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5.商人の提案

「あー良かった。満喫したわ。お邪魔したわね」

「にゃふ!」

「お邪魔されましたです」

「もう、二人してそんな顔しないの。息ぴったりなんだから。……あら?」

 部屋から出ようとした大家が目を瞬かせる。

「玄関から誰か呼んでるわよ。お客さんじゃない?」

「にゃお?」

 客? へえ。殴り込みの間違いじゃないのか。

「冗談じゃないです。楽しそうに言わないでください。前に襲撃あったときは片付けと修繕が大変だったですよ。襲撃者ならわざわざノックして呼んだりしないです」

 耳を澄ませる。扉を叩く音とともに「いらっしゃいますかー!」と声が聞こえる。

 ほら、とルテルが言う。若干気落ちしながら、ジェンドは狼王を手に取った。

「生誕祭に流血沙汰は勘弁してね」

 大家を無視して、一階に降りる。ルテルと大家も付いてきた。

 玄関扉に張り付き、いつでも狼王を抜ける姿勢で気配を伺う。

「はいはい、私が開けてあげるから、ジェンドは下がった下がった。はぁい、どちらさま――」

「ぶはっ!」

「あら」

 止める暇もなく大家が玄関の扉を勢いよく開けたので、木製のごつい扉はもろに来客の顔面にぶつかった。

 戸口に立っていたのは、ひとりの太った男だった。鼻を押さえ、脂汗を盛大に流している。薄い頭髪とテカった肌。手に持ったルーン刺繍入り帽子は、商人が自分をアピールし、客に覚えてもらうためによく身につけるものだ。

 この廃れた区画で、まともな商人がいきなり訪ねてくるなど珍しい。ジェンドの射殺すような視線を受けて、商人は身体を震わせた。

「ごめんなさい私ったら。あら。誰かと思えばダンプスさんじゃない」

 大家が言った。

「知り合いです?」

「ええ。友人の店に商品を卸しているヒトよ。ほらジェンド、あなたもよく行ってるじゃない。〈北風の里亭〉。あそこの酒を扱ってるのが彼」

 確かに、〈北風の里亭〉は行きつけの酒場である。しばらく胡散臭げに商人――ダンプスを睨み、相手が必死に愛想笑いを浮かべている様子を見て、ジェンドはようやく構えを解いた。

「ああ怖かった。噂に違わぬ狂犬ぶりですなあ」

 心底安心したように言うダンプス。再びジェンドが剣に手をかけると、すぐに口を閉ざした。

 大家が頬に手を当てため息を吐く。

「相変わらずうっかりさんねえ。結構なやり手なのに、悪気なく失言しちゃうから困ったものだわ」

「申し訳ない。こればかりは性分でしてなあ。あはは」

 ダンプスは朗らかに笑った。肝が据わっているのかいないのか、つかみ所のない男だった。

「では改めてご挨拶を。ワタクシはダンプス。あなたはジェンド様で、あちらがルテル様でよろしかったですね」

「ええ。そうですけど」

 ルテルが警戒しながら答える。

「いやあ。実はですね、先日ジェンド様が追い払われたチンピラについてなのですが。ささ、まずはこれを」

 ダンプスは掌大の小袋を差し出した。受け取るとじゃらりと重い音がする。金だ。ジェンドもルテルも、これには目を丸くした。

「奴ら、以前からワタクシの顧客相手にちょっかいを出してる連中でしてな。いよいよ我慢ができなくなって、教会に訴え出ようとしたのですよ。まさにそのときに、ジェンド様が奴らをこてんぱんにやっつけたという話を聞きまして。これで奴らが完全に大人しくなるとは思いませんが、ぜひお礼をと思いまして。たいした額ではありませんが、謝礼金をお持ちした次第です」

「わざわざ、ですか?」

「ええ。できれば今後も、奴らに目を光らせていただけるとありがたく」

 なるほど、そういうことか。要は遠回しに護衛しろと。この少々大げさな額は、傭兵代も込み。まあ、愛だ祝福だと口にするだけよりかはずっとマシだ。

 ジェンドはダンプスを少し見直したが、相方はそうは思わなかったようだ。

「お金で釣ろうなんて、いい気がしません」

 ルテルが言った。大家が肩をすくめる。

「ルテルちゃんはこういうのが好きじゃないのね。ところでダンプスさん、私の感覚だと、コレ、謝礼金にしちゃ多すぎる気がするんだけど。正規の依頼ではなかったのだし。別の意図があるのなら、誤解のないようにちゃんと言っておくべきねえ」

「あはは。いやあ、さすが。おっしゃる通り、このお話には続きがあるのですよ。ワタクシ、この機会にぜひお二方とお近づきになりたいと考えまして」

 ダンプスはへらへら笑っている。

「ジェンド様。ルテル様。このワタクシめに、お二人の望みを叶える手助けをさせていただけませんか」

「望み? 手助け?」

「そう、望み! 希望! それを叶える素晴らしい詞が、ワタクシの聖書に刻まれているのです!」

「ダンプスさんの商才に関する(コトバ)は美しいって、教会から賞をもらったこともあるのよ。お墨付きね。だから他の商人さんたちと違って信用度が高い。多少の無理は利くってワケ」

 大家が補足する。

「ずいぶん都合が良いお話です」

 ルテルが気のない返事をする。一方のジェンドは興味が湧き、続きを促した。

「失礼ながら、あなた方についてあらかじめ情報収集させて頂きました。聞けばお二人はそれぞれ類い希な才能を持っていながら、ルーンの関係でお仕事の契約が結べないとのこと」

 ルテルがちらりと大家を見た。大家はにこりと笑い返した。

「そこでワタクシが仲介人となり、お二人の才能を世に出す手助けをいたします。仲介料は、今回の謝礼金の一部をあてるということで」

「そんなことして、あなたに何の得があるですか」

「商人にもいろいろございまして」

 愛想笑いを崩さないダンプス。ルテルは表情を硬くした。

「必要ないです。私には私の考えがあってこうしているんです。ぽっと出てきた人においそれと――もごご?」

 ルテルの口を押さえ、ジェンドが小声で言う。

(にーっ)

 おい、これはチャンスだ。話を受けるぞ。

(また勝手なことを。そもそも世に出すものなんてどこにあるですか)

(なーっ、にゃおにゃお)

 お前が作ったあのゴミ壺なんかぴったりじゃねえか。お前ならもっとすげえモンも作れる。絶対売れる。そうすればお前の名声は上がるし、俺にももっと仕事が入ってくるはずさ。万々歳じゃねえかよ。

(そういうのを浅知恵っていうのです。この話、上手くいく確証がまったくないじゃないですか。典型的なダメパターンです。だいたい私の作った物が、知らない誰かの人の手に渡るなんてまっぴらごめんです。絶対に嫌)

 ルテルはジェンドの手を振り払うと、ダンプスにきっぱりと言った。

「とにかく私は嫌です。断固拒否です。帰って下さいです」

「まあルテルちゃんの気持ちもわからなくないけど……話ぐらい聞いてあげても良いんじゃないかしら。別に騙そうってわけじゃないんだからさ。ダンプスさん、見た目はこうだけど人柄は信用できるわよ」

「大家さんまで言うですか。でも、ヤです」

「相変わらず筋金が入っているわねえ。仕方ない。ジェンド、ここはあなたがびしっと決めなさいな」

 ――大家も相変わらず爽やかに無茶を言う。

 ジェンドは睨むが、大家は楽しげに口笛を吹いてごまかした。それどころか、「私、パレードをもっと近くで見てくるわー」と言い残して、さっさとアパートを出てしまった。ジェンドは呆れた。

 決めろと言われても言葉を伝える手段が手元にないのだが。

 ダンプスが期待を込めてジェンドを見つめる一方、ルテルは不機嫌さを丸出しにしている。筆談用具を取りに行く間に無理矢理ダンプスを追い返してしまいそうな様子だ。

 だがここで簡単に諦めては、せっかくのチャンスがフイになる。ジェンドは腹を決め咳払いした。

「にゃお」

「ん? 何です?」

「にゃおにゃお。うー」

「ふむふむ」

 うなずくダンプス。もしかして通じてるのかと、ジェンドは淡い期待を抱く。

「にーなーおっ」

「なるほどわかりました!」

 ダンプスが満面の笑みで手を叩く。

「ジェンド様を芸人として売り出すのですね! 世にも珍しい動物鳴きマネ使いとして! いやあ流石だ! 我が身を差し出すとは何という心がけ――」

「キシャーッ!」

「あ。ルーン様」

 脊髄反射で右拳を突き出した瞬間、ダンプスの前に突然ルーン様が現れた。

 衝撃反射でジェンドの顎が跳ね上がる。腰をテーブルに強打して、床にダイブ。しばらく起き上がれないまま、言葉を失ったルテルたちの視線を背に受ける。

 まるで「やあ」と返事をするように手を挙げたルーン様は、いつものように忽然と姿を消した。

 理不尽に()されたジェンドの脇で、ルテルとダンプスは顔を見合わせた。

「ジェンドがこんななので、その話はまたにしてくださいです」

「は、はあ。いやしかし、こんなこともあるのですなあ」

 歯切れ悪く後頭部を撫でるダンプス。ルーン様が突然割って入ってきたことで気勢をそがれ、恐怖も飛んだようだ。押しが強く天然な彼も、ルーン様がかかわると大人しい。

「ではせめて、謝礼金だけでも受け取ってください。また来ますので」

「もう来なくて良いです」

「これは手厳しい。それではルテル様、ごきげんよう。ジェンド様、お大事に」

「キシャーッ!」

 吼えたジェンドから逃げるように、そそくさとダンプスは立ち去った。

 ルテルが晴れやかな顔で背伸びする。

「さて、邪魔者がいなくなったので私は寝ます」

「にゃ」

「何ですか。私は大事な作業に入るです。いくらジェンドでも乙女の時間を邪魔して欲しくないです。パレードの騒がしさに加えて、あの怪しい商人さんに付き合ったせいで真実の究明時間を削ってしまいました。これは焚書的損失です」

「にゃお。にゃお」

 お前は俺の涙ぐましい努力をバッサリ斬り捨てるつもりか。

「ルーン様のことは事故ですから。気にしない気にしない」

「に……にゃ」

 お前な……とにかく、これはチャンスなんだ。今度ダンプスが来たら、話を受けるからな。

「ダメです。どうせいつものように騙されて、ジェンドが殴り込んで、それでまた賠償金が増える結末になるです」

「にゃーあう! にゃにゃんな」

 そんな後ろ向きこと言ってっからダメなんじゃねえか! いやまあ、これまでに騙されて、殴り込んで、余計に借金抱えたことがないとは言わねえがよ。今回はそうはならないかも知れない。だったら、お前の才能をアピールすることに賭けた方がいいじゃんかよ。

「それはお金のためですか?」

「にゃ! にゃーなっ」

 違うわ! 俺が言いたいのは、ここでいつまでも無意味に引きこもって、せっかくの才能を世に出さないのはもったいねえってことだ。

「無意味に……」

「なお。なお」

 金のことは気にすんなよ。何とかする。だからお前は、俺に構わず才能を世に出せ。

 ルテルは視線を外してうつむいた。長い髪に表情が隠れて、怒っているのか悩んでいるのか、ジェンドにはわからなかった。

 そこまで言うのなら、と彼女はつぶやいた。

「私、出て行きましょうか」

 ジェンドは固まる。

 ルテルはくるりと背を向けた。

「なんて。冗談ですよ」

 呼び止める間もなく、ルテルは階段を駆け上がって行った。扉を閉める音が大きく響いた。



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