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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魔杖の勇者(仮題)

作者: 猫根 捏涅

性行為を匂わせる描写があります。ご注意ください。

 我輩は杖である。名前はある。どこで生まれたかもばっちり覚えている。


 …と、いつか観測したどこぞの異世界で有名な小説を真似て言ってみたわけだが、合致しているのは冒頭の一文だけである。だが、少しばかり現実逃避をしても許されるはずだ。


 まさか、まさかこの私が、魔法儀式に失敗しようとは!


 やはり十徹後に一睡もしなかったのが原因か。時間(・・)が欲しいあまりに気が急いていたのは認めるしかあるまい。


 だが……よりにもよって、なぜ無機物なのか。せめて犬猫なり動物であれば、肉体程度は魔力回路をこねくり回して一応は人の形を整えられただろうに…。組成が違いすぎる無機物ではそれもできぬ。


 ため息を吐きたい気分だが、それもできない。鼻や口がないのだから当たり前だが、そのせいで自身の意識と肉体の齟齬が明確になって余計に気持ちが悪い。


 そういえば、私はなぜ周囲を見回せたのだろうか?自身が杖になっていることを確認できるのは僥倖といえるが、一般的な魔法師が使う杖には目などあるはずがないし、見える限りでは、私の(からだ)は、金色をベースに、宝石や彫刻で彩られた豪奢なものだ。黒魔法師などが使う杖には魔物が封じられているために魔物の体組織の一部がモチーフ化して、眼球などが付属しているものがあるが、それらは外見が醜悪なので見ればすぐに分かる。


 ならばこの視界はどこから……いや、考えてもきりがないし、究極的に言えばどうでもいい。


 まずはどうやって動くかだ。

 今の状態では物理干渉系の魔法は使えないので、()を浮かせて動くこともできない。となれば、肉体がなくてもいい、つまり魔力回路に依存しなくても使える精神干渉系の魔法のみとなるわけだが、やりようはある。


 誰かの体を乗っ取ればいいのだ。最上位の精神干渉系魔法【精神操作(コントロール・センス)】を使えばそれは比較的容易である。だがこの魔法は効果範囲が非常に狭く、大人一人の身長程度しか広げられない。

 逆に言えば、その範囲内に生物が……いや、器用に動く手がなければ()を握らせるのが難しい。亜人でも構わないが、私がいる路地裏らしき場所の地面や壁からして人間の文明圏であることは間違いないだろう。


 ならば、近くまで来たら感知できるよう【精神感知ディテクト・スピリット】を発動しておこう。これに引っかかった人間を【魅了(チャーム)】を使って誘導すれば、ほぼ間違いなく【精神操作(コントロール・センス)】の効果範囲までおびき寄せられる。


 おや……早速反応が、……ん?これは、上か?


「やだ、や、っあ、ひ、────っ!?」


 なっ!?


「がっ、ぁ、あ、うぅ、っう、」


 ……上から子供が落ちてくるとは。やはりこの辺りはスラムだったか。ふむ……。


「う、ぅぁ、ぐ、……」


 落ちた場所は、私の真横か。【精神感知ディテクト・スピリット】の効果範囲から考えて、建物の二階ほどの高さから落とされたか、あるいは誤って落ちたかだが。


 ………誰も拾いに来ようとしないあたり、落とされたと考えるのが妥当か。ふむ、では私にとっては都合がいいな。この子供は路地裏に放っておかれても特に問題にならない類の人間というわけだ。


 見たところ栄養失調である上に、打ち身、擦り傷、その他もろもろの怪我。この際文句は言わぬが、こやつにとってはむしろ光栄なことになろう。


 さて……喜ぶがいい、名も知らぬ幼子よ。今この瞬間から貴様はこの私、『大賢者エリュシュオ』の依代となるのだからな………。






■□■□■□






「ふん……魔力強度も低い、魔力回路も細く少ない、肉体も脆い、体力もない。まったくもって不便な体だ。しかしまあ、不埒な輩に拾われるよりは、無垢な幼子のほうがいくらかましよな。いや……無垢とは言い難いか」


 エリュシュオは自分の思い通りに動くようになった体をぎしぎしと軋ませながら起こし、ぼろぼろの衣服や傷だらけの体、そして未熟な体の奥底で感じる違和感(・・・)に気づいて深いため息を吐いた。


「こんなやせこけた女児の体に何を抱いているのやら……まずは体を清めるのが先決だな。いずれ捨てる体だが、仮にも私のものとなるのだ。薄汚いままでは許されん」


 細く頼りない腕で、本体たる杖を持ち上げ……ようとしたが、筋肉などろくについていない体では不可能だった。


「……ここまで非力とは」


 再度、深いため息をつきながら、それでも杖を持ち歩かないわけにはいかないので対策を講じる。


「【重力操作コントロール・グラビティ永続化エターニティ】、【縮小(シュリンク)永続化エターニティ】……あまり魔法を使うと魔力回路が焼けるな。ある程度は修練すればマシになるが、いずれ頭打ちになる…その前に次の肉体を見つけねば」


 魔法によって杖は重さが軽減され、少し大きめの鍵程度の大きさに縮んだ。

 ひ弱な体でも持ち上げられるようになった本体をエリュシュオはしげしげと眺める。杖の外観は、太陽をモチーフにしたらしい先端の飾りの中央に大きな水晶がはめこまれ、そこから放射線状に伸びる七本の枝にそれぞれ色の違う宝石が飾られており、握りには細かな彫刻が施された繊細なデザインをしている。


「ふむ、アーティファクトランクはアメジスト程度か。少しばかり装飾過多だが、悪くはないデザインだ。目の役割をしていたのはこの水晶だな。それから……【千里眼(クレアボヤンス)】……やはり自然発生的な魔法具か。誕生したのも私の自意識の発生と同時期…ならばやはり転生すること自体には成功している……どこで間違った…?」


 エリュシュオが知る魔法具には、人工的なものと自然発生的なものがある。魔法を使って読み取った杖の情報から、エリュシュオは“自身の意識が杖に取り付いた”わけではなく、“杖という肉体を得て転生を果たした”ことを確信したのだ。


「……転生の儀式に成功したのは喜ぶべきことだが、肉体がなぜ無機物になったのかが謎だ。どこかで術式を間違えたか、そもそも術式に問題があったか…」


 エリュシュオは間違いなく天才であり、そしてその才に驕る性質ではなかった。今まで魔法に関しては間違えたことなど一つもなかったが、それはこの先も絶対に間違えないことと同義ではないことをよく分かっていたので、自身が失敗したとわかってもそれほどショックはなく、むしろまだ伸びしろがあることを喜んですらいる。


 だが、エリュシュオが天才であるのは、残念ながら魔法に関してだけだった。そして魔法にしか興味がなかったため、常識というものがすっぽりと頭から抜け落ちている。

 だから、気づけなかった。


 視線を遮る壁に囲まれたスラムの路地裏から出れば、薄汚い身なりの痩せこけた子供が遠目にも分かるほど輝いているアイテムを持っているのが、目につかないわけがないことに。

 スラムの住人は常に飢えており、金目のものを持っていると見れば幼い子供でも構わず奪いにくることに。


「へへ……嬢ちゃん、いいもん持ってんじゃねぇか…」

「おじさんたちにくれねえかな、それ。ちょーっとお金に困っててさあ」

「痛い目にはあいたくねえだろぉ?」


 ねっとりと絡みつくような欲望に濡れた声に、エリュシュオは不快げに眉をしかめながら男達を見た。

 その態度を生意気と見たのか、じりじりとエリュシュオの周りを囲んでいた男達が顔色を変える。


「さっさと渡せって言ってんだよ、ガキ!」

「殴られてぇのか、ぁあ!?」

「それとも組み敷かれてぇのかぁ?望みどおりにしてやるぜ…」


 男達の瞳には、かよわい子供を張り倒し、金目のアイテムを奪い取る未来が見えているのだろう。それが済めば、エリュシュオが依代とする女児は性欲処理に使われる。どろりと股の間から溢れた液体が殊更に不快に感じられ、エリュシュオはますます眉をしかめて、低く呟いた。


「………不愉快だ」

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