ずーっと以前に書いた創作怪談シリーズとショートショートシリーズ
コンビニの怪
人から聞いた話である。
私の知人に、コンビニの深夜勤のアルバイトをしている友人がいる。
夜の10時から、翌朝8時までという非人間的な勤務時間を一人か二人でやっている。
彼に言わせると、夜中にコンビニに来る客というのは、まともな人間ではないという。
「7割はヤンキーか、元ヤンキーかヤンキー予備軍だね」
田舎のコンビニ、それも幹線道路沿いでもない、というからそんなものだろう。
「深夜の間はヤンキーとヤンキー予備軍だね。午前5時ごろからドカチンが来るんだけど、去年まで深夜にやってきていたヤンキーが時々混じっているから元ヤンキーなんだろうね」
そっか、めんどくさいね、と言ってから、じゃあ残りの3割は?と尋ねた。
「2割は普通の人。広い意味で、だけど。いちおう何かの仕事の帰りに来る人だよ。それでね、残りの1割はね・・・」
そこで、不気味に笑って、こう続けた。
「残り1割は、妖怪だよ」
そんな、まさかと笑うと、真面目な顔で言う。
「本当だよ。一度見てみるとわかるさ。少なくともオレには人間には思えないね」
真夜中のコンビニでは、ほとんどコミュニケーションというものがない。会話など客も店員も求めていないからお互いに必要最小限の言葉しか発しない。店員の方で客が妖怪だと思っているからといって、本当に妖怪であるかどうかはわからない。
ただ、あきらかに顔色が悪く表情も無くいつも同じ服を着ている、という人が毎日同じ時間に同じ物を買っていくらしいから、気持ち悪いといえば気持ち悪いのだろう。同じ人間とは思えないらしい。
ひどい話だ。
さて、怪談というのはそれではない。
深夜にやってくる妖怪、魑魅魍魎の類はともかくとして怪談というのは、また別の話である。
「先月だったかな・・・」
そう言いながら彼は話を始めた。いつもながら、私が怪談を好きで何かネタは無いか、と聞いたからである。彼とは、時々怪談スポットに遊びに行ったりする。彼もまた、怖い話が好きなのだろう。
「いつものように夜中にバイトしてたんだ。つまり忙しかった。一般的に暇そうだと思われているけれど、今時のコンビニには三千種類以上の商品があって、そのうちの多くは深夜に入荷するんだ。忙しいんだよ。でね、客が来てもあまり見てないわけ。ちらっとどんなやつかだけ確認して、あとは作業に戻っている。でも、いつレジに立つかわからないから背中では気配を感じてはいるんだけどね」
長くなりそうだな、と思って私はタバコに火をつけた。
「そこへ赤い服の女が現れたんだ」
赤い服の女が、そんなに珍しいのか?
「珍しいんだよ。女なんてあまり来ないし、来てもヤンキーだしね。それとは違う感じ。スーツなんだ。赤い服。でもケバケバしいわけじゃない。服は派手だけど、存在は地味なんだ。なんかいやな予感のする感じ」
ま、おまえの勘なんてあてにならないよ、と笑ってみせた。
「まあね。でも、客だから。いちおうなんとなくちらちらと見るわけ。初めての客はどんな動きをするかわからないからな。タイミングが掴めないんだ。レジに走るのは嫌だから」
「その時、店には誰もいなかった。店内には、その女とオレしかいないわけ」
うん、と頷く。じつはその時、私と彼は深夜の自動車の中だった。怪奇スポットに行く途中だったのだ。自然に不気味な感じが沸き起こっていた。なにせ、人っ子一人いない山道に自動車は差し掛かっていたのだ。
「コンビニの入り口ってさ、チャイムがついているじゃない?ピンポンとかなるやつ。うっとうしいやつ」
あれのことをうっとうしい、と感じるのは店員だけだろう、と思う。
「だからさ、そこを通れば、ドアを開ければチャイムが鳴るんだ。店の中の何処にいても聞こえるんだよね」
うん、それで?と尋ねる。車の運転は彼がしていた。彼の車だった。私は、吸っていたタバコを灰皿に押し付けた。私は自分の車の中でタバコを吸わないことにしている。掃除が面倒だからだ。
「でもさ、聞こえなかったんだ。気が付くと、あの女はいなかった。赤い服の女は入ってきたことは来たけれど、いつの間にかいなくなったんだ」
本当に、チャイムが鳴るのか?赤外線か何かの向きがずれているんじゃないのか、と質問する。
「いや、そんなことないんだ。あれは店の人間がいい加減に取り付けているわけじゃなくて、コンビニのチェーン本部が角度なんかを設定しているから。割と厳格なものなんだ。ちょっとドアが風で動いただけでも鳴ることさえあるんだ」
そうか、と言ったものの、それでも疑っていた。チャイムが鳴らない角度なんかがあるのだろう、と。もっとも、そうするとしたら、しゃがむとかそういうことになると思うのだが、そんなことをしなくてはならない理由はわからなかった。
「髪の毛の長い女だった。今時珍しい真っ黒な髪でね。赤いジャケット、赤いスカート。色白で無表情」
「よく覚えているな」
「まあね。いちおう、どの客にも目は飛ばすからなんとなくは覚えるんだ。でもさ、顔だけ、顔だけは思い出せない。なんか無表情だったのは覚えているけど、どんな顔だったのか思い出せない」
「それから一ヶ月くらい、その女は来ていたね。同じ時間に同じ服を着て。またこいつも妖怪になったか、と思ったよ」
そこで、私はふと気付く。得体の知れない客は、彼の中で全部、妖怪になっているのだ。
紛らわしい表現をするなよ、と思う。
「ま、オレも毎日バイトに行くわけじゃないから断定的には言えないけど、一緒にやっているバイトに聞いても、その女のことを知っていたから、たぶん毎日なんじゃないか、と思っているだけなんだけどね。でね、来るには来るんだけど、やっぱりいつの間にかいなくなる。次第に不気味な感じがしてきてね。他のヤツに聞いても同じなんだ。気が付くといない。いや、それどころか、よく思い返してみれば入店の時はちゃんと見ているんだけど、店の中を歩き回っていたという記憶も無い」
なるほど、それはおかしいな、と相槌を打つ。フロントウインドーの向こうは真っ暗で、ヘッドライトの照らし出すアスファルトはしっとりと濡れていた。
「だからさ、気になったんだ。それで女が来たら作業を中止して事務所に戻ろうと思ったんだよ」
彼の言う事務所とは、レジの奥にある小部屋のことらしい。
「店内にはいくつかの監視カメラがあるからさ。モニターで見張ろうと思ったんだ」
なんで?直接見てればいいだろ?そう聞くと彼は答えた。
「いや、それだと向こうも、こっちのことを気にするだろ?そうすると意識しちゃって普段とは違って普通に帰るかもしれないし。それで、だ。モニターで監視していると、その日に限って別の客が来た。ああ、面倒な、と思ってレジに出る。客の買い物を済ませて、店内をちらっと見ると、女がいない」
「いない?」
「そう、いないんだ。慌てて事務所に戻ってモニターで姿を探したんだ。商品棚の影にいるかもしれないし」
「丁度、さっきの別の客っていうのが入り口付近の本のとこで足を止めていたんだ。それは無視して赤い服の女の姿を探す。すると、ピンポーンって入り口のチャイムが鳴って、さっきの客、これは若い男だったんだけど、が出て行った」
「うん。で、女は?」
「それがさ。いつの間にか、その男の後ろにぴったりとくっつくようにして出てくんだよ」
連れだったってことかな、と尋ねた。
「それがそうでもないんだ。なんだかわからんが真後ろを歩いて出て行く。またまた慌てて表に、つまりレジのところに走り出たんだ。そしたらさ、いないんだ」
「なんだよ、それは?」
「いや、オレにもわからない。いなかったんだ。隠れる隙も場所も無い。でもいない。男しかいない。いや姿が見えなかったというべきかもしれない。しばらく呆然としていたんだが、とにかく、オレは気になって駐車場へ出て行った」
そこで、彼はハンドルを握りながら器用に胸ポケットからタバコを取り出すと車のシガーライターで火をつけた。
「丁度、さっきの男の客が車を発進させたところだった。ちらっと見えたんだよ」
「なにが?」
「女がね、乗っていたんだ」
「やっぱり連れだったんじゃないか」
「いや、それがね・・・重なって見えたんだよ」
「重なる?重なるって何が?」
「男が運転席に一人。その男に重なるように赤い服の長い髪の女が・・・」
嫌なもの見たな、と私が言うと、彼は笑った。
「そうなんだよ。でも、話はそれだけじゃない」
「続きがあるのか?また深夜に女が現れたとか?」
「いや、あれからは見てない」
じゃあ、なんだよ、と私は彼のタバコの煙を手で煽いだ。人のタバコの煙は不快なものである。
「その客、というか赤い服の女というか・・・あれが行ってしまった後、ちょっと呆然としてはいたんだが、仕事をしないわけにもいかなくて仕事に戻ったんだ。そこへ知り合いが来た」
「知り合い?」
「同じバイトの後輩でね。シフトを見に来た」
「ああ」
「そいつが言うんだ。さっき、そこで事故を見ましたよって」
まさか・・・と私が言うと、彼は頷いた。
「オレもそう思って、聞いたんだ。車種は?状況はって。そうしたら、ぴったり合うんだ。さっきの男の車と」
「じゃあ、赤い服の女が事故の原因なのか?」
「さあ、それはわからない。場所は、ちょっと行った先の別のコンビニの前だったんだけどさ」
彼は、そう言うとタバコの吸殻を窓から外へ投げ捨てた。私は、ちょっと肩をすくめた。
「思うんだけどさ。あの赤い服の女が現れる、ちょっと前に、うちのコンビニの前でも事故があったんだ。運転していたのは若い男でさ・・・。それでさ、オレは思うんだ。きっと先のコンビニにも、あの女は現れる。何をしたいのかわからないし、何かを探しているのかも、誰かを待っているのかもしれないけれど、あの女は現れる。そして誰かが来ると、そいつの車に乗り込んでしまう。そして降りたいところで事故を起こす。そんな気がするんだよ」
「なんで?」
「わからんよ、そんなこと。タクシー代わりにしているだけなんじゃないか?少しづつ行きたいところに近づいているんじゃないか?そんなことはわからんよ」
そういうと、怒ったような顔で彼はオートマチックのセレクターをセカンドに切り替えた。
山道の上り勾配が強くなった。
私は、ちょっとだけ目を伏せると、今日はおとなしくこのまま帰らないか、とつぶやいた。