〇九四 不死身の兀突骨
~~~蜀軍 本陣~~~
「斬れ」
「はいです。殺すです」
「ま、待て待て悪人面!
顔を合わせた途端に斬れはないだろ!」
「飽きた」
「へ?」
「余はもう貴様らで遊ぶのに飽きた。死ね」
「動くなです。おとなしくするです」
「お、お待ちください丞相!
たしかに孟獲は我々に何度となく歯向かいましたが、
だからといって有無を言わさず斬り捨てるのは賛成できません!」
「ほう。余の意思を通すために貴様の同意が必要とは知らなかったぞ。
貴様も偉くなったものだな」
「う……。じ、丞相!
あなたは再三、孟獲らに文明の叡智を示せと言われています。
裁判も何も経ずに処刑を執行するのは、文明人のやることではありますまい!」
「余に法を説くつもりか。面白い。
ならばこの場で裁いてくれる。孟獲とやら。
貴様はまだ余を楽しませることはできるか?」
「…………要するに、まだ俺らに蜀軍を破る力があるかってことだな?
ぶははははは! そりゃお前、あっても無くても
この場は『はい』って答えるに決まってるじゃねえか!」
「クックックッ……。多少は知恵を付けたようだな。
だが余はもう飽き飽きしているのだ。具体的に方策を示さねば、殺す」
「むう……。具体的にって言われちまうとな。
心当たりがあるような無いような……」
「アンタ! 藤甲軍がいるじゃないのさ!」
「か、母ちゃん!? 花鬘をつれて実家に帰ったんじゃなかったのか?
そ、それにどうしてここに――」
「孟獲の妻が来たから旦那の所に案内しろと、蜀軍の連中に命令したのさ。
一度契りを交わした男を見捨てるような女は南中にいやしないよ!
たとえばこいつのようにね!」
「ぐ、ぐぬう……」
「だ、朶思王!
そういえば姿が見えないと思ってたけど、どこに行ってたんだい?」
「妾たちを見捨てて、藤甲軍を頼ろうとしてたのさ。
ふん捕まえて、口を割らせてやったよ。
アンタ! 藤甲軍なら蜀軍にも負けやしないよ!」
「トウコウ軍、トウコウ軍……。ぶふぉっ!!
そうか! 思い出したぞ母ちゃん! たしかに藤甲軍なら勝ち目があるわな!」
「そういうことだよ諸葛亮とやら!
藤甲軍がアンタらをぶちのめしてやるから、さっさとウチの宿六を解放しな!」
「フン。女房に救けられたな。面白い。行け。
さっさとその藤甲軍とやらを連れてくるがいい」
「おうよ! 南中でも最強最悪とうたわれる藤甲軍の恐ろしさ、
思い知らせてやるからな! うっひゃっひゃっひゃっひゃっ………………」
「………………あ、あれ!?
わ、私は連れていってくれないのか!? おーい孟獲!!」
「がっはっはっ。見捨てられちまったようだな!」
「てやんでい! 自業自得だろうが!」
「ちょうどいいです。孟獲の代わりにこいつを殺すです」
「ま、待て! 話せばわかる! り、李恢殿! なんとかしてくれ!」
「…………まあ、薄情者ですが無力な男です。
わざわざ殺す必要はないかと――」
「どっちでもいいなら殺すです」
「ふんぎゃああああああ!!」
「裏切り者には死を。フン、これぞ文明的であるな」
「………………」
~~~烏戈国~~~
「藤甲軍の首領、兀突骨には渡りを付けた。
孟獲大王の危機は自分の危機も同じと、快く救援を引き受けてくれた」
「おう、あいかわらず帯来は敏腕だな!
どっかの実弟よりよっぽど頼りになるぜ!」
「兄ちゃぁぁん。それは言わない約束だよぉぉ」
「………………」
「どうした花鬘? 浮かない顔をしてるね。疲れたのかい?」
「まだ、戦わなくちゃいけないの?
蜀軍は6回もパパを見逃してくれた。悪い人ばかりじゃない。
きっと話せばわかり合えるわ」
「でも花鬘ちゃん、蜀軍の方から攻めてきたんだよぉぉ。
話なんて通じるかなぁ?」
「それはパパや雍闓が、呉や士燮の口車に乗せられて、
蜀の領土を荒らしたからじゃない。彼らは報復に来ただけよ。それに――」
「それに、なんだい?」
「ううん、なんでもない」
「? 顔が赤いよ花鬘。熱でも出てるから、そんな変なことを考えちまうのさ。
妾たちは降りかかる火の粉を払ってるだけさね」
「ぶわははははは! 花鬘は俺や母ちゃんと違って頭がいいからな。
余計なことを考えちまうんだよ!」
「アンタと一緒にするんじゃないよ!」
『………………おい』
「う、うわああああああああ!! ば、化け物だああああ!!」
「も、孟優殿。失礼なことを言うな。
こちらは兀突骨様の腹心の方々だ」
「へ?」
「俺はゴッツンの一の子分・土安」
「俺は二の子分・奚泥だ」
『化け物ヅラで悪かったな』
「ぶひゃひゃひゃひゃひゃ!
化け物ヅラなのはこっちも同じだ。弟の暴言は勘弁してやってくれ。
――で、ゴッツンってのはなんだ? ひょっとして」
「兀突骨のあだ名だ」
「我々はそう呼んでいる」
『あれはゴッツンで十分だ。会えばわかる』
「よくわかんないけど、とにかく案内してもらおうじゃないの。
妾は歩き疲れてくたくただよ」
~~~蜀軍 本陣~~~
「は? 身の丈12尺(289センチ)?
身体中を鱗で覆われ、鳥や獣を生きたまま喰らう?
ははははは! いくらなんでもそんな化け物がいるわけないだろ!」
「そういえば聞いたことがある……」
「知っているのか李恢!」
「藤のつるを油に漬け、干すことを何度も何度も繰り返す。
そのつるで編んだ甲冑は水に浮き、
あらゆる刃物を跳ね返す強靭さを持つという。
藤甲軍とは、その藤の甲冑にちなんで付けられた名だそうだ。
そして藤甲軍を率いるのが――」
「その兀突骨とかいう12尺の鱗の化け物だというのか?
くだらん! かの孔子も『怪力乱神を語らず』と言っている。
そのような世迷い言を真に受けるのは愚かなことだ!」
「へえ。しゃべれるなんて、ずいぶんと頭のいい子牛もいたもんだな」
「子牛ではない! 孔子だ!!
これだから学のない者は――」
「先陣の張嶷はんから急報や!
身の丈12尺の鱗に覆われた化け物が、
けったいな甲冑に身を包んだ兵を引き連れて現れたそうや!
槍も矢も跳ね返されて勝負にならへんと言っとるで!」
「――――――」
「クックックッ。事実は小説よりなんとやら、であるな。
まだまだ面白そうな物が残っていたではないか。
趙雲。魏延をつれて化け物と遊んでやれ」
「ウス! 噂をこの目で確かめてくるッスよ!」
~~~蜀 趙雲軍~~~
「お前か…………」
「なんて固い鱗ッスか! 自分の槍が砕けたッスよ!」
「グウゥゥゥゥゥ……」
「ぎ、ギヱンのプログレッシブ・ネイルも
ムラサメ・E・ソードも歯が立たない……」
「光…………」
「ぶはははは! すげえぜゴッツン! なんて強さだ!!」
「私の力でも持ち上げることすらできないか……。趙雲将軍!
正面から戦っても勝ち目は無い。ここはいったん退いて丞相の指示を仰ごう!」
「それが賢明ッスね。
退却! 総退却ッスよ! 自分が殿軍を務めるッス!」
「承知」
「逃がすか」
「ここがお前たちの」
『墓場だ』
「ウチの矢がそれ以上は近づけさせへん!
甲冑に覆われてへん所を狙えば……」
「無駄だ」
「我々には」
『矢も槍も効かない』
「ダメや。矢の防ぎ方をよう心得とるわ……」
「雲緑! 無理はやめるッス! 退却ッスよーー!!」
~~~蜀 本陣~~~
「なるほど。遠征に出て以来、初めて壁に当たったな」
「まったくだ。藤甲軍に比べたら毒泉も猛獣も象もかわいいもんだぜ!」
「李恢殿は藤甲軍にも詳しいようだが、攻略法は知らないのか?」
「馬忠殿が知らないなら、私も同じだ。呂凱はどうだ?」
「さすがに俺も藤甲軍までは地図の外だぜ。お手上げだ」
「…………丞相! 孟獲は我々に6度敗れ、信望を失っています。
また蛮土の奥深くに棲む藤甲軍には、益州まで攻め上がる気もないでしょう。
南蛮討伐の目的はすでに果たされたと見るべきです。
これ以上の戦いは無意味――」
「馬鹿め」
「へ?」
「馬謖は死ぬほど馬鹿だから
今すぐ馬鹿に改名して今すぐ舌を噛んで死ね馬鹿めと言ったです」
「盛りすぎだろ! じ、丞相! しかし蛮族を相手にこれ以上の――」
「貴様のような馬鹿はすぐに己の失敗を忘れる。孟獲とやらも同じだ。
6度敗れたことを忘れ、たった1度の勝利に浮かれているだろう。
そしていずれまた余の南方の領土を汚い足で踏み荒らす」
(よ、余の領土…………)
「兀突骨と藤甲軍を殲滅し、二度と余に歯向かう気も起きないよう、心を折る。
それまでは帰れるものか」
「でもよ丞相。相手は矢も槍も通じない固い壁だぜ。
どうやってそれを越えるってんだ?」
「壁を越える? そんな面倒なことをするつもりはない。
壁があれば、粉微塵に砕くまでだ。――楊儀」
「は、はい!」
「藤甲軍の相手は貴様に任せる。魏延の新兵器を披露してやれ」
「は――わ、わかりました!
わ、私にそのような大役をお任せいただけるとは!
必ずや私の科学力で敵を粉砕してご覧にいれましょう!」
「楊儀クン。今回はワタシは口出しせず、キミにギヱンの運用を一任するヨ。
丞相の期待に添えるようガンバリたまえ。なあに、キミなら大丈夫ダ」
「は、博士……。ついに私を一人前と認めてくださったのですね!
よーし! やってやるぞ!!」
(趙雲将軍でも勝てなかった藤甲軍の相手を楊儀に任せる……?
丞相はまた何かを企んでいるのか……?)
~~~南中 藤甲軍~~~
「オォォォォォォォン!!」
「無駄だ…………」
「くっ……。インパクト・ブラストも効かんか!
ギヱン停止せよ! もう一回出直しだ!」
「懲りない奴め」
「何度やっても同じだ」
『我々とゴッツンは無敵だ』
「うっひゃっひゃっひゃっひゃっ! 強ええ! 超強ええぞ藤甲軍!
これで何連勝だ? 20か? 30か?」
「14連勝だよ兄ちゃん。
藤甲軍を頼って本当に良かったねぇぇ。うっうっうっ……」
「今日も祝宴だ」
「ご馳走を用意してある」
『楽しみにしておけ』
「う……ま、また猿の脳味噌か。
藤甲軍を頼って以来、ゲテモノ料理ばかりだ……」
「贅沢言うんじゃないよ。
こいつらのおかげであの蜀軍に勝ててるんじゃないのさ」
「……でも、少しおかしいと思う」
「ん? なにがだい花鬘」
「蜀軍には優れた将がたくさんいる。
でも最近はあのギエンっていう、獣のような人しか出てこない」
「たしかに……。だが出てくるたびにあのギエンとやらは新装備で攻撃してくる。
兀突骨殿に対抗できるのが、そいつしかいないということではないか?」
「そういうことなら、いいんだけど」
「ぶはははは! だから花鬘は考えすぎなんだよ!
蜀軍に勝てる! 飯が美味い! それでいいじゃねえか!」
「兄ちゃんは猿の脳味噌、大好物になったからいいよねぇぇ……」
~~~蜀 魏延軍~~~
「羅刹覇王拳!」
「グウゥゥゥゥゥゥ……」
「くっ! あの化け物め、拳法まで使えるのか!
図体に似合わず動きも速く、ギヱンでも容易に捉えられん!」
「ゴッツンはその獣と違って知恵を持っている」
「ゴッツンは進化する魔人なのだ」
『だから誰にも負けない』
「まだギヱンには人間並みの頭脳を持たせることには成功していない。
だが私の発明が、いずれそのくらいのハンデは乗り越えてみせる!
ここは引き上げだ! 引けーーーい!!」
「また逃げるのか」
「そろそろお前と遊ぶのも飽きた」
『追え。殺せ。ゴッツン!』
「逃がさん……」
「なに!? 今回は追ってくるのか!?
わわわわわわ! だ、誰か助けてくれえええっ!!」
「うるせえなあ。アンタも戦場に出てるからには騒ぐんじゃねえよ」
「お、お前は……誰だっけか? その体臭は覚えてるが名前はわからん。
とにかく味方だな? 援軍に来てくれたのか!」
「丞相からの指示を伝えに来ただけだ。
逃げるなら白旗を目指せ。以上だ。じゃあな」
「へ?白旗?
お、おい! それだけなのか!? 待てよ! 私を助けろ!!」
「兄ちゃぁぁん。兀突骨が蜀軍を蹴散らしたよ。僕らも追おうよぉぉ」
「ぶはははは! 勝てんのか? とうとう俺たちは勝っちまうのか!?
よーし。行くぞお前ら――」
「待ってパパ!」
「どうしたってのさ花鬘?
怖いんなら妾は残ってあげるから、おとなしく下がってな」
「違う。やっぱり様子がおかしいわ。それに聞こえたの。
行かないで、パパ。ママ」
「ん……。よくわかんねえが、花鬘がそこまで言うならやめるけどよ。
でも――」
「なっ!? な、なんだ今の爆音は!?」
「兄ちゃぁぁん!
兀突骨たちが入っていった谷から火柱が上がってるよぉぉぉ!」
「なんてこった……。
ぶふぉっ! か、花鬘。お前、こいつを予測してたってのか?」
「ち、違う……。でも、私は…………」
~~~南中 葫蘆谷~~~
「うぅぅ…………」
「た、谷の出口を爆破され、瓦礫で封鎖されたぞ」
「谷の入口もだ」
『閉じ込められたのか……!?』
「馬鹿め。のこのこ罠にはまりおって」
「だ、誰だお前は」
「我々を閉じ込めたのはお前か」
『ここから出せ!!』
「はあ? 谷底からわめいても余には聞こえぬ。
もっともその面相だ。人語を解するとはとても思えぬがな。
……ああ、貴様らの醜悪な顔を眺めていたら気分が悪くなりそうだ。
馬鈞、さっさとやれ」
「はいはい。とっておきの新発明、お披露目だヨ。
S2地雷、スイッチオン」
「な、なんだ!?」
「谷底に置かれた車や荷が次々と爆発していく!!」
『う、うぎゃあああああああああ!!』
「あ、熱いぃぃぃ! 熱いよぉぉ兄貴ぃぃぃ!!
あぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!」
「な、なんとすさまじい……。
谷に閉じ込められた藤甲軍が残らず焼け死んでしまった……」
「水も矢も槍も弾く藤甲軍の甲冑が、まさかあんなにも火に弱いとはな……」
「…………というか、あんな火力で焼かれたら火に弱いも強いもないような」
「クックックッ……。馬鈞、貴様をつれてきた甲斐があったぞ。
なかなか面白い余興であった」
「なあに、ワタシもいろんな兵器を試せて有意義だったヨ」
「は、博士! じ、丞相!!」
「おお、楊儀クン。ギヱンは無事かナ?」
「は、はい。目印の白旗をたどり、私とギヱンもこの谷に入りましたが、
閉じ込められる前に脱出できました」
「フン。貴様はどうでもいいが魏延が焼けては少々もったいないからな。
いちおう魏延が抜けてから谷を遮断するよう命じておいた」
「じ、丞相! 申し訳ございません!
私が期待に応え藤甲軍を破っていれば、
このような手荒な方法を取らずとも済んだでしょうに」
「はあ? 何を勘違いしておる。貴様は余の期待通りに働いたではないか」
「へ?」
「貴様ならば藤甲軍に歯が立たず、
連敗に連敗を重ね、彼奴らの油断を招くと期待していた。
逃げる貴様を追って、罠とも知らず谷に誘い込まれる程度にな。
クックックッ……。15連敗か。貴様は十全に期待に応えたぞ」
「………………」
「でもちょっと引くくらいの惨状ッスね。
いくら戦とはいえ気の毒になるッスよ」
「馬鹿め。たとえば黄河の水がひとたびあふれれば、
この比ではない数の人が死ぬではないか。
蛮族の身で余の手にかかっただけ、光栄と思うべきであろう。
礼を言われこそすれ、気の毒に思うことなど微塵もあるまい」
「………………胃が」
「ふぅ~~。それにしてもすごい爆発だったにゃあ索にゃん。
…………あれ? 索にゃん? どこ行ったっキャ?
~~~南中 孟獲軍~~~
「なんだいアンタは!? 止まりな! さもないと殺すよ!」
「待ってママ! あの人は――」
「良かった……。君たちは無事だったか」
「…………聞こえたの」
「聞こえた?」
「兀突骨たちが蜀軍を追っていった時、あなたの声が聞こえたの。
行っちゃいけない。行ったら危ないって」
「そんな……。信じられない。君もなのか」
「え?」
「木鹿大王と戦っている時、君の声が聞こえた。
君が教えてくれて、そのおかげで勝てたんだ」
「…………あなたの名前」
「関索だ。――君の名は?」
「…………花鬘」
「花鬘。綺麗な……名前だ」
「ぶほおっ!! お、お前ら両親の前で何をいい雰囲気になってんだよ!!
見たところお前、蜀軍のヤツだよな? 俺の娘に何を――」
「やいやいやい孟獲!
兀突骨と藤甲軍は全滅したぞ! おとなしく降伏しやがれ!」
「谷からの熱風が私に汗をかかせる……。さあ、戦いの時だ!」
「やべえ! 蜀軍が集まってきたぞ!」
「は、早く逃げようよ兄ちゃぁぁん!」
「お、おう。ずらかるぞてめえら!」
「もうやめて!」
「か、花鬘!? 何をしてるんだい!?」
「もう戦わないで……。パパたちは蜀軍に敵わないわ。
それに……きっと、わかり合えるから。
私と…………関索のように」
「花鬘…………」
「………………」
~~~~~~~~~
かくして藤甲軍は壊滅した。
孟獲は娘の説得により八度目の捕縛を受け入れる。
長きにわたった戦いもついに終止符が打たれようとしていた。
次回 〇九五 南中平定




