ポニーテール(短短編)
髪をほどく。容子にとってこの作業は、1日の終わりを告げるものである。後のお風呂や寝るまでのわずかな時間は、今日でも明日でもない、言わば、生死の狭間と感じられるからだ。容子はこのときが嫌いだ。成長するに従って、ますます嫌悪感が強まることも感じている。だが、今日もそれを繰り返すのだ。
一 朝。明日が来たのだ。生死の狭間から抜け出すことが、今日も出来た喜びを、からだ全体で噛みしめる。1日のスタートにわくわくする。容子は生きることへの絶望感をまったく持っていない、珍しいタイプの人間だ。お決まりのポニーテールを揺らしながら玄関を出る。
一 駅のホーム。容子は一度も恋人がいない。いらないなんて思ってない。むしろ、欲しいのだ。だから、今日は思い切って、逆ナンをしに渋谷へ行くのだ。突然の話ではない。前々から計画していたのだ。容子は自分の容姿に自信がある。その為、声をかければ男はほいほいついてくるだろうと思っている。電車のアナウンスが、次は渋谷だと告げる。
一 渋谷。渋谷に着き、少し歩いて良いポジションを見つける。辺りを見回すと、これからナンパしようとしてるであろう男がいる。思い切って声をかける。案の定、男はついてきたのだ。
一 イタリアンレストラン。男は渋谷のあれこれに詳しい。名前は、青木。見た目は、容子のストライクゾーンど真ん中とはいかないものの、好感が持てる雰囲気だ。田舎に生まれ育った容子は、都会的な青木の服装に目がくらむ。容子と青木はレストランを後にし、渋谷のレジャースポットをいくつか回り、初めて会った者同士とは思えないほど親密な仲になったのだ。夜も深まり、青木がラブホテルへ行こうと誘う。
一 ラブホテル。容子はタイミングをうかがっている。すると、青木が自分は童貞だと言うのだ。容子は驚いたが、自分も処女であると言いやすくなったと思い、告げる。
青木が容子の髪をほどく。容子はこの時間が終わるのではないかと一瞬焦る。しかし、青木は消えない。青木は優しい手つきで容子のほどかれた髪をなでる。容子は安堵する。今は生死の狭間のはずだ。これからすることもそうだ。なのになぜか、容子は安心するのである。
一 朝。行為が終わり、容子は青木に言う。青木は承知する。それから毎晩、朝が来るまで、容子は青木に抱かれる。容子は今日も青木とからだを重ねる。はずだったのだ。ところが、青木は破ったのである。あの日の約束を。一人で生死の狭間のようなときを、過ごさねばならない生活が、またやって来る。
それが何を意味するのか容子には分かる。
絶望なのだ。