〇九五 南中平定
~~~蜀軍 本陣~~~
「斬れ」
「はいです。殺すです」
「ぶふぉっ! ま、待てよ悪人面!
前回の流れから来て、いきなり斬れはねえだろ!」
「なんとなくこの展開は予想してたけどね……」
「藤甲軍を殲滅し、次は貴様の番だと思っていたら、おとなしく降伏するだと?
まったく興醒めだ。死ね。死んで余に詫びよ」
「だ、だから待てって! 俺らにゃあもう、アンタらと戦う気はねえんだ!」
「しかしこれまで何度敗れても往生際の悪かったお前たちが、
どうして心変わりしたのだ」
「かわいい娘が戦いを止めてくれたのさ」
「………………」
「諸葛亮殿! 降伏するにあたり一つ、条件を提示したい」
「ほう。無様に命乞いをする立場の分際で、厚顔無恥にも条件を付けると。
図々しいにも程があるな。面白い。言ってみろ」
「南中王・孟獲の娘、花鬘と関索殿の縁組をお許しいただきたい!」
「へ?
…………さ、さ、さ、さ、さ、索にゃん!?
これはいったいどういうことっキャ!?」
「お、落ち着け三娘。俺も驚いてるとこだ。
――それはマジの話か? 孟獲さんよ」
「ぶはははは! 冗談や酔狂で娘を嫁に出すかよ!
どうやら花鬘はお前さんに惚れちまったらしい。
お前さんもまんざらじゃねえんだろ?」
「花鬘の婿になってくれれば、次の南中王はアンタだよ。
悪い話じゃないだろうさ」
「おう、そいつぁすげえや!
蜀と南中の友好の架け橋ってヤツじゃねえか!」
「めでたいッス! そういうことなら仲人は自分がやってもいいッスよ!」
「ま、待て待て! 話をそう急ぐな。
関索! お前のほうの意見はどうなのだ」
「話はありがたいが……俺はまだ修行中の身だ。
ましてや南中王の座を継ぐなんて、話が大きすぎて――」
「だったら私が行く」
「か、花鬘!?」
「蜀軍と戦って、関索と会って、
私は今まで小さな世界しか見てないんだって気づいた。
関索と一緒に、もっといろんな世界を見たい。
だから私、南中を出て行く」
「花鬘…………」
「パパ、ママ、ごめん。
次の南中王は別の人を探して。私は王の娘じゃなく、関索の妻になるから」
「…………子供ってのは、いつの間にか大きくなるんだな。
ぶわっははは! 花鬘、お前は俺らよりずっと頭のいい子だ。
お前の決めたことに反対なんてしねえよ。
どこにでも好きなとこに行ったらいいぜ!」
「でも忘れんじゃないよ花鬘。お前の故郷はここ、南中だ。
それだけはどこに行こうと、誰に嫁ごうと変わりゃしないよ。
……たまには帰っておいでよ」
「うん。ありがとう……」
「ああ、臭い臭い。なんだこれは?
余はなぜ陣中でこのような猿芝居を見せられなければならんのだ?
くだらぬ。もうどうでもよい。
降伏するなり嫁に行くなり好きにしろ。余は成都に帰る」
「じ、丞相……。
も、孟獲よ。どうやら丞相も降伏に同意されたようだ。
我々はすぐに引き上げる。後は縁組などを進めるように。
――丞相! お待ちください!」
「――ということだ、関索殿。花鬘を大事にしてやってくれ」
「もし花鬘ちゃんを泣かせたら殺しに行くからねぇぇ……」
「お、おい。もう決まっちまったのか?
そりゃあ花鬘はかわいいし、光栄な話だけどよ。
そ、そうだ三娘。お前は――」
「……別にアタシは索にゃんと結婚してないキ。
索にゃんの好きにすればいいんじゃないっキャ? んじゃ、お幸せにー」
「さ、三娘! どこに行くんだ。ま、待てよ!」
「待って! 関索!」
~~~濾水~~~
「濾水がえらい荒れとるで。これじゃ船は渡れへんな」
「ぶひゃひゃ! このへんは天気が変わりやすくってよ。
昔は49人の生贄の首を捧げると、
すぐに波が落ち着くなんて迷信が言われてたが――」
「なに? 49人の生贄を出せばすぐに渡れるのか。
それは好都合だ。すぐに用意しろ」
「ま、待ちなよ。戦いはもう終わったんだ。
これ以上、血を流すのはやめとくれよ!」
「貴様らが案ずることはない。生贄は余が出そう。
こたびの遠征で役立たなかった者、49人の首をはねよ」
「該当するから馬謖はさっさと首を差し出すです。私が斬ってやるです」
「や、やめろ小娘! は、放せ!!」
「じ、丞相! 祝融夫人の言うとおりです。
戦が終わったのに犠牲を出す必要はありません。
たとえば、人の頭を模した肉団子を作り、
それを生贄代わりにすればよいではありませんか」
「肉団子を生首代わりにだと?
クックックッ……。児戯にも等しき小細工、実に面白いな」
「そ、それは今あわてて考えたことですので、もっと良い意見があれば――」
「いや、採用しよう。
ご高名な李恢殿の発案による肉団子の生首。
饅頭とでも名づけ、南蛮名物として売り出すよう手配してやる。喜ぶがいい」
「…………い、胃が……」
「そ、それでは諸葛亮丞相。我々はこのあたりで――」
「なに? もう見送りをやめて帰ると言うのか?
余に忠誠を誓うと言った心はその程度のものなのか?」
「め、めっそうもありません! も、もう少し送らせていただきます!」
「はっはっはっ! この丞相に降っちまったんだ。
運が悪かったとあきらめるんだな。
まあ、俺の永昌郡くらいまではついてこいよ」
「呂凱殿らにも世話になったな。また機会があれば会おうぞ!」
「おう! アンタはなんか他人の気がしねえんだよな。
いつでも永昌まで遊びに来てくれよ!」
(やれやれ、これでようやくこの三人組の体臭や口臭に悩まされずに済むな……)
「アンタらとはいろいろあったけど、
これからは味方同士ッスよ。よろしく頼むッス」
「がはははは! お前みてえな馬鹿強いヤツがいると知ってたら、
反乱なんか起こさなかったぜ!」
「でも花鬘ちゃん、関索を追って行ってもうたんやろ? ちょっと心配やな」
「なに、あれでも妾の娘さね。
ひと通りの武芸は教えてある。関索もついてるし大丈夫だよ」
「鮑三娘のほうが心配だな。
すねて出ていっちまって、関索と花鬘はそれを追ってんだろ?
かーっ! モテる男はつらいねえ」
「……あの関索という男は異常です。女の気を異常に惹きつけるです」
(ん? ひょっとして月英が鮑三娘に何かとつっかかってたのは、
関索に惹かれて嫉妬してたんか? あの月英が?
ウチは人妻やから関索に惹かれへんかったけど、もしそうならほんますごいわ……)
「……李恢はんの饅頭で、濾水が落ち着いたで。まあ偶然やろうけど」
「船に南中の貴重な動植物を、積めるだけ積み込むとしよう。
いいお土産ができたヨ」
~~~蜀 成都~~~
「あ、諸葛亮おかえり~」
「フン。余がいない間もどうにか国を滅ぼさずに済んだようだな」
「魏も呉も攻めてこなかったし、こっちは暇だったよ。
変わったことといえば、劉巴や許靖や秦宓が死んだことくらいかな。
諸葛亮と仲悪かったヤツばっかりだけど、お前なんか呪いとか使った?」
「へ、陛下……」
「馬鹿な。余がそのような小者を歯牙にもかけるわけがなかろう」
「だよねえ。――で、官職の再編とかしなきゃいけないからさ。
お前が帰ってくるの待ってたんだよ。さっさとやってくんない?」
「余がいなければ何もできぬのか貴様らは。無能揃いめ」
「フン。ワシらが再編してもどうせお前が
ケチを付けてやり直すだろうから、放っておいただけじゃ」
「南方も平定したし、今度は魏に攻め込むんだろ?
だったらお前が留守にしててもいいようにさ、
なんか留守番の心得みたいなの作ってよ」
「面倒なことを……」
「南中からの貢ぎ物はこのへんに置いとけばいいな?
じゃあ俺は帰るわ。またな女ども。
職にあぶれたら雇ってやるから、いつでも来いよ」
「余計なお世話です。帰り道で虎に食われて死ねです」
「まあまあ楽しかったで。孟獲はんらが悪いことしないよう見張っといてな」
「……これで南方遠征も終わりましたな。
さすがに疲れました。少し休みたいところですが、すぐに北伐が控えています。
気を引き締め直さなくては」
「李恢はん、よくがんばっとったからな。養生したほうがええで。特に胃とか」
「みんな、活躍は聞いたぜ! 孟獲を7回捕らえて7回逃がしたって?
逃げ足の早い野郎だったな!」
「………………」
「あれ? 本当だ。関索兄ちゃんが見当たらないけど、どうしたの?
まさか――」
「いや、無事だ。無事なのだが、今は……」
「無事すぎて困る、といったところだ。
とにかく心配することはない。南中で嫁も見つかったしな」
「へ? 嫁?」
「話せば長くなるッスよ。
雲緑が女王を倒した話とかもしたいし、後で詳しく教えるッス」
「え! なにそれ! 聞きたい!」
「がはは! 他にも面白い話がたくさんあるぞ。
毒の泉に毒の河、猛獣軍団に12尺もある全身鱗の化け物とてんこもりだ!」
「ちっきしょう! 俺も遠征に同行すればよかったぜ!」
「どうせすぐに魏との戦いが始まるッスよ。
張苞にはその時にがんばってもらうッス。
――さて、何から話すッスかねえ……」
~~~魏 洛陽の都~~~
「………………死ぬな」
「は、はい?」
「これはもうじき死ぬな。やれやれ、曹丕ともあろう男があっけないものだ」
「な、な、な、な、何を弱気なことをおっしゃられるのですか!
陛下にはまだまだご健勝にあらせられて、中華を統一するという使命が――」
「それは他の誰かに任せるよ。僕はここまでだ」
「へ、陛下…………」
「それにしても情けないね。僕は40年の人生でいったい何ができたのだろう。
悪いが誰か、僕の成し遂げたことを数え上げてくれないか」
「は、はい! まずは後漢王朝の衰退をふまえ、
宦官・皇后・外戚の権力を弱めました!
この私情を断った賢明なるご判断、陛下にしか成し得ない偉業でありましょう!」
「わ、私のような凡人には
陛下の偉大さのその一端を理解することすら困難ですが……。
し、しかし九品官人法を制定したことは未来永劫に讃えられるでしょう!」
「……司馬懿。九品官人法を制定したのは私だ」
「あああああああああっ!! すみませんすみませんすみません!!」
「…………他にはあるかな」
「目には目を歯には歯をと申しましてね。
昔っから仇討ちは美徳だと見なされてきたんだ。
でも陛下は言うんだ。それは違う。違うんだよ孟ちゃん。
仇討ちはいけないと僕は思うんだ~ってね。
どうしてかっていうと、それは治安を乱すんだ。
カサカサカサカサカサ! と乱すんだ。
だから仇討ちは禁止する。禁止しなきゃいけないんだ。
そう言った途端、あかりがフッと消えたんだ。
そういうお話です…………」
「もういい、やめたまえ。
遠慮せず僕がやったことを余さず言いたまえ。
たとえば、弟の曹植君を追放し、曹彰君も殺した」
(…………兄上がそうおっしゃるなら、僕には是も非もありません。
なに、詩はどこでも作れますから)
(逆らわねえのかって? だって僕様が兄貴に勝てるわけねえだろ。
腕力なんていくらあったって、あのおっかねえ兄貴の前じゃ無意味なんだよ)
「妻の甄姫も殺した」
(「ガッシ!ボカッ!」アタシは死んだ。スイーツ(笑))
「り、リメンバー。
曹彰様は急病で亡くなられ、甄姫様は事故死されたはずですよ」
「違う。二人とも僕が殺したんだ。
まだまだあるよ。献帝を追放し、帝位を簒奪した」
(重い、重い肩の荷が下りた。そんな気がする。
曹丕殿。いや曹丕陛下。
私は君に感謝している面もあるんだ……)
(ぼくは陛下についていきます。ぼくにとって陛下は献帝陛下だけです!
もうぼくを曹一族だと思っていただかなくて結構です!)
「曹洪君を獄に下した。夏侯尚君、于禁君を悶死させた」
(吝嗇の罰が当たった。それだけのことだ)
(妻よ……。ああ、妻よ……)
(一兵卒でもなんでもいい。死ぬまで魏に仕えさせてくれや)
「曹操が聖人君子だったとは言わない。
父は父で非道なこともたくさんしたからね。
でも僕は取るに足らないことに血道を上げただけで、何も成し遂げられなかった。
曹操が切り取った領地を守るだけで、広げることもできなかった」
「………………」
「僕は曹操になりたかった。いや、曹操を超えられると思っていた。
でも、曹丕にすらなれなかったんだ……」
「ぉし゛ゃましてぃぃ? 曹丕っちく゛ぁぃと゛ぅ? なぉりそぅカナ?」
「ははは。さすがにもう無理ですよ母上。ここでお別れです」
「そぅ。。。なにかたへ゛たぃものトカぁる? っくったけ゛るョ」
「ありがたいですが、母上のご飯をいただいたら死期が早まります」
「もぅ。。。曹操っちとぉなし゛コトぃぅんた゛から。。。」
「ところで母上。
――僕はどうして、何者にもなれずに道半ばで死ぬんだと思いますか?」
「さぁ。。。バチか゛ぁたったんし゛ゃナイ?」
「!?」
「曹彰っちトカ、ぃろんなヒトころしちゃったし、
曹操っちのオンナのヒト、みんなょこと゛りしたり。
曹丕っちはぃぃコト、ゼンゼンしてなぃし゛ゃん?
ナンカ曹丕っちのとぉったアトは、なにものこらないかんし゛カナ?」
「これは手厳しい。……やっぱり母上が一番良くわかってらっしゃる。
さすがは曹操の妻です」
「。。。そぅぃぅエラそぅなトコもイケナイとぉもぅヨ?
デモ曹丕っちは曹丕っちなんた゛カラ、
曹丕っちのデキルコトか゛んは゛ったんし゛ゃなぃカナ?。
ダカラなにもきにするコトなぃとぉもぅヨ」
「…………そうですか
ありがとうございました。母上はどうか長生きなさってください」
「ゥン! 曹丕っちのふ゛んもガンバルヨ!」
「……ご歓談のところ失礼する。
陛下、そろそろ跡継ぎを決めていただきたい。
部屋の外で王朗や華歆らがやきもきしているぞ」
「あ、跡継ぎとは……口を慎みたまえ!
いくら劉曄殿でも言っていいことと悪いことが――」
「口を慎むのは君たちの方だ。
いつまで僕が死なないと思っているんだい? 早く現実を見たまえ。
……ほら、もう僕には君たちを殴る力も残ってはいないんだよ」
「跡継ぎは曹叡殿下でよろしいか?
この期に及んで甄姫の遺児は嫌だとは言うまいな」
「ああ。そんなわがままを言うつもりはない。曹叡君に任せるよ。
なにぶんまだ19歳の子だ。ここにいるみんなで、よく守り立ててやってくれ」
「は、はい! この命に替えましても!」
「……ああ、間違えた。君は頼りにしてないよ呉質君。
どうも判断力も低下しているようだ。まずいね。
他に何か言い遺すことはないだろうか……」
「………………」
「ふう。まあいいか。すこし疲れた。みんな、席を外してくれないか」
「は、はい!」
「あの世に行ったら父上に大層怒られるだろうな。
それだけは少し、気が重いかな……」
~~~~~~~~~
かくして魏帝曹丕は没した。
曹操にも曹丕にもなれないままの最期であった。
一方、魏の混乱を聞き及んだ諸葛亮はいよいよ北伐への意志を固める。
次回 〇九六 出師の表




