこれが大好きなのだが、「いびきかいてるよー」と妻に教えれば、きっと恥ずかしがって「死にたい!」と大騒ぎするに違いないので、黙っている。

世界一かわいい人・・・ クリスは飽くことなく妻の寝顔を見ていた。

この愛らしい女性を、暴力に満ちたこの世界はかつて不幸に追いこんだ。

今は女性の愛に満ちた要塞のようなこの姫百合荘で、彼女は安全に守られ幸せなはずだ・・・

「恋人は男でなければならない」そんな偏見を捨てて、夜烏子に出会えて、本当に良かった。

この人と白髪のお婆さんになるまで共に生きて、共に死にたい・・・

こみあげてくる愛しさに、胸が張り裂けそうになった。

(あ~今ごろセしたくなるなんて、タイミング悪いなあ)

舌を入れれば起こしてしまうだろうから唇だけでそっと、半ば開いた夜烏子の口にキスをする。

まるで生卵に振れるように、シルクのような柔らかさを心がけて、妻の胸と太ももの間をかすめるように触っていく。

(いびきをかく眠り姫、どうかこのまま起きないで・・・)

「んんん~ むきゅ~」

熟睡してるようで、起きる気配はなかった。


朝の5時ころ、夜烏子は目を覚ました。

姉の紅鬼たちは起床する時間だが、「遅出組」の夜烏子らはもうしばらく寝ていられる。

「ん~?」

布団の中には、おなじみのクリスの唾が渇いた匂いがこもっていた。

(もしかして夜中に起きてセしてくれたんだー)

どうりで昨夜は、やけにセクシーな夢を見たわけだ・・・

(起こしてくれてもよかったのに)

今からでも隣りで眠ってるダーリンを起こして・・・ いや、一夜明けた後では、さすがに口の中が臭い。

「ずびー ずびー」

クリスは、いつものおもしろい鼾をかいていた。

夜烏子はこの鼾が大好きだったが、けっこう乙女なところがあるクリスに「いびきかいてるよー」と教えれば、ショックを受けて落ちこむだろう・・・ 私だけの秘密にしておこう。(とはいっても「全員恋人システム」の姫百合荘では、ほとんどの住人が2人が「いびきカップル」であると知っていたが)

(こんな幸せな毎日が、永遠に続けばいいのにな・・・)

愛するパートナーにピッタリ体を寄せて、再び眠りにつく夜烏子であった。




姫百合荘の豆知識(21)


風太刀(かざたち)記念会館から北側に、大きな駐車場と山羊が放牧された草地(災害時の避難用スペース)を挟んで、「医療法人仁々会(にんにんかい)・港湾第一病院」の地上12階・地下3階の立派なビルがある。

地下通路で記念会館とつながっており、獣畜振興会と関係組織の健康診断一切を引き受けている。

この病院で湯香(ゆか)は週5日(月~金)勤務。

まだ新人なので月収は手取り20万ほど、うち10万を小遣いに、10万を「家賃」に。(姫百合荘の「家賃」には水道光熱費・食費がすべて含まれている)

パートナーの真琴は正式に週4日の「姫百合荘・家事スタッフ」として月に手取り30万円稼いでるので、湯香から小遣いをもらう必要はない。




それはパンとミラル、褐色の美女2人が初めて一夜を共にした時のこと。

「パンちゃん、よろしくたのむね」

筋肉質のパンに比べると、だいぶ柔らかいミラルの体が、軟体動物のように絡みついてくる。

ダークブラウンの長い髪にマリンブルーの瞳、左の頬にはトレードマークの小さな赤い星のタトゥーが2つ並ぶ。

化粧はパンに比べると濃く、エキゾチックな中東のお香を焚きしめた香りがした。

「ミラ姉・・・ 世界でただ1人、私より美しい女・・・ 肌の色は同じような褐色でも、まったくの異世界だな・・・」

カフェオレ色のパンの肌より一段濃い、ミルクチョコレート色のミラルの肌。

かねてより「少女っぽい男の子とボーイッシュな女の子が好み」と公言していたミラル、「まあ率直に心をオープンにしてハッキリ言うと、紅鬼よりパンちゃんの方が好みです」と正直に言うものだから、紅鬼がどれだけの夜、枕を涙で濡らしたか数え知れない。

「全員恋人システムで『百合友の会』メンバー誰とでもHができるようにするから! パンちゃんともHできるから! だから私を捨てないで!」

さらにパンのパートナー龍子(りゅうこ)を必死に説得、今宵の「パンXミラル」を実現させた紅鬼であった。

結果的に「全員恋人システム」がメンバー同士のトラブルを減らす結果を生み、姫百合荘が末永く幸せに存続する秘訣となるとは、誰も予想できなかった・・・

「ところでミラ姉、最初に言っときたいんだけど・・・ 私、会う人全員から『パンちゃんはタチひろしでしょ』っていわれんだけど、実はリバなんだよね」

「なるほど」

「龍子はもともとビアンでなくノンケだったので、最初からリバになるよう育成したから問題ないんだけど」

「私もどっちでもできるよ。パンちゃんにも、ちゃんとやってあげるから」

「うん。でさあ、その爪が気になるんだけど・・・」

「ああ、これね」

ミラルは姫百合荘で唯一爪を長く伸ばし、そこに芸術的なネイルアートを描いている。

さらに手の甲にはヘンナという植物性塗料で描いた魔術的な模様。

「女性の体に触る時には」

「爪を短く切るべし、でしょ。わかってるわかってる」

実は生まれつきバイセクシャルだったミラル、男性とつき合う時は爪を伸ばし、女性とつき合う時には爪を切る、という習慣で生きてきた。

「私は紅鬼と出会うまで男性の恋人がいたんだけど」

「まりあの兄ちゃんとつきあってたんだよね、聞いたよ。で、紅鬼さんがあんたを略奪して・・・」

「まあ、そういうわけで爪を伸ばしてたんだけど、紅鬼をパートナーとして受け入れた時、切ろうとしたわけです。ところが」

紅鬼がミラルのネイルアートをたいそう気に入り、切らないでくれと懇願したという。(「姫百合荘の生活」第1話も参照)

「そういうことね、完全に理解した。だけど、その爪で大事なところ触られたら痛そうなんだけど!」

「それはですな、このようにティッシュで」

右手の人差し指・中指をまっすぐにして、爪をティッシュでくるんで保護する。

「さらにその上からコンドームをかぶせる!」

「おお!」

「これがミラル流マジカル・フィンガー・エクスタシー!」

「そこまで大げさに言うもんじゃないだろ・・・」


さて、セの後・・・

「パンちゃん、ステキ・・・」

たくましい肩によりそうミラル。

パンの方は「やっぱり爪が気になる!」

後日、パンちゃんがアマゾン・ポイントを使って指サックを注文してあげた。



それからだいぶ月日が流れ、ようやく龍子がミラルと夜を共にすることとなった。

「ミラ姉、よろしくお願いします」

事前にパンより「龍子の扱い方」というノートを渡されており、龍子の感じるポイントからイヤがることまでギッシリと書きこんであったが、サラッと目を通しただけで、とてつもなく「めんどくさい女」感が伝わってきて気分が萎えてしまったミラルであったが・・・

本人を前にすると、やはりアイドルとベッドをともにするようなワクワク感が高まる。

「ようやく龍子も『全員恋人計画』に参加したんだね」

「夜烏子に真琴(まこと)さん、ミラ姉で3人目。ようやく女性の体っていいなーと思えるようになってきた」

「待ってね、指サックつけるから・・・ んしょんしょ」

「早くしてよ~ あ、それパンちゃんが買ってあげたやつか笑」

龍子はパンちゃん直々に「パン流」テクニックを仕込まれてるということもあり、経験数の割には、かなり上手かった。

「龍子、かわいい・・・ どうだった?」

「パンちゃんのが良かった!」と正直に言われ、ミラルはショック。

「うそうそ、ホントだけど! ゴメンね、あはははは! でもパンちゃん以上の人はこの世界にいないから」

ミラルの頬の星にキス。

「ミラ姉もステキだったよ。もっと筋肉があればな・・・」

「やっぱり顔がかわいい女って性格悪いなあ・・・」




ミラルの話はもうちょっと続く。

アリスンは88の言語を操る語学の天才、ローラは高校時代に日本語の授業を取り、パンはサンパウロ時代から日本語を学習、クリスは情報機関の訓練学校でネイティブ・レベルになるまでみっちりと日本語の訓練を受けた。

このように日本語達者の外国出身者が揃っている姫百合荘で、もっとも遅くに日本語学習に取り組んだのがミラルであり、しかも学校に通ったわけでなく、すべて独学。

それでもアリスンほどでないにしろ語学の才能があり、アラビア語・ベルベル語・フランス語・スペイン語・イタリア語・ドイツ語・英語と独自に習得した彼女のこと、8つ目の言語・日本語も会話に関してはスイスイとマスターしていった。(後に漢字で苦闘)

ある日、夕食の後ミラルはぷりぷりしていた。

「日本語の『ワタシ』って一人称、言いにくい! 3音節もある・・・ ドイツ語の『イッヒ』もイヤだったけど、『ワタシ』はもっと嫌い・・・」

語学に詳しいアリスンが「わかるわかる」

ミラルはパートナーの紅鬼に、「ちなみにアラビア語で『アンタ』って二人称があるけど、日本語の『あんた』と同じ意味だよ」

紅鬼「へー」

ミラル「『ボク』っていうのが言いやすくて好きなんだけど・・・ でも女がボクって言うと、『ボクっ子』っていう変なキャラになるんだよね?」

紅鬼が目を輝かせ、「ボクかわいい! これからボクって言いなよ!」

ミラル「これ以上キャラを濃くしてもなー」

アリスンが口を挟んで、「私は『オレ』って言い方好き! これからオレにするかなー。あと『ワイ』ってゆーのも英語の『アイ』に似てて発音しやすい」

ミラル「オレもワイも・・・」

紅鬼「アリスンにピッタリすぎて違和感ないわー」



第3話 おしまい

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