9 水分
喉を通る水分が気持ちいい。ちゃんと見ていないからポカリなのかアクエリなのか分からないが、今の俺にはそのなんともいえない味が染みた。
「すまん」
「もう平気?」
「まぁ…だいたい」
俯けていた顔のまま目線だけ左にやると、心配そうに覗き込む真北の表情が見えた。次の授業が始まろうとしていた教室から肩を貸す形で俺を連れ出し、最寄りのベンチに俺の腰を落ち着けさせた真北は、しばしどこかへ行ったかと思うと冷たいペットボトルを持ってきてくれたのだった。真北を待つ間、体を曲げて膝元へ頭を押し付けていたので、ちかちかとした視界はおおよそ治っていたが、受け取った飲み物はまだばくばくしていた心臓を優しく鎮めてくれた。もう一度、今度は胃袋の違和感を消すように呷る。空いたペットボトルに巻かれているラベルはポカリだった。
「そんな一気に飲んだらよくないって」
「もう大丈夫。腹減った」
「いきなり食べたらまた気持ち悪くなるよ、もう少し休もう」
さっきまでの心配顔は少しだけ緩んでいたが、それでもなお俺を庇うよう真横に腰を並べてくる。
「腹が減って具合悪くなったんだから食えば良くなるよ」
「じゃあ俺が買ってくるからここにいなよ。何なら食べれる?」
「……麺?」
「おっけー」
さっきのようにばたばたはせず、リュックをここへ置いたまま歩いていく真北の背中見ながら、良い友達を持ったなぁと感慨に耽った。それと同時に沸き起こるなんともいえない靄は、今はなかったことにした。