違い
自己紹介を互いに終え、そろそろ皆の所に戻ろうかと思い別れの挨拶をしようと口を開こうとする─が。
「さて、少しだけお話をしましょうか。」
「え?」
挨拶だけをするつもりで来たのだが、返事をする前にリディが指をパチンッと鳴らし、目の前にティーセットとテーブルを出した。
突然の事で、驚きからどこからともなく現れたティーセットとテーブルを凝視したが、これが普通の世界なのだと思い出しもう一度リディの方を見る。
だが、目の前にいたはずの彼女は目を離した一瞬の隙に席につき、紅茶を淹れていた。
彼女が茶葉の入ったティーカップに熱湯を注ぐと、ふんわり薔薇の香りがしてきた。
これは薔薇の紅茶なのだろうか─と考えたが、いや、まずそこでは無いだろう。
異世界の事などは全くもって無知と言っていい程分からない俺でもこればかりは流石に分かった。
普通神様が自分で紅茶を淹れるだろうか?
王族や貴族でさえ自分でしないのに、するハズないだろう。
執事がそういう雑務をする筈だし、紅茶を淹れる作法なんぞ習わない。
だが目の前では王族より上の立場─神が慣れた手つきで、しかももう紅茶を淹れ終えている。
何故執事にやらせない?どこかにいないのか?だが道案内をしたヤツは?あれは執事じゃないのか?など、無意味な事を色々考えた結果、とある答えに行き着いた。
─もしかして、俺が紅茶を淹れるのが遅かったから?
たしかにそれなら自分でやった方がはやいと思ってやったということに納得できるし、淹れ方が分からないただの無能と思われてさっさとやった事にも納得できる。というか納得出来る点しかない。
なんて自虐的な考えをしている内に薔薇の香りを纏ったティーカップを「はい、どうぞ?」と純粋な微笑みをうかべて渡してくるリディを見て、なんだが自分が先程まで考えていたことが馬鹿らしくなってきた。
何もかも思考をシャットアウトし、感謝を述べてティーカップを受け取り、一口飲んだ。
ほんのりと香る薔薇の匂い。
だけど紅茶は無味では無く、少し甘くて、茶葉独特の苦味も無かった。
「おいしい…。」
「それはよかった。この紅茶はね、飲む人によって味を変えるのよ。その人に今必要なモノが、その紅茶の味になるわ。」
「え、凄い!」
その言葉を聞いて、カップの中で揺れる少し赤みがかった透明な液体をじっと見つめる。
薔薇の香りにふさわしい、真っ赤な色をした紅茶だ。
「心身疲労を感じているなら甘みが強く、外傷など目に見える傷がある場合は苦味が強い。いつきはどうでした?私が見た所、苦味はないと思いますが。」
「あ、はい。確かに、苦味はないです…」
「…それは良かった。では、本題に入りましょう。」
少し反応が鈍かったような気がしたが、気にせずリディの話を聞く。
「貴方に伝えたいことが二つ…あるのですが、聞きたいことがあります。いきなりですが、この世界にはどうやって来たのか、覚えてますか?」
時が止まったかのように、一瞬にして静寂が訪れた。
物音一つたたず、リディは静かにこちらを見つめるだけ。緊迫感が全身に襲い、太ももの上で握りしめた手のひらに、じんわりと汗がかくのを感じる。
『どうやって来たか』…それは、この世界に来た時のことなのか、それともこの場所に来るまでの事なのか、何時の事を言っているのか分からなかった。
この異世界自体に来る時のことは覚えていない。
だが、この天界らしき所に来た時の事は先程までの出来事だったから覚えている。
だが、リディの言葉にはなにか裏があるように思えた。
ただ一つ、確信しているのは…
ここで発言を誤れば、何かが終わる…!!
本能的に危険を察知し、質問をうまくかわせる方法を脳内で探し出す。
結果、いつきはあえてイエスともノーとも取れない、曖昧な返事をする事にした。
「えーっと、思い出せそうで思い出せないような感じで…一部の記憶に霧がかっているような、そんな感じなんです。ですから何とも…」
それを聞いたリディはふわりと、本当に花が舞っているかのように笑った。
「そうなのね。ごめんなさい、いきなりこんな話をして。少し気になっただけなの。他意はないわ。」
そう言ってリディはティーカップを口元に引き寄せ、一口飲む。
一息つくと、数秒いつきを見つめ、口を開いた。
「いつき、この世界について、現時点で知っていることを全て話してくれませんか?それによって伝える内容も変わってきますので。」
「え?何故、伝える内容が変わるのですか?」
疑問に思い問うと、リディは少しキョトンとしてから『だって、当たり前のことでしょう?』とでも言うかのように少し含み笑いして説明した。
「既にご存知していることをお伝えしても意味が無いからです。貴方達の時間は短いのですから、もっと有効的に使わないといけませんからね。」
ふふふと微笑んだ彼女の瞳は笑っていなかった。
少しだけ恐怖を感じたが、気のせいだと思い込むように暗示をかける。
しかし思考はリディの事で支配される。
彼女のあの言葉で、生きている時間や寿命、知識、経験、何もかもが自分とは桁違いなのだと、改めて認識させられるのだ。
長考し過ぎたせいで今更何も言えない自分をじっと見つめ、リディはとある提案をしてきた。
「?あら、喋れなくなるほどなにかしてしまいましたか?あぁ、それでは自白の魔法をかけましょうか。そうすればきっと話せますね。」
めちゃくちゃな発言にとうとう頭が追いつかなくなり、もうまともに考えることが出来なくなった。
どうやら話せなくなったと思われたようだ。
だがそうなりかけただけで話せない訳では無い。
そもそも自白の魔法とはなんだ。訳が分からない。
ひとつわかる事とすれば、このまま黙っていればヤバいという事。
深呼吸して落ち着いて考えると、自分にとっては狂った発言だと思っていたが、今のリディにとってあの発言は、女神としての役割をこなしているだけの任務のいっかんなのだろうという考えに行き着いた。
だがやはり頭では理解出来たとしても、
「……………は、?」
─口から出るのは恐怖でにじんだ言葉だけだった。