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不吉な訪問者


「お邪魔します」


少し大きめの扉をくぐると、用途不明な嗜好の品々がお出迎えしてくれる。

柱上の木彫りの彫刻、羽が付いた不気味なお面……。

これらは全てシャールの母、マーサさんの収集品らしく部屋に入りきらないため玄関に少し溢れていると聞く。

マーサさんは歴史的な文化、建築物の保護や研究を目的としている団体に所属している。

熱を伴った議論や、歴史の研究に明け暮れているため、いつも家を空けていることが多い。

現在も新たな考古学的な発見を目的に各地で頑張っているそうだ。

夫も出稼ぎに行っていることが多いので、家事や炊事は全て使用人に任せきりの状態でいる。

無造作に玄関に置かれた様々な嗜好品の中でも個人的なお気に入りは、大きさが膝上まである大きなネズミの剥製。

一般的に見かけるサイズとは段違いで、犬と見間違うほど大きく若干不気味だ。

体に付いた土埃を払いながら、玄関の片隅にある剥製の頭を触る。


「こんな生き物、いきなり出くわしたら結構怖いよな……」


独り言に応じるように、剥製が白目を剥いてこちらを見る。

咄嗟の出来事に身の毛が逆立ち、飛び上がるように身を翻した。

心臓の鼓動が早鐘を打ち、衝撃の大きさに言葉を失い放心する。

おそるおそると確認するも、見て取れる範疇に主だった変化は見られない。

目の錯覚だと自分に言い聞かせる。そうでなければこのような現象は起きない。なにせ剥製なのだ。

全身に立ち上る悪寒に身震いしつつ、食卓のある広間に向かうのだった。


――広間には食卓と、壁には囲うように様々な装飾品の類が飾られており目に飽きが来ない。

離れには調理場があり、出来立ての料理をすぐに提供できる仕組みになっている。

食事の席にはちょこんとシャールが座っていて、卓上にはパンやオリーブ油に絞りたての新鮮なレモネードが並んでいる。

膝にナプキンを広げ、既に食事の準備を済ませているシャールはそわそわと落ち着かない様子だ。

部屋には料理のおいしそうな匂いが漂い、空腹の信号が脳からお腹へ送られる。

周囲を伺った僕は言葉を投げかけた。


「ニコールさんは今日も仕事?」


「うん、町まで。しばらく帰ってこないはずだよ」


言いながら隣の席に腰を掛ける。

目の前には僕用の食器が広がっており、配膳が済めば食事にありつけるよう配慮されている。

シャールはこちらを一瞥してから小悪魔のような笑顔でニヤついた。


「いつもフラフラ遊んでるの、バレたら怖いもんね」


「ちょっとまて。余計なことは言わないでくれ」


僕は労働が嫌いなので、自主的に村の手伝いには参加していない。

サボりだと指摘されれば、当然弁論の余地はない。

しかし、時期的に村は刈り入れが済んでいるので、人手は十分事足りている。

飲料用に使うための井戸水の汲み上げも手伝っているし、最低限の仕事は済ませているはず……多分。

怒られる心配もあるが、職務に追われる家の主に余計な心労をかけたくはなかった。

数え切れないほどの恩を受けているので、仇で返すような真似はしたくない。


「あ、パパ帰ってきた!」


ドキリして振り返り、窓を見る。

窓越しに外の様子を伺うが人が来た気配はなく、玄関からも一切の物音すら響かない。

怪訝な顔を浮かべながら困惑していると、シャールが可笑しそうにお腹を抱えている。


「よくも騙したな……」


「気のせいだったみたい、あ~残念」


わざとらしく舌を出し、屈託のない笑顔ではしゃぐ少女。

困ったことに純真に喜ぶ姿を見ていると、怒気も次第に薄れていく。


「お嬢様、あまりからかってしまうと可哀想ですよ」


配膳される料理の香りと共に、この家の使用人がやってくる。

手にしたトレーには前菜や、スープなど様々な料理を乗せている。料理を並べる所作一つとっても無駄がなく綺麗で見とれてしまう。

彼女の名前はアンジェリカ・テラー、愛称はアンジー。

魅力的な容姿に端正な顔立ちをしており、心を奪われそうになるほど美しい。

年は二十代半ば、ロングスカートに前掛けのエプロンが特徴のごく一般の家庭的なメイド服に身を包んでいる。

姿を眺めているうち、てきぱきと運ばれてくる料理で食卓はあっという間に埋まってしまった。

どれも美味しそうな輝きを放ち、お腹が限界だと悲鳴を上げ始める。

一通りの支度を整えたアンジェリカが席に着くと、我慢できなくなったシャールが口火を切った。


「ねぇアンジー、お腹すいた~」


「待たせてしましたね。では頂きましょうか」


並べられた料理を匙ですくい口に運んでいけば、絶品の味に舌鼓を打つ。料理人も顔負けの腕前だ。

本人も料理を趣味としていて自信もあるらしい、食堂でも経営すればたちまち有名になるだろう。

シャールもよほどお腹が空いていたのか、口いっぱいにほおばっている。

各々が食事を堪能していると玄関からノックの音が聴こえてきたので、アンジェリカが返答し席を立つ。


「少し見てきますので、召し上がっていてください」


この家の主、ニコールは貿易商に携わっているため仕事上の都合で顔が広く、町から離れているにも関わらず商売仲間や商談相手が直接訪ねてくる機会はそう珍しくはなかった。

玄関の方を眺めると黒い装束を身に纏った見慣れない二人組と何か話している。

客人の相手を任せて再び食を進めていると、さほど経たないうちにアンジェリカが戻ってきた。

封蝋で閉じられた一通の封書とずしりと重みのある小さな袋を手に持っており、受け取ったであろう当人も困惑し不穏な表情を拭えないままでいる。

何かあったのだろうか。

疑問に思い様子を伺っていると玄関の扉が開く音がする。


「ただいま。お客様が来てたかな?さっきすれ違ったよ」


その声を聴いたシャールは太陽の様に明るく顔を輝かせた。


「パパ、お帰りなさい!」

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