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こんなシナリオは知らない


運が良かったのか、それとも悪かったのか。

そう尋ねられたら迷わずに極振りな悪運であったと私は答える。


というよりも何故?という疑問が大きすぎて他のことを考える余裕もあまりない、というのが正解なのかもしれない。


私は本来こんな所でこんなものを握っている人間ではない。

泥だらけ、血まみれになりながら自分の身を守るために自分の身を痛める人間ではない。


だって私の記憶の中にある「私」は、誰よりも美しいドレスを身に纏い、高価なアクセサリーをふんだんに飾る。

両親の遺伝から引き継いだ美しい顔を化粧で際立たせ、誰よりも優美に、磨き上げられた所作で。

圧倒的な権力を後ろ盾にヒロインを責め立て追い詰める悪役令嬢なのだから―――。




「振りが遅い!隙も多いぞ!そんなことで騎士と名乗るなどおこがましい!!」


厳しい顔をしてお父様が私に練習用の木剣を振り上げる。

幼い頃から(といっても今も十分幼いといえる年齢なのだが)こういった風景はよく見てきた。

血や怪我も、同年代の女子たちに比べたら見る機会は多かったと思う。


あくまでも推測だ。

だって普通貴族の令嬢はそれこそ家の事情だとかそんなものがなければこういった現場と関わり合うことはないので話の種にも上がらないし、私からしても人の血や怪我がどうだとかいう話でどうお茶会を盛り上げればいいのだ。

あいにく私にそんなトークスキルは無いのでそういった類の話は発信したことがない。


しかし「見慣れている」というのと「経験をしたことがある」というのはまた別の話。


名門サーペンス家。

ロードヴェルグ王国で公爵の位持ち、代々武芸に秀でた騎士を多く輩出している。

王都とはそう近くないが国境に構える広大な領地は非常に豊かで農業や副産業も活発。

そして国境の眼前に広がる山脈地帯には莫大な功績が埋まっているのだから他国も強奪を目的とした侵略も上がるがサーペンス家の武力を前に実際にそう行動する愚か者は多くない。


そんなサーペンス家に生まれた直系血筋の男子は三歳の頃から剣を与えられ、五歳になれば独自に展開するサーペンス軍の軍部に入り兵士同様の鍛錬を始める。

十歳で人生の岐路に立たされることになるのだが、その進路は8割騎士や護衛などの武の道。

残りの2割は領地の経営や商売を始めたりと比較的自由に生きている。


現当主であるお父様、ジオン・サーペンスの子供として生まれた長兄グレイス・サーペンスは現在22歳で王都にある騎士団に所属している。

次男のメルー・サーペンスは19歳、武芸の道を捨て山脈でとれた鉱石を趣味で加工していたらその独特かつ繊細な作品が人気を得て王都でも名を轟かせる加工士として生きている。

そして私、フィーネ・サーペンス。

本来ならばメルー兄様の下にもう一人、マルビス兄様が居たのだ。

しかしそのマルビス兄様が一月も前に流行り病で亡くなられた。

それが私の悪夢のような現状にも繋がるのだけれど。


「フィン!よそ見をするな!痛みを身体で覚えろ!!本能で恐怖しろ!!」

断じて虐待を受けているだとかそんなものではない。

私が手に持つ木剣にお父様が放った衝撃が響き渡る。

びりびりと痺れるような痛みを感じながらも剣を手放さない。

これを放したら、気合が足りないのだとあと3時間はこの惨状が長引くことになるのは目に見えている。

トラウマのように脳裏に焼き付いた苦痛の時間を再び味あわないために、歯を食いしばって耐える。


お父様の目が、一瞬にして殺意とも呼べる恐ろしい気が灯る。

喰らってはいけない。これは本当に、すごく痛い。

痛いだけならまだマシ。前回は2日間まるでご飯も食べられなくなるほど身体が軋んで動けなかった。


ざわりと、背中に嫌な気が走る。

それは考えた末に動いた行動なんかではなく、言うなれば反射。

私に痛みを与える為に、全身の力をもって沈める為に大きく振りかぶったお父様の鳩尾に全力で木剣を叩きつけた。


怯んだお父様、それでも木剣を手放さないその人に油断も出来ず、肩で息をしながらも警戒を解かずにいた。

しかしお父様は先ほどの険しい顔を何処かへやり、優しい笑みを浮かべて私の頭を撫でたのだ。

展開についていけない私はお父様のその行動に唖然としたまま説明を求めるように鍛錬を見守っていたグレイス兄様の方を見る。


「ふっ、お父様が褒めておられるのだ。素直に受け取れ」

これ、褒められているの?

お父様はおしゃべりな方ではないけれど、それでも言葉にしなくちゃ伝わらないこともあるんですよ。


「…フィン、良く聞きなさい。騎士とは守るものだ。

常に冷静に、より多くのモノを守るために動く。しかしお前は違う。

お前は、ただ一人の人間を守ればいい。それは一見して前述よりも簡単に聞こえるだろうが、そんなことは決してない。

対象が個でなければ、それは例え守りきれなかった存在があったとしても、すぐにその名の傷は消えよう。分散する、といったら聞こえは悪いかもしれないが実際そんなものだ。

逆に対象が個であるならば、それはどんなことが起きようともその人間が死んでしまえば取り返しのつかない程の傷を負うことになる。

それは名前だけではない。心にも、だ。

お前は騎士の一族に生まれた貴族の娘だ。本来ならばお前は女としての幸せの為に尽力させようと思っていた。

…しかしそうも言ってられなくなった。私の力も及ばない彼の方からのご所望なのだ…。

すまないフィン。お前にこんなものを背負わせてしまった。

お前の母も、きっと怒るだろうな…。」


お父様は私を震える手で抱きしめ、後悔の滲み出る声でそう言うのだ。


「…お前は来年から、王子の為にその身を剣にし、そして盾にするのだ」

そう、それが私の変わってしまった未来。


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