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始まる前の章

 人間には、明日がある。



 同時に、昨日もある。



 さらには、今日もある。



 なんで今日を最後に言ったと思う?



 __今のことを考えて生きている人ってどれくらいいるのかな。



 私は、桜坂(さくらざか) (あおい)。18。5月1日の今日、私はこの年齢になった。本格的に将来のことを考えなければならない歳。未来のことしか考えれない歳。今日を生きれない歳。将来なんて見当もつかないのに。どうすればいいのかわからないのに、どうすることもできないかもしれないのに、わざわざ考えないといけない歳。


 ぼーっとクッションを抱きしめながら嬉しくもない誕生日を過ごしていた。独りで。

「蒼、将来のことは考えてるの?ぐーたらしてないで、勉強しなさい。お医者さんになれないよ。」

「蒼ちゃん、お勉強はね、大切なの。大事なの。将来は、成績で全てが決まるんだよ。だからね、頑張って。今のうちに勉強するんだよ。いいね。」

「蒼さんの将来は決まってるもんね。羨ましいよ。私なんて今、イタリアに行って料理の修行しようか、アメリカ行ってIT企業に就職しようか悩んでるんだよねぇ〜」


 頭に浮かんでいるのは母の言葉と祖母の言葉との結愛(ゆあ)の言葉だ。ぐるぐるぐるぐる頭の中を回っている。みんな考えてる将来。未来。訪れるかも分からない“いつか”を考えて全力で“今”を生きている。でも、



 __本当に“今”を生きているのか?




 “今”やりたいことはできてるのか?“今”利益となることをやっているのか?“今”死んでも後悔はしないのか?“今”欲は全て満たされてるのか?私には分からない。私には考えれない。


「蒼、今何やってるの。ご飯できたから食べなさい。食べたら今日は数学と英語をやるのよ。できたら私のところへ持ってきなさい。解説しますから」


 ドア越しの母の声はいつにも増して不機嫌だ。春休みということをいいことに私がゴロゴロしているからだろう。でもそうなってしまうのもしょうがないと思って欲しい。私は成績が悪くない。応用力もあるし、一度聞いた授業はなかなか忘れない。提出物の課題をチャチャっとやってあとはゆっくり眠れば忘れない。テストは凡ミス以外は間違いもなく、学年首位を譲ったこともない。そんな私がどうして勉強しなければならない。分からない。なんのために勉強するのか。なんのために頑張るのか。そもそも何を頑張るのか。どう頑張るのか。他のやりたいことは、どうやって実現させるのか。そんなの誰にも分からないでしょう?


「ねえ、蒼。将来のこと考えてるの?勉強しないと、将来を棒に振るよ?お母さんみたいに後悔したくないなら、今の間にちゃんとやりなさい。」


 ちゃんとやりなさい。これほどまでに意味の分からない言葉はなかなかないと思う。ちゃんとってどこまでやったらちゃんとになるの?ちゃんとって誰が決めるんだろう。自分?じゃあ今のままでいい。だって“ちゃんと”高得点を取ってるんだもの。


「♪♪♪〜」


 耳元でなる携帯も無視して天井を見上げる。真っ白で、何もない天井。1つの汚れもない美しき天井。私の好きだけど嫌いなきれいな天井。


「掃除、しなきゃだなあ」


 掃除は嫌いだ。物がなくなると寂しくなる。私の心のようにぽっかり穴が開いてしまったような。そんな気持ちになる。否、そんな雰囲気になる。


「蒼、蒼聞いてるの。蒼」


 親の声は絶えず私を呼んでいる。私は愛されている。確かに愛されているがなぜだろう。愛を感じない。いや、これも違うか。感じることができない。


 とりあえず私は電話に出ることにした。鳴りやまない電話の呼び出し人は唯一の友達だった。彼はたまに私に電話してくれる、優しい奴だ。私なんかにかまって、“校内3大変わり種”のレッテルを貼られてしまっている。私こそが校内3大変わり種の第1人者だ。


「……」


「蒼だね。聞こえてるかな。おはよう。今は何をやってるのかな。俺さ、大学見学行くけどさ、蒼はどうする?来る?」


 彼は行きたい学校が決まっている。そして学力的にもそこに何の努力もなしに合格するだろう。彼は、将来のことを考えている。対して私は何も考えていない。彼も、“今”を生きていない?


「無言ってことは、YESってことでいいんだね。じゃあ午後1時に駅集合で。お母さんには俺が連絡しとくよ。んじゃ。あ、1時半になっても来なかったら俺勝手に先に行くからね。来るなら早く来てよ?まあ蒼に限ってそれはないと思ってるからね」


 彼は一方的にしゃべって通話を切った。いつもと同じパターンだ。基本しゃべらない私と違ってよく彼はよく喋る。私が何も言わなくても、言いたいことを感じ取ってくれ、少し喋ったときは耳を傾けてくれる。彼にとって私と関わることの利点がよく分からないけど多分何かあるのだろう。じゃなかったらここまで長い付き合いにはならないはずだ。


「どこにいけっつってたっけ。とりあえず駅だっけ」


 私はフード付きのパーカーを羽織ってフードを深く被り、家を出た。


「ああ、一時だっけ。駅前のカフェで時間でもつぶすかな」


 私は知らなかった。この時、今日が原因でこんなぐーたら生活が変わるということを。私のこれからの人生が変わるなどということを。


 午後一時。駅前のカフェにて。


「久しぶりだね。蒼。覚えてるかな?覚えてるよね。確か前回あったのは一週間くらい前だっけな。一週間って早いねえ。んじゃ、そろそろ行こうか。あんまり待たせるのもだめだと思うし、早くしないと電車が出てしまう」


 私は久しぶりに会う彼を見て、再度安心感を得た。やっぱりこの人なら私と一緒に来てくれる。わかってくれるはずだ。そう思いながら、私は言葉を発した。三日ぶりの発声。うまく届くといいが。


「……。て。」


「ん?どうかしたの?」


 うまく聞き取れなかったようだ。彼は笑顔で聞き返してきた。


「どうし、て。なん、で。私を、誘った。の?」


 うまく出ない声とまるで言葉を忘れてしまったかのようなたどたどしい話し方。やっぱり私は言葉に出さないほうがいいのかもしれない。携帯に打ったほうが伝わるかもしれない。そう思いながら私はゆっくりと彼を見上げた。


「だって暇そうじゃんw。どうせ蒼なんて大学どこ行くかも決めてないんでしょ?でも俺と一緒じゃなきゃお前絶対生きれないだろ。だから誘ってやったんだ。お前の学力なら余裕でこんな大学は入れるから一緒に入ろって誘いたかったんだよ。そのためにはまずどんな所か見ないといけないでしょ。お前の場合は環境に慣れることが苦手なんだから。だから早めに見てもらってダメそうだったら別の大学を考えればいいかなぁなんて。思ったりしてたから。こんな感じでいい?」


「も、一つ。なんで、私、と、一緒にいて、くれる。の?メリット、は?」


「メリットかぁ。そうだなあ。」


 深く考え込む彼に私は少し不安を覚えた。もしかしたら彼は私に合わせてくれてるだけなのじゃないかと。彼は、自分のやりたいことを我慢してて、私のやりたいことだけに耳を傾けてくれてるだけなんじゃないかって。


「お前と一緒にいたい。それだけかなぁ。」


 予想もしていなかった言葉に息をのむ。どういうこと。私と一緒にいたい?


「どうして。」


「え」


「どうしてそんなこと言えるの?」


 私が自分でもびっくりするくらい、生まれて初めて流暢な日本語を喋った。


「どうして私のことばっかり考えるの。自分のことは考えてないの?私ってそんなに何もできないように見えるかなあ。それともさ、そんなに私のことが」


 溢れ出る涙に、言葉を詰まらせた。私は、彼に今度こそ嫌われたと。やってしまった。と思ってしまう。苦しくて、つらくて仕方がなかった。私にはあまりない『感情』というものに少し戸惑いを持った。私は、俯いた。


「蒼。」


 彼は右手を上げた。身をすくめ、目を瞑り、覚悟して次来るであろう衝撃を待っていた私は、その瞬間、目を見開いた。彼の右手は私の頭の上にそっと乗せられた。


「俺は、お前と一緒にいたい。お前が好きで好きでたまらなから、一緒の大学に行きたい。おんなじ大学に行って、一緒に過ごして、いつか………」


「いつ、か……?」


 話の途中で言葉を発するのをやめた彼に私は問いかけた。なぜかは分からないが、『いつか』の後にはすごく大事な言葉が来るような気がして。


「今は言うのをやめておくね。さあ。大学に行こう。」


 誤魔化すように言って先を歩く彼の背中は、少しだけ、寂しく見えた。私は遅れないように急いで歩いた。


 大学キャンパス前。私はその大学の壮大さに言葉が出なかった。活き活きとした学生、教授のような人は朗らかに笑ってご飯を食べている。一目見てわかる。自由な校風の自由な学校だ。生徒の自主性を重んじる、美しき大学だ。


「どう?おまえでも、ここならちょっとは興味わいた?」


 私は無言でコクリと頷き、フードを深く被り直した。ちょっとだけ有名な大学の前ということもあってか、かなり人通りが多いからだ。顔を見られるのは怖い。ひたすらに顔を伏せて彼と手を繋いで歩く。そしてずっと見ていて思ったことがある。


「ここ、人数、少ない?」


 驚くほどに静かで人数が少ないのだ。いや、ふつうに朗らかで明るくて楽しそうなのだが、明らかにすれ違う人たちが少ない。


「ここは自主性を重んじているから。毎日来る人もいればあまり来ない人もいるみたい。でもそう言う人でも最低限の単位を取れるように教授の方々が工夫してるんだって。それに、入学レベルが高いから、そんなに勉強し続けなくても試験で単位落とす人はいないって。だから」


 彼がだからの先に続けようとした言葉はわかる。「蒼でも続けられるんじゃない?」だろう。


「行く。行きます。」


 私は小さく呟いた。




 1年後。私は軽々とその大学を合格。もちろん彼も余裕しゃくしゃくで合格だった。我が家も、私が大学に意欲を示したことが引き金になったのか、くどくど言わなくなった。自堕落な生活はどう頑張っても治らず、結局そのままだった。


 こうして私の物語は始まった。


 そしてその彼......私のことを大切にしてくれる彼の名前は(うみ)と言う。

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