雨、特別な場所の記憶。
瞬くと、雨露模様のガラス越しに、中庭に佇むオブジェが見えた。
図書館の美術品。
滑らかな金属が複雑に流線型を描いている。
大きく、存在感があるがうるさくはない。
題名も知らない。
何を表しているのかは形容しがたい。
人なのだろうが、見方によれば水や炎にも見える。
彼女はそのオブジェを、感情そのもの、と言い表した。
雨の日、二人はよくその下で待ち合わせした。
オブジェに開いたいくつかの窪みの一つ。
人が二人入るのにちょうどいい。
そのことを発見してから、決まってそこが僕たちの待ち合わせ場所になった。
雨風もしのげる。
二人だけの特別な場所。
僕はそこで待っているときの孤独が好きだった。
雨降りの時は特に、その場所は孤独を深めた。
雨が打ち付ける音が止め処なく続く。
デタラメなリズムで。
無意味な音が、無駄な感情を削ぎ落としていく。
ガラス窓一枚隔てたところに、図書館のあたたかな室内が見て取れる。
10メートルも離れていないその場所が、手の届かないところに思えてくる。
僕は必死に耐えた。
孤独に。
時計は見ないことに決めていた。
待ち人が来るまで、途方もない孤独と戦っていた。
外界から遮断されたその空間で。
★★★★★★★
温かく静かな室内。
今、時計は午後の二時を指している。
ページを擦ると、本の香りが仄かに立つ。
胸いっぱいに息を吸う。
目を瞑り、彼女が現れたときの感動を思い出す。
★★★★★★★
彼女は決まって息を切らしてきた。
そして決まって息が整い切らないまま、待った? と訊いてくるのだった。
その時すべてが報われた気がした。
雨なのに、すべてが解放された気がした。
★★★★★★
再び目を開け、オブジェを見やる。
誰もいない、濡れそぼった冷たい金属がそこにあるだけ。
今は現実が、現実としてしか見て取れない。
僕は力なく微笑み、遠い記憶と共に、本を閉じた。
センチメンタルな作品に触発されて。
ある方との別れを想って書きました。