恋慕と魔族
「ふう……。ここならいっか。」
俺は蝴蝶を引っ張って兵士に聞いて泊まる部屋の中に入る。
中は俺の部屋と殆んど変わらないがベッドの数が二つになっている。
「白?どうかしたの?」
「俺の闘いが遠くから見られてた。多分、魔族。」
「えっ……!?」
俺が部屋に隠れた理由を話すと蝴蝶を口を手で塞いで驚いた表情をする。
やはり、あの場所で視線に気がついたのは俺だけだったようだな……。けど、あの視線には殺意のような敵意は無かったし、どちらかと言えば興味のような感情のほうが強かった気がする。
……それに、人が不特定多数いたさっきまでの状況から変化したおかげか俺らの話を盗み聞きしている存在にも気がついた。
「でも、魔族なら倒さないといけない害獣では……。」
「……その話をする前に、死ね、」
俺は懐からナイフを取り出してその勢いのまま蝴蝶の頬を掠めて投げる。
すると
「ぐほっ!?」
空中で突き刺さり、黒いマントを着た男が血を吐いて床に倒れこむ。
なるほど、こいつが俺を殺すように当てがわられた国直轄の暗殺者か。こういう存在がいることは予想内だったがここまでしないと気配が分からないのか……注意しないと。
「えっ!?こ、この人は何!?」
「俺を殺すために国が差し向けてきた暗殺者だろうな。……殺気が漏れてるぜ。」
天井から攻撃してきた不可視の暗殺者のナイフを避けて擦れ違い様に首に袖に仕込んでいたピアノ線(のような物)を巻きつけて引っ張る。
不可視の暗殺者は暫く抵抗した後、姿が見えはじめ、項垂れて絶命する。
不可視の武器を見分けたのは簡単に言えば勘だ。恐らく、回避のスキルの力だろうか。
「は、白……?これは、一体……。」
「さっき言っただろ?国が差し向けてきた暗殺者だと。俺が本当の歴史、過去のEランク勇者たちの記録を知った時、俺を殺す役割を持っていた存在だ。」
「えっ……?じゃ、じゃあ他のEランク勇者たちはどうなったの!?」
「仲間に殺された。それも、ひっそりとな。」
俺は本来の歴史を言い、聞いた蝴蝶は床に倒れこむ。けど、蝴蝶は俺が人を殺したことよりもEランク勇者たちの末路に悲しんでいるようだ。
この内容は言うつもりはなかったが……まぁ、暗殺者の体に盗聴器のような物は無かったし蝴蝶を信頼しているから別にいいか。
「さて、これをどう処理しようか……。」
「山に捨てたらどう?この基地は山に近いし魔獣もいるでしょ?」
「確かにな。じゃあ、蝴蝶頼めるか?」
「……わかった。」
蝴蝶は少しムクッとした顔にして風の魔法を使って死体を浮かべ、開けておいた窓から吹き飛ばす。
蝴蝶はこの数週間で魔法を無詠唱で使う技術を体得していて接近してきた相手にも冷静に対応出来るようになったらしい。
「これで終わった。」
「ああ、感謝するよ。」
「なら、お礼の一つ位してもらいたいけど……。」
何だろう、嫌な予感。
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「すー……。」
(ね、眠れん……。)
俺は夜のベッドの中で顔を赤面させて戸惑っていた。
理由は簡単、俺のベッドには下着姿の蝴蝶が俺に抱きついて眠っているのだ。
蝴蝶が俺に願ったお礼は『一緒のベッドで寝てもらうこと』でそのため俺は蝴蝶のベッドに入ったのだが……まさか、蝴蝶が下着で寝るタイプの人間だとは予想外だった。
俺は蝴蝶には親愛の感情はあるけど恋慕の感情は何一つ無い。……いや、恐いのか。
元の世界の俺だったら蝴蝶が俺に好意を抱いている事をこの時点で知り、恋慕の感情を正しく受け入れていただろう。けど、俺は今はEランク勇者、そして悲劇を確約されている。
俺に恋慕の感情を抱いているこいつを俺の悲劇に巻き込むことは……出来ない。
「くそっ……。」
俺は抱きついていた蝴蝶を離して枕を抱かせて窓から外に出る。
少し、散歩しようか。
「……………。」
月明かりと松明の灯りだけが照らされている宿舎の周りは静かだ。
今の俺としては別に構わないが……おかしい、静か過ぎる。普通なら兵士たちの足音や鎧と鎧がぶつかる音が聞こえる筈だ。
なのに、それが聞こえない。つまり―――――
「君が、今代のEランクかい?」
俺を除く人類共通の敵、魔族が現れた。
後ろの暗闇から美しい少女が現れた。
赤い髪に緋色の瞳、どこか好戦的な顔立ちに頬には部族の紋章のようなタトゥーを刻み女らしいスタイル、マントに隠されているが身の丈ほどの剣を持っている。
更に目を引くのは額に埋め込まれた赤い宝石、これを持つ魔族は『カーバンクル』だけだ。
(何だ、この人は……俺をEランク勇者だと見抜いたのか!?)
俺はそんな見た目に気にしている暇もなくナイフを抜き取る。
この人は俺をEランクと言った。つまり、俺がEランク勇者だと正しく認識していた、と言うことになる。
つまり、この少女は……Eランク勇者の正体を知っているということだ……!
「……構えないでもらいたい。私は敵対するつもりはない。」
「……なら、何の様だ。」
「族長が合いたがっていた。故に、貴殿に私たちの村に来てもらいたいのだ。」
「……俺は一応勇者なんだが?」
「私は知っている。貴殿らEランク勇者は確実に他の勇者たちと袂を別つと。」
「なら、行こう。」
「……ありがとう。」
俺はナイフをしまうと少女の後ろを着いていく。
さて、戻ってきた時にどう弁明しようか……。いや、最悪の場合魔族側につこうか。