駆け引き
「………………は、?」
リディを見つめ、掠れた声で呟く。
微笑んでいたリディは驚いたかのように目を開いたかと思えば、すぐまたニコリと笑った。
「あら、話せましたか。それではお聞かせください、貴方が今知っている、この世界の全てを。」
「っ!!……お、おれは……」
それから数十分、ここに来るまでに知った情報、そして予想している事を話した。
自白の魔法をかけられたら、先程隠した情報も誤魔化しようがないからだ。
そして怪しまれない程度に話の所々を改変し話した。
「─と、これくらいしかまだ…」
「なるほど…つまり、簡単に言うと『記憶は曖昧だが色々な人に助けてもらいながらここまで辿り着く事が出来た』と…。そして貴方は、もしかしたらこの世界に同級生が全員いるかもしれないという考えがある、ですよね?」
「はい。確信は無いですが、先程あちらに他クラスの人も座っていたのでもしかしたら、と。」
ここで会話は途切れ、一時の静寂が訪れた。
内心嘘がバレやしないかと冷や汗をかきながら、唯ひたすら、リディを見つめていた。
当の本人は顎に手を当て、何か考えている。
時間が長く感じる。時間的には数秒の事かもしれないが、自分にとって色々とこの時間は心臓に悪い。
そんなくだらない事を考えているとリディはぱっと顔を上げ、頭の整理がついたのか、スッキリとした顔をしていた。
「─いつきは、頭がいいのですね。」まるで、全てを見透かしているかのような声色で。
─刹那。
ドクンッ!!
いつきは心臓が一瞬にして大きく波打ったのを感じた。
焦り、困惑、恐怖。
相手のペースに飲まれる感覚。
強く握りしめた拳の手のひらが汗をかいていく。
ポーカーフェイスなんて、できるわけ無かったんだ。
人を騙すことが出来ない、嘘をつくのが下手くそ、すぐ顔に出る。
こういう賭け事には向いていない性格。
…だけど。隠し通すと決めたからには。
ゆっくりと呼吸を整え、表情をキープし汗を引っ込ませる。
「…それでは、貴方に話すべき内容が二つほど。まず一つ、貴方が確信を持っているであろう事ですが…この世界に、貴方の同級生は『全員』います。探し人がいるのなら、探してみるのも良いでしょう。そして二つ目ですが、その同級生達はそれぞれ役割を持っています。貴方の役割が勇者であるように、また他の人も神官であったり、天使であったり、重要な役割を担っています。もしかしたら、既に何人かあっているかもしれませんね。」
「………………貴重な情報、ありがとうございます。これで俺も、疑問が確信に変わりました。それではここら辺で失礼します。お茶、ご馳走さまでした。」逃げるように席をたち、階段を降りる。
リディは分かっていた。嘘を見破っていた。それもそうだ、神様なんだから。嘘をつこうだなんて、おこがましいにも程があった。
逃げるように去ったのは、自分の愚かさに恥を感じたからだ。
そして同時に、彼女が怖かったからでもあった。
一刻も早く、彼女から離れるために。
思考を整える暇もなく、無我夢中で階段を降りる。
グチャグチャで、ドロドロで、ボーとする。
何も考えられない、考えたくもない。
こんなところ、いたくない。
「…………帰りたい………」
まだ叶わぬ、淡い希望さえもない願いを呟きながら。
憂鬱な気分になった事で、階段をおりるスピードもゆっくりと落ちていく。
半ば放心状態でいると、何処からか鈴の音が聞こえてくる。
綺麗な音だな…なんて考えていると、頭上からバサッと翼の音が聞こえた。
反射で上を向くと、そこにはいつの間にかいつきがいた。
「お迎えに上がりました。」
要件だけを伝えるのは相変わらずで、すぐに行きのように魔法を展開され、宙を浮かんだ。
たった一回でも、案外なれるものだななんて思いながら無抵抗でいると、階段は降り終わったのに何故かまだ飛んだままだった。
そのまままっすぐ…扉にぶつかると思った瞬間、バンッと扉は自動で開き、そのまま外へ投げ出される。
いきなりの雑な対応に思わず「は?」と言ってしまった。
呆然としているとけいごが駆け寄ってきた。
けいごはそのまま両肩を掴んで、血の気を引いたような顔で軽く揺さぶってきた。
「お前……一体リディに何をしたんだ!?」
「!…ただ、一緒に話していただけだよ。」
「そんなわけないだろ!?じゃなきゃアイツがこんなに…!」
焦ったような口調で話すけいごを半ば放心状態で見ていると、どこからかまたあの鈴の音が聞こえてきた。
「皆様、ご静粛にお願い致します。」
音色が鳴り止むとすぐに、あの全てに無関心のような声が聞こえてきた。
姿は見えないが、どんな顔をしているのかが簡単に頭に浮かぶ。
けいごは何も言わず素早く俺を引き連れて自分の席の隣へ座らせた。
誰も話さず、ただ静かに次の指示を待っていた。
「今から空間移動魔法を使いますので、席をお立ちにならぬようお願い致します。」
「(空間移動魔法…?)」
不思議に思いながら黙って座っていると、パチンッと指を鳴らす音が部屋中に響き渡り、一瞬にして景色が変わった。
柱が沢山並んでいたシンプルな空間から、王室の謁見間のような純白な空間。
自分の顔が映るくらいに磨かれた大理石の床にあの地獄の教会を思い立たせる程の長い階段。
階段の両端には、やはり教会の石像のように六大天使が並び、その頂上には、先程とは違う姿の氷のような玉座に座るリディがいた。
そして始まりの合図かのように、大きな鐘の音が綺麗な音を部屋全体に響きわたらせていた。