4話 僕だけに何か見えちゃった件
「お前らいい加減にしろ。言いたい事があるならさっさと話しかけたら良いだろうが」
僕は小柄な女冒険者に飛び掛かる少年の首根っこを掴んで彼女から引き離す。
じたばたと暴れる少年は僕の半分くらいの身長なため、手も足も出ない。
「何すんだよ!離せ、ボクはB級冒険者だぞ!」
「尾行も満足に出来ない冒険者がB級とか語ってんじゃねーよ。ラウンドトップの看板だろうが一応」
B級と名乗れば僕が怯むとでも思っていたのか、言い返された少年は唖然としている。
小柄な女冒険者はその様子を見てゲラゲラと笑い、長身の男は額に手を当て天を仰いだ。
「最初に断っておくが、僕はキミを子供だから侮っている訳じゃない。客のフリが出来る冒険者たちや、街全体の信頼を背負っているつるっ禿げ……じゃない、バルザンさんほどの強さっていうか強者の雰囲気をキミから感じないだけだ」
「ハッ、どうせ雰囲気もクソもねーよ!どうせメリル辺りから問題のある冒険者だとか言われたんだろ。関わりたくなきゃ話しかけてくんなよな」
なんつーガキだろうか。話しかけてくんなとかよく言えるぜ。
「メリル嬢にはキミらと関わらない様にするとは言った。だが、こんな誰も居ない街道で喧嘩をおっ始められる側の気も考えてみろ。無視なんか出来るかアホ」
「うぐっ……。それは、悪かったよ」
もう少し抵抗されるかと思ったが案外素直なもので、少年は謝ると女冒険者の後ろへ隠れてしまう。
「わぉ、リーダーがしおらしいの久々に見たっす。ほら怖くないでちゅよー」
「アイカって言うんだろ?そんなに煽ってやるな」
さんざん喧嘩売った僕が言うのもなんだが、追い打ちをかけるな子供が相手だぞ。
「何でアタシの名前知ってるっすか!エスパーっす!」
「お前らが大声で喋ってるから全部聞こえてんだよ?!」
あー、これは失敗したな。
天を仰いで溜息を吐いた僕が思った事はただ一つ、やっぱり無視すりゃ良かった、だ。
▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲
━━自己紹介、しよう。
なんだかんだで森の入口まで来ていた僕たちは、長身の男の提案に賛成して切り株やら放置された丸太に腰を下ろす。
少年はまだ膨れっ面なため、僕から始めることにする。
「僕の名前はレオ。昨日か一昨日辺りにこの世界に来た転生者だ。お前らが昨日酒場に居たか噂を聞いたなら知っていると思うが、僕はステータスを見る事が出来ない。それが意味することは冒険者なら知っているだろう。関わっても良いことなんて無いぞ」
簡潔に説明し終えた僕は、お次どうぞと目線を送る。
それに反応したのは女冒険者のアイカだ。
「はいはーい!アタシの名前はアイカ。パーティーの賑やかし担当で転生者っす。ランクはC級っす」
手を振りながら元気に答えたアイカはシャドーボクシングをして見せた。傍に置いた槍が得物じゃないのか、という疑問は無かったことにしよう。
しかしB級パーティーは全員がB級冒険者かと思っていたがC級冒険者も居るんだな。
「パーティーのランクはリーダーのランクが反映されるんだよ。だからボクたちはB級パーティーなのさ。で、このボクがパーティーリーダーでありB級冒険者のサトルだ」
サトルはC級という言葉に反応した僕を見て補足する。
それ以上話す気は無いのか、サトルはそっぽを向いてしまう。
最後に残った長身の男が手を挙げる。
「オレは、ゴトウって呼ばれてる。C級で回復魔法を扱える」
ゴトウは実際に疲れを取る魔法を僕に掛けて見せる。
ほんのりと身体が温まるような感覚が過ぎると、道中溜まった足の疲れが嘘のように無くなっていた。
現代医療やエナジードリンクじゃあこんな風に疲れは取れないから新鮮だった。
「凄いな、これが魔法ってやつか。なぁ、魔法は僕にも使えるのか?」
「スキルを授かっているなら使える。無いなら使えない」
ゴトウは話が早くて助かる。口数は少ないがアイカと違って話が逸れることも無いし僕はすぐに気に入った。
「じゃあ僕のスキルとステータスを見てくれないか?メリル嬢やベルクさんからは聞きそびれちゃって──」
「ダメだ」
ステータスの事が気になっていた僕はここぞとばかりに教えてもらおうと思ったのだが、強い口調でサトルに遮られた。
そのまま僕に詰め寄ってくるとサトルは人差し指をビシッと向ける。
「アンタさ、自分でステータスが見られないって意味知ってるよな?そう簡単に教えると思うか?」
「魔王に連なる者、だろ。それは知ってるしサトルも承知の上で僕と話している筈だ。別にステータスが知りたいだけなんだ。キミは何らかの理由で僕を仲間に誘いたい筈なのに一向にアピールして来ない、だからこのまま甘えて色々聞いちゃおうと思っていたんだけど、でもキミがそう言うなら取引をしよう」
大声で喋ってるのが仇になったな。
苦い顔をするサトルに僕は捲し立てる。
悪いが僕は利用されるだけで終わるつもりはない。そんな苦しみと絶望は汚職を同僚に被せられた時に存分に味わった。
悪い大人の笑みを浮かべた僕にサトルは舌打ちをして睨みつける。
僕は指を順番に立て、取引の条件を伝える。
一つ、僕のステータスとスキルを教える事。
二つ、僕から何のステータス又はスキルを借りたいか教える事。
三つ、僕に危害を加え無い事。
この中の一つ目と二つ目を先払いの報酬という形で手を打とう。
「それだけか?ボクらの目的とかは聞かないのか?」
サトル少年は冗談だろうといった顔で僕を見てくる。アイカとゴトウも同じくだ。
詮索もしないし金も取らない、その上要求しているのは誰でも見られるステータスなのだから拍子抜けしたのだろう。
それだけで仲間になるというのだから取引にもなっていない。むしろ怪しさ満点だろう。
「興味ないね。とは言わないさ、だが現状僕は置かれている立場が悪い。それを打開するにはまず自分のことを知る必要があり、そのためなら何も聞かずにキミらを手伝っても構わないと思ってるだけだ」
だから、僕に危害を加えずに僕の知りたいことを教えてくれるのならば喜んで協力しよう。
B級の冒険者パーティーならばいくら問題児とはいえ、僕を仲間にして悪事を働こうなんてしないだろうしな。
「わかったよ、教えよう。ついでだからボクらの目的もね」
「いや、面倒だからそれはいい」
「拒否んなよ!どうせ現地に着いたら教えることになるんだから変わらないだろうが」
僕との会話はまるでアイカと話してるみたいで嫌だと言い、サトルは後の説明をゴトウに任せてアイカの隣に座る。
アイカみたいと揶揄する割には本人と仲良さそうだな?ちょっとした反抗期かな?
ニマニマと笑みを浮かべる僕にゴトウがステータスを開いてくれと言うので、僕はステータスオールオープンと小声で発し全部開いて見せた。
「何を聞きたい?」
「そうだな……。職業とスキルは確定で、後は他の奴が持ってなさそうな項目があったら教えてほしい。多分この眼なんかは特殊なものだと思うんだが、何か書いてあるか?」
僕はステータス画面がどの様なものか知らない。だから「全部開け」と言って開けたのでどんな項目があるのかも知らない。
今は紙もペンも無いから書いてもらうことも出来ないしな。
「わかった。まずは職業だけど、【破壊者】だね。初めて見る職業だからどんな意味があるのかは判らない。レベルは初期の1でパラメーターも低い。次にスキル、これは二つあって【プライド】と【寵愛】っていう。これも見たこと無いからどんな意味や効果があるかは判らない」
「なんつーか、確かに魔王に連なる存在による転生者って疑われても仕方ない名前付いてんな」
「うん。極めつけは所持品だろうね。ユニークアイテム【摂理の魔眼】多分レオ殿が気にしてる眼はこれだと思う」
ゴトウに判るのは各種の名前と僕が弱いという事実だけで他はさっぱりだった。
基本的に職業やスキルの内容等は同じ物を持つ先人たち研究、解明の成果が伝えられているのであり、僕の様に見たことも無いスキルを持つ者は自分でステータスを確認できたとしても詳しくは判らなかっただろうと励まされた。
「そんな僕の何を求めてるって言うんだ?」
一通り聞いて浮かぶのは疑問だけ。誰もがわからない事だらけなのに何が必要なのか。
「んー、それは【破壊者】と【摂理の魔眼】っすね」
大人しく干し肉を食べていたアイカがサラッと答える。
「実はこの森の奥に遺跡型のダンジョンがあるっす。表層は魔物も弱い奴しかいないっすからE級冒険者の訓練にも使われてる所っす。でも奥にある扉には結構厳重な封印がされてるみたいでA級冒険者パーティーも完全攻略をした事が無いダンジョンなんすよ」
「僕がその封印を解く鍵になるかもしれないって事か」
アイカいわく魔眼で封印の仕組みが分かるかもしれないし、破壊者の職を持っている僕が封印を殴れば解けるかもしれないらしい。
「開かなかったらどうすんだよ」
「また別の方法考えるだけっすね!」
どうやらダメで元々の作戦で、僕は確かに重要ではあるのだがあまり期待されていないようだ。
ケラケラと笑ってアイカは立ち上がると僕の手を引いた。
「じゃ、レオさんには情報をあげたっすから早速ダンジョンに行くっす!」
▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲
ダンジョンは森の奥にあるとの事で道中、依頼の品である木の実をもぎ取りながらアイカに冒険のイロハを教わった。
「冒険のっていうか大体生活のイロハだった気がするんだが……」
「えー、そうっすか?でも役立つっすよ、日にちや時間の感覚は向こうと同じとか、通貨は冒険者のタグと同じ素材で作られているとか」
日時の感覚が向こうの世界と変わらないという話には驚いた。十二ヵ月区切りで一日は二十四時間、曜日もあるのだからやはりここは異世界じゃ無いのでは?とまたも疑う形になった。
そんな会話をしながら進み、ほどなくして視界が開け遺跡が現れる。
「レオ殿着きました。ここが目的地の古代遺跡です」
中央の祭壇に向けて石畳が一直線。両サイドには柱が立っているがどれも風化による影響か折れていたり蔦が絡まっていたりと絵に描いたようなオーソドックスな遺跡っぷりだ。
その石畳をゴトウが先行し祭壇の前で立ち止まる。
「全員武器を」
ゴトウは右手を横に出し僕らを制止させると短く言う。
サトル君と僕は素早く剣を抜き、アイカは槍を構える。ゴトウは後ろに後ずさるわけでもなく祭壇の後ろを睨む。
その祭壇の奥でもぞもぞと影が動いた次の瞬間だった。
「キュィィィィ!」
「デカウサギっす!」
こちらに跳びかかってきたウサギはアイカの言う通りデカかった。
見た目は普通の一般的な白い体毛に赤い眼なのだが、サイズが段違いで正面から見ただけで三メートル近い。全長も同じくらいだと思うが、とにかく大きい。
僕らはデカウサギに潰される寸前でバラバラに避けたのだが、僕の足はちょっと震えが止まらない。
「ゴトウは前に出ずにサポートに集中、アイカはウサギの注意を引け、ボクが脚の腱を斬る!」
初めて魔物と対峙した僕と違い、問題児とはいえB級冒険者なサトル君は的確な指示を出しデカウサギの背後へと回る。
そのサトル君にデカウサギが気が付かないのはアイカが石を蹴飛ばしたり、槍のリーチを活かしてデカウサギの気を引いているからだろう。
「あのウサギの名はファットラビット。体は大きいですが攻撃の手段は少なく弱い魔物です」
僕の隣に来たゴトウはそう説明すると腕を組んで戦いを見守っている。
よく見てるとファットラビットはオロオロするだけで何もしていない。時折前脚をぺたんとアイカを踏みつぶすように出すがかすりもしていなかった。
段々と恐怖より可愛さを感じて落ち着きを取り戻した僕は、ゴトウは戦わないのか聞いた。
なんでもゴトウは近接格闘で戦うようで、脂肪とフワフワの体毛の塊であるファットラビットには効率的なダメージを与えられないとの事らしい。サポートもファットラビット相手ならサトル君たちには要らないと言う。
「決めるぜ、おらぁぁぁ!」
完全にファットラビットがアイカに集中した瞬間、サトル君は雄叫びをあげながら足下に潜り込み剣を横に薙ぐ。
雄叫びに驚き一瞬硬直したファットラビットは次々と四本すべての脚の腱を斬られ、叫びながら横に倒れた。
「これで終わりっす!」
いつの間にか木の上に登っていたアイカはそのチャンスを逃さず、ウサギの真上へと跳躍し落下の勢いを乗せてファットラビットの胸を槍で貫く。
槍を残して噴き出す鮮血を飛び避けたアイカはサトル君の隣に着地し、ハイタッチを交わした。
「デカいだけのウサギなんて余裕っすねぇ」
「余裕過ぎて換金率も悪いがな」
文句を言いつつもニヤリと笑みを浮かべるサトル君と髪をクルクルと弄るアイカは楽しげだ。
僕はそんな光景を見て何だかんだ楽しくやっていけるんじゃないかと考えてしまった。
命の灯が消える寸前のウサギを横目に僕とゴトウが二人へ近寄ろうとしたその時までは。
『ファットラビットが殺されました。残存数は120体です』
「は?」
僕は目の前に浮かび上がったメッセージに思わず声を上げてしまった。
三人がこちらを振り向くがメッセージには気が付かないのか首をかしげてどうしたのかと聞いてくるだけだ。
「み、見えてないのか?ここに浮かんでるだろ文字が」
「何言ってるんだ?文字なんか浮かんでないぞ。……もしかしてステータスが見えるようになったのか?」
サトル君はそう言って自分のステータス画面を開いて見せてくる。
が、僕にはそれが見えない。
「違うんだ、ファットラビットが殺されました。残存数は百二十体ですって書いてあるんだよ」
「殺されましたって……倒しましたとかじゃないのかよ普通」
訝しむサトル君の言葉にハッとした僕はもう一度メッセージを確認しようとする。
「消えてる……。何だったんだあれ」
いつの間にか消えてしまったメッセージに僕は嫌な予感を覚える。
(魔王に連なる者、か。やはり僕を転生させたあの女神は本物の女神では無いのかもしれない)
あのメッセージは僕にしか見えない可能性がある。だとしたらメッセージの内容がそれを裏付けているだろう。
本当に魔王による転生だとしたらだとしたら僕は一体何のために……。
「レオ殿、行くぞ」
ゴトウに呼ばれた僕は考えるのを止め、駆け寄る。
この遺跡が、このパーティーが、あのメッセージが僕の運命を大きく変えることを僕はまだ知らない。
次回の更新は5月22日です!
でっかいウサギちゃんモフリてー!