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この世界の悪役は僕たちだけでいい  作者: おーやま辰哉
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0話 僕の話を聞いてくれ

小説家になろう初投稿作品です。

初回3日連続更新の後毎週水曜日の週1回のんびり連載となります。

 まだ昼前だというのに、その酒場には大勢の客が集まっていた。

 客たちはただ飲みに来たわけじゃなく、僕に興味があって一目見に来ている。

 別に有名人って訳じゃない。この世界の事が分かっていなかったせいで起きた状況なのだ。

 僕は中央のテーブルの一席に座り、その他のカウンター席もテーブル席もすべて埋まっている。

 皆好き勝手に注文し、料理や酒が一通り並んだ頃に僕の前に座る男が声を上げた。


「それじゃあ聞かせてくれよ、兄ちゃんがこの世界に転生してきた話をよ!」


 酒場の店主であり大量の客を集めた髭面のおっさんだ。

 待ってました!と声を上げる者、口笛を吹く者や手やテーブルをバンバンと叩く者など、酒場のボルテージは最高潮だ。

 僕は奢りだと言われて出されたエールを煽り、話を切り出す。


「事の始まりは不慮(ふりょ)の事故……いや、あれは紛れもなく殺人事件だった。それに僕が巻き込まれる少し前から話は始まるんだ──」




▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲




 自慢じゃないが、僕は日本の大手企業に勤めていた。某有名大学に通っていた僕が就職活動をするにあたり、早々に目をつけ第一志望にしていた上場企業だ。

 面接も完璧にこなして入社を果たした僕はそれから五年間、営業成績は同期の中ではトップを維持し続け賞も何度か貰ったほどに優秀な逸材だったと自負する。


 そんな順風満帆な人生を歩んでいた二十七歳の僕だったが、昇進が掛かった六年目の秋に事件が起きた。

 とある海外企業が発端となった経済破綻だ。

 事の影響は世界中に及び、世界恐慌、リーマンショックを上回るほどの大不況時代が到来することとなる。

 ああ、勘違いさせてしまったのなら申し訳ないのだが、僕の言う事件はこれじゃあ無い。


 僕の同期が起こした汚職事件。大不況に陥る程の経済破綻も大事件だが、僕の人生を一変させた事件はこれなのだ。

 端的に言うと僕は嵌められた。

 不況の影響で経費等の扱いに敏感になっていた経理部が一部の書類に違和感を持ったのが最初で、そこから芋づる式に同期の犯した書類の改ざんや着服など全ての罪が判明する。

 しかしそれはバレることが前提だったのか丸々全部僕に罪が擦り付けられるように巧妙な手口で改竄(かいざん)されていた。

 もちろん僕はそんな罪を受け入れられる筈もなく、社内監査の際も、社長に直訴もした。

 だが、それらの努力も空しく状況は悪化する一方だった。

 唯一僕の味方をしてくれた上司の掛け合いで、何とか警察への通報は免れた僕は依願退職という形で会社を辞めることになる。


 これまで挫折というものを知らずに生きてきた僕には大変受け入れがたかったが、大手企業を相手取って裁判する勇気は無い。

 何とか僕の経歴に犯罪歴が追加されずに済んだだけで良かったと思うべきだろう。

 こうして荷物を整理し段ボールを抱えて会社を出た日、僕は人生で初めて諦めることを知った。


 それからの人生の転落は早かった。

 ハローワークに行けど無駄に育ったプライドはその辺の仕事を受け入れることは出来ず、就活サイトも面接にすら到達しない。

 今までの実績から高望みさえしなければどこにでも入社出来ただろうに、それを良しとは出来なかったのだ。

 アルバイトはもってのほかで、生活の質さえ落とせなかった僕の貯金は三ヵ月で尽きることになる。


 彼女にも見捨てられ、友人と会う機会も減り、東京での生活に()()()をつけた僕は地元へ帰ることを決意した。

 東京に見切られたんじゃない、僕が見切りをつけたんだ。そんな些細な違いだから僕の小さなプライドは許さなかった。


 ──数日後。


「ああ、明日の朝にはそっちに着くよ。久々に母さんの手料理が食べられるからね、お腹空かせて帰るから昼飯は作り過ぎるくらい用意してくれても良いよ。じゃ、バスがそろそろ来るからまたね、おやすみ」


 夜行バスのロータリーでバスを待っていた僕は滅多に電話など掛けない母親と連絡を取っていた。

 最初は会社を辞めた事を言うつもりだったのだが、つまらないプライドが邪魔をして、長期の休みを取ったからしばらく帰省するという理由で帰省することにした。

 母は僕との電話が嬉しかったのか通話は長時間に及び、家で充電して来た筈のスマホの充電は半分を切っていた。

 どうせ車内で充電出来るしな、とスマホをポケットにしまうとバスがロータリーに到着する。

 ほんのり雪が降る中、バスを待っていた客は暖を求めて席を立つ。

 旅行者や帰省する若者、外国人っぽい女性など十名前後が僕と同じバスの乗客になるようだ。


「あの人寒くないのかよ……」


 乗客の中でも、僕が思わず口に出てしまうほど場違いな格好をしている人が居た。外国人っぽい女性である。

 冬の夜だというのに半袖の白シャツにジーパン姿の彼女は、僕の視線に気が付いたのか、目に掛った長いブロンドの髪を手ですくと下手くそなウインクでアピールをしてきた。

 僕は軽く会釈だけして荷物を持ち、一足先にバスの乗車口へ向かおうとしたのだが直ぐに呼び止められた。


「寒そうな格好しててすみません。バスの中暑いだろうなぁって思ってコートしまっちゃったんですよ」


「いや、こっちこそジロジロ見て悪かった。日本人か随分日本語が達者だが?」


 別に格好の弁明などいらなかったのだが、先に失礼な振る舞いをしたのはこちらなので謝罪する。それと同時に、はにかんだ笑顔でやって来た彼女の日本語の上手さに思わず聞き返してしまう。


「いえ、こちらの人間ではありませんよ。でも上手でしょう日本語。褒めてもらえるなんて嬉しい」


 返答に違和感を感じたが、ああそうだな、とだけ僕は頷く。


「席、何番ですか?もしよかったら私の隣に来ませんか?きっと暇だと思うんです向こうに着くまで」


「夜行バスなんだから静かにしないとだめだろう。その感じだと着くまで話しっぱなしな気がする」


「あら、意外と鋭いですね。でも他のお客さん達は後ろの席ぽいですし大丈夫ですよ。ほら、私の席前の方でして」


 車窓とチケットを交互に見て押し切る形で僕の座席は変わることとなり、念のために運転手に座席の移動をしていいか尋ねると、彼女が良ければ構わないとのことで尚更逃げ場は無くなった。

 

 それから数時間、夜行バスは途中休憩を一度挟み高速道路を飛ばし続ける。

 その間ほとんど話していたのは彼女の方で、東京のどこが好きだの、何が美味しかっただのとマシンガントークは止まらなかった。

 そしてようやく僕のターンになったわけだが、大して話すことも無かったので自分の身の上話しをした。


「──って訳で僕は実家に帰省するとこなのさ」


 長いトンネルに差し掛かった辺りで話を終えた僕は少々ドヤ顔をしている。

 格好をつけるために話を盛った箇所がいくつかあるためだ。

 彼女はそんな僕の話を真面目に聞いていたのか、少し考える素振りを見せ提案をしてきた。


「ねぇ、良かったらイイトコ紹介してあげましょうか?このまま帰省するより絶対良いと思うの」


「優良企業の当てでもあるのか?だとしたらぜひ紹介してもらいたいものだな」


──クラクションが鳴り響いた。


 この時、僕が返答を渋っていたら。


 ──バスが大きく揺れた。


 運命は変わらなかったのかもしれないが、もしかしたら万が一にも紹介してくれなんて言わなければ、僕は平和で退屈で幸せな一生を送れたのかもしれないと思う。


 ──全身で感じる轟音と衝撃。


 だが僕は彼女の、否、このクソ女の提案に乗ってしまったのだ。


 ──横目で見た彼女は笑っていた。




▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲




 視界が反転していた。

 視界だけじゃない、車内のすべてがひっくり返っていた。

 身体中が痛み、視界が揺れて安定しない。

 意識がハッキリしない中、かすかにしたガソリンの臭いが鼻を突いた。


 マズイ。


 死の(ふち)から生への執着心を取り戻した僕は一気に覚醒する。

 バスが横を向いていることを確認し、シートベルトをゆっくり外す。

 横にずり落ちたものの態勢を整えて着地をした僕はすぐに出口と乗客の確認をする。


「彼女はいない……ほかの乗客もいないな。もうみんな逃げたのか?」


 まだ焦るには早い。そう思い運転席や座席を一つずつすばやく確認した僕は最後尾の座席の窓が開いてることに気が付く。

 座席と荷物棚を足場によじ登り窓から顔を出すが、眼前の光景に僕は絶望した。


 このバスを先頭にした玉突き事故。それがかなり後ろまで続いている。

 バスが何の原因で横転したのかはわからない。今はそんなことより避難が先だ。

 だが、バスをから飛び降りた先に僕は人影を見つけてしまう。

 逃げ遅れか……。僕と一緒で見捨てられた口かもしれないと思った。

 トンネル内での事故なのだ、逃げ場は限られているし自分で歩けない人間を助けてどこにあるか分からない出口を捜し歩く余裕なんて無い。

 みんなそうしたんだろう、この状況が何よりの証拠だ。

 だから僕も声を掛ける必要なんてない。そんな余裕なんてない。


「その筈なんだがなぁ……。おい、大丈夫か?」


「あ、あんたは?早く逃げた方がいい、爆発するかもしれねぇ」


 見なかった事にはできなかった。誰かを見捨てるなんてしたくなかった。

 声を掛けた男は脚に怪我をしていた。

 自分が助からないと思っているのか僕を気にかけてくれている。


「一緒に行くぞ。僕の地元のスキー場は最高なんだ、どうせ死ぬなら滑ってからの方がいい」


 その男には見覚えがあった。

 同じバスの乗客で、仲間と一緒にスキー板をバスに積み込んでいた所を見たからだ。

 きっと地元で有名なあのスキー場に行くんだと思った。

 仲間はどうしたとは聞かずに僕は男に肩を貸し立ち上がる。

 自分から置いて行くように言ったのか、置いて行かれたのかは分からないが今は生きることが最優先だ。


「あの金髪のねーちゃんの連れか、思い出したぜ」


「別に連れじゃない、ただの話し相手さ」


 僕はここを出たら恨み言のひとつでも言ってやろうと思う。

 車が散らばっているせいで歩きにくい上に怪我人も抱えながらの移動は大変だったが、男は何かに気付き声をあげる。

 

「あんた、あそこだ。誘導灯の所に扉がある」


 車列を抜けた先に男は非常扉を見つけ指し示す。

 その瞬間背後で爆発音がした。

 最早一刻の猶予も無いだろうと僕は男を背負うと非常扉を目指し全力で走った。


「うおおおおおおおッ!」


 非常扉を開け、その先へ転がり込んだ僕たちは急いで扉を閉めようとした。

 爆発の火で焼かれるなんて想像したくもない。


「マジかよ……」


 そんな状況で五感が鋭くなっていたのかもしれない。

 見つけてしまったのだ、玉突き事故を起こしている車の一台にもたれかかった金髪の女性を。


「スマホを置いてく。後は一人で逃げてくれ」


「待て無茶だ!」


 男の制止も聞かずに一目散に走りだす。

 そういえば名前も聞いちゃいなかったと余計な考えが頭に浮かんだが、すぐに振り払って僕は彼女に声を掛けた。


「無事だったか!早く逃げ、る……ぞ?」


 ──その女は笑っていた。


 透き通るようなブロンドの髪をなびかせ、彼女はこちらを向いた。


 ──その女の口がゆっくりと言葉を紡ぐ。


 理由はわからないが彼女の様子におぞましさを感じた。

 僕の知っている彼女と様子が明らかに違う。


 ──僕はその言葉を忘れない。


 彼女に気を取られた僕は手遅れだった。

 眼前は白に染まり、耳からは音という音が消失し、喉も肺も灼熱に焼かれ、体は破片によって吹き飛んだ。


 ──『ようこそ、()()()()

明日の投稿もお楽しみに!

誤字脱字のご指摘が余りにも目立つ場合は教えていただけると助かります……!

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