〇八五 馬鞍山に死す
~~~馬鞍山 蜀軍~~~
「お前は完全に包囲されている! 観念しろ劉備よ!」
「降伏するヤツは許してやる! 劉備なんて偽皇帝、さっさと見捨てちまえよ!」
「くっ……! 呉軍め、我々がこの山に逃げ込むのを予測していたようだな。
敗残兵を糾合する前に包囲されてしまった。
軍師ならぬ俺程度の考えることなど、お見通しというわけか……」
「い、一刻も早くここを脱出しましょう!」
「し、しかしどこから逃げるつもりじゃ?
四方は見渡す限り呉軍に囲まれとるぞ」
「何か包囲を破るためのきっかけが欲しいな……」
「そ、そういえば水軍を撤退させた呉班殿が、態勢を立て直したら、
き、救援の兵を出すと言っていました。そ、それに期待しましょう!」
「陸に上がった水軍など、どこまであてにできるものか。
それに呉班の率いていた兵の数もたかが知れている」
「しかし、他にあてが無いのも確かじゃ。
ここは一つ、呉班さんの救援が来ることを信じて、
水路を目指してみるのも手ではないかのう?」
「……それが陛下の御命令とあらば、俺が血路を切り開いて見せます」
「む……。で、でもわしの策は当たった試しがないからのう。
今回も、長く細く陣を敷いたところを狙われてしもうたし……」
「そんなことは関係ありませぬ。
我らは陛下のために命を賭して戦うまで。なんなりと御命令くだされ!」
「程畿さん……。わしは良い家臣に恵まれとるのう。
なのに、今回はわしの失策で、いやそもそもわしのワガママで始めた戦で、
多くの家臣を失ってもうた。わしは、わしはなんと愚かなんじゃ……」
「へ、陛下…………」
「!? へ、陛下! 呉軍の様子が妙です!
背後から何者かに襲われているようです!」
「どけどけえっ! この張苞の道を阻むヤツは突き殺す!」
「…………ッッ!!」
「関羽と張飛の子らの力、とくと見よ!
……と関興とあたいは思ってるわ!」
「あれは――張苞らの先鋒部隊だ! 戻ってきてくれたか!」
「い、今です! か、彼らと合流して包囲を突破しましょう!」
「よ、よし! 全軍突撃じゃ!! 一気に山を下れーーッ!!」
~~~呉 陸遜軍~~~
「関羽と張飛の小倅どもだと?
ぐわははははは! やってくれたなこわっぱが!」
「彼らの奇襲にあわせ、山上の劉備軍も突撃を開始しました!
我々が逆に挟撃されています!」
「孫桓はどうしている?」
「は? そ、孫桓殿ならば、夷陵城の周辺で敵の残党を掃討しておられるかと……」
「孫桓の部隊を白帝城への道に展開させろ。
劉備は必ずその退路をとる。そこを迎え撃ち殲滅させる!」
「わ、わかりました!
…………と、ところで陸遜将軍。下山する劉備本隊への対処はいかがなさいますか?」
「そんなものはどうでもいい! 俺様が自ら叩き潰してやる!
何をうだうだしてやがる! さっさと俺様の馬を出せ雑兵ども!!」
「う、馬だーーっ! 馬を出せーー!」
~~~蜀 劉備軍~~~
「陛下! ご無事でしたか!」
「張苞さん! おうおう、なんと勇ましい姿じゃ……。
若い頃の張さんを思い出すぞ……」
「………………」
「張苞は養子だから別に張飛ママには似ていない、
なんて冷やかすようなこと言いたそうにするんじゃないわよ関興!」
「痴話喧嘩してる暇があるか! さっさと包囲の輪を突破するぞ!」
「誰が痴話喧嘩よ!?」
「よし、張苞さんらが加われば百人力じゃ! 行くぞみんな!」
「はッ!!」
「……と、ところでどこへ行けば良いのでしょうか?」
「あ…………。張苞さんらと合流することだけ考えてて、その先は考えとらんかったぞ。
ど、どうしようかのう」
「この兵力と勢いならば、転進して白帝城を目指せます。
白帝城からも迎えの兵を出させて、城まで逃げ込みましょう。
俺が先行して援軍を求めて参ります」
「頼んだぞ程畿さん!」
「陳式、張苞ら、陛下は任せたぞ!
いやあああッ!!」
「丁奉殿! 敵は西へと向かっているようだ!」
「また陸遜の読み通りだな。敵の目的地は白帝城だ!
待ち構える孫桓殿と挟み撃ちにすればいい。あわてずに後を追え!」
「………………」
「関興の思ってるとおり、敵はまるであたいたちの進路がわかってるみたいね。
このまま進んで大丈夫なのかしら……」
「細かいことは考えるな!
敵が何を企んでいようが、俺たちは身をていして陛下を守るだけだ!」
(…………この戦いで多くの将がわしを守って死んでしもうた。
わしはこの上、張さんや関さんの子まで犠牲にして、生き残ろうと言うのか?
そんなことをするくらいならば、いっそのこと……)
「来たぞ! 劉備軍だ! 矢の雨を浴びせろ!」
「あわわわわ! て、敵の伏兵じゃ!
や、やっぱりわしは死にとうないぞ!
誰の仇もとれないまま死んでたまるか! 助けとくれ!」
「言われるまでもない! 蹴散らすぞ関興!」
「!」
「最終的には孫桓と挟み撃ちするが、叩ける時には叩いておくのが当然だ。行くぞ!」
「あんちゃん! 左からも伏兵よ!」
「わ、私が防ぎます!」
「おーっと。韓当サンだけじゃねーし。オレもいるっての」
「伏兵はどんどん増えています! このままでは白帝城までもちません!」
「ぬう……。かくなる上はわしが――」
「陛下! 助けに来ましたよ!」
「馬謖さん!? と、ということは、ま、ま、まさか……。
り、亮さんがわしを助けに……」
「あ、諸葛亮はいないです」
「へ?」
「だって諸葛亮は隠居したじゃないですか。
俺は諸葛亮から独り立ちして、兵を集めて陛下を助けに来たんです。
さあ、後は俺に任せてください! この頭脳で呉軍を蹴散らして見せますよ!」
「……………………」
「へ、陛下の顔色が白を通り越して土気色に……」
「そこか劉備! 追い詰めたぞ!」
「来たな! そうはさせない! 今だ! 伏兵よ射て!!」
「…………は?」
「…………あ、あれ? 伏兵? 伏兵は……?」
「ぐわははははは。伏兵とやらはこのゴミクズのことか?
こんな物は俺様が片付けてやったわ!
おかげで孫権に借りたボロっちい刀は折れちまったがな!」
「…………そ、孫堅艦長の古錠刀が」
「あ、あわわわわわわわわ」
「う、うわあ……全く使えませんよこの男!」
「わしらは……もう駄目なのか?」
「覚悟しろ!!」
「させるかあああっ!!」
「何ィッ!?」
「な――!? り、劉封さん!?」
「陛下、ここは俺に任せて早く白帝城へ」
「き、来てくれたのか劉封……」
「誰かと思えば劉備のガキか。邪魔だ。消えな」
「命に代えてもここは通さん!」
「陛下ーーッ! 吾粲の伏兵は退けた! 今のうちに進撃を!」
「………………!」
「り、劉封兄さん!」
「よくやってくれたな張苞、関興、星彩。
後は俺に任せろ。陛下を頼む」
「張さん、関さんの息子だけじゃなく、わしの息子も、わしのために……」
「陛下、こんな俺のことをまだ息子と呼んでくれて光栄です。
それだけで俺は戦える。どうかご無事で」
「い、いやじゃ! わしは劉封を、息子のお前を犠牲にしてまで――」
「張苞! 早く陛下を連れて行け!」
「お、おう!」
「殊勝な覚悟だな。しかし俺の邪魔はさせん!」
「勝てないことはわかっている。
だが時間稼ぎくらいはさせてもらう。行くぞ!!」
「劉封ーーーッ!!」
~~~白帝城への道~~~
「くっ……。なんということだ……」
「白帝城へ向かうつもりだったか? だがそれは無理だ。
すでにオレの部隊が封鎖しているぜ」
「火火ッ。お前らの進退はきわまった。
おとなしくここで死んでもらおう火ッ!」
「白帝城に入るのは不可能だ。い、急ぎ陛下に伝えなければ――」
「おーっと! 劉備のもとには帰らせないアル!
奥義! 陳武獅子王脚!!」
「ぐわああああああっ!!」
「……ん? しぶとい奴アル。まだ息があるアルか」
「へ、陛下……。た、退却を……」
「さっさととどめを刺せよ。それとも俺がやってやろうか?」
「ワタシの獲物を横取りするなアル。いま楽にして――」
「敵は程畿に気を取られてしかもこの場に私が現れるとは夢にも思っていない西風に乗せて火と矢を放て敵軍まで延焼させる必要はない火をかけ煙を上げれば十分だそうすれば劉備の本隊は前方の異常を察知するだろうし白帝城からの救援軍も煙に気づいてくれるだろう」
「劉備軍の伏兵だと!? 俺の目の前で火計を用いるとは身の程知らずが!」
「待て! 伏兵のヤロー、気になることを言っていたぞ。
白帝城からの救援がなんとか――」
「今の煙はなんなんスか? 白帝城から救援に来たッスよ!」
「劉備の援軍だ! 煙を見て急行してきやがったぞ!」
「それも趙雲アル!!」
「チッ! やってくれたなこの野郎! 死ねッ!!」
「……………………!」
「ああっ! 馬良先輩!」
「……………………ッ!」
「大丈夫ッスか? 矢が当たったのにだいぶ経ってから苦しんでるッスけど。
――ってこれ心臓に刺さってるッスよ!? 痛がるのも面倒なんスか!?」
「……………………死ぬのも('A`)マンドクセ」
「馬良先輩ーーッ!!」
「おっと、悲しむ必要はねえぜ。今すぐお前も同じ所に送って――。
ぐっ!? ……こ、これは……」
「……油断した、な。李異。ざまあ、見やがれ……」
「て、程畿!? まだ動けたアルか!?」
「程畿か……クソが……。だから、さっさと、殺せって言った、だろう、が……」
「こ、この! この! この! よ、よくも李異を……」
「アンタ! やめるッスよ! 虫の息の程畿先輩に何してるッスか!」
「ぎゃあああああ!!」
「謝旌! ――よくも李異と謝旌をやりやがったな!!」
「そっちこそよくも程畿先輩と馬良先輩を……。
自分とやるつもりッスか! 受けて立つッスよ!」
「アンタ! また頭に血が上ってるやないか!
ウチらの任務は劉備陛下の救出やで! そんな連中、放っときなはれ」
「趙雲殿! この場は私に任せ、早く陛下のもとへ!」
「む……。そうだったッス。劉備先輩のところへ急ぐッスよ!」
「さ、さらに援軍が来やがったぞ!」
「オレは趙雲を追う! 朱然は援軍を食い止めろ!」
~~~蜀 張苞軍~~~
「どけよガキども!!」
「諦めろ鈴のオッサン!」
「ッッ!!」
「こいつ……なんて強さなの!
あたいたち三人がかりでも互角以上よ!」
「チッ……。鈴の甘寧が泣いて呆れるっつーの。
若い頃はこんなガキども10秒で片付けられたってのによー。
ったく。年はとりたくねーなー」
「甘寧! ガキは俺に任せろ! お前は劉備を追え!」
「韓当サン――って。アンタ、片腕やられてマセン?
劉封にやられたんじゃね?」
「大した若武者だった。片腕で済んで幸運だ」
「てめえ……よくも劉封の兄貴を!!」
「落ち着いてあんちゃん! 劉封兄さんはあたいたちに陛下の無事を頼んだのよ!
仇討ちより陛下を守ることを考えて!」
「……わかってる。わかってんよ……」
「!!」
「関興! ……わかった。
自分が足止めするから今のうちに陛下のもとへ行けって、そういうのね!」
「劉備のガキの次は関羽のガキが捨て石になるのか!
劉備よ! 子らの骸を踏んで貴様はどこへ進もうというのだ!?」
「うるせえ! 俺たちは民のために戦う陛下が、
それを守る関羽将軍や張飛母ちゃんが好きなんだ!
それをどうのこうの言われる筋合いはねえ!!」
「よく言ったッス! よくここまで戦ったッスよ!!」
「!?」
「ち、趙雲さん!!」
「趙雲だと!?」
「自分が来たからにはもう誰も死なせないッスよ! 劉備先輩はどこッスか!?」
「アンタ、そう言ってさっき目の前で二人死なれたやんか。
あと劉備はんの本隊はうしろや。通り過ぎとるで。落ち着きなはれ」
「あ、ちょっと勢いつきすぎたッスね。
じゃあこの二人を片付けてさっさと戻るッスよ」
「言うに事欠いて、俺たちをさっさと片付けるだと!?」
「聞き捨てならねーし!!」
「あ、今のお二人じゃ自分に勝つのは無理ッスよ」
「ぐあっ!!」
「ぐううっ!!」
「か、韓当と甘寧を一撃で馬から叩き落とした……!?」
「韓当は片腕だし、甘寧は疲れ果ててるッスからね。このくらい当然ッス」
「……………………」
「た、たしかに何もかも馬鹿らしくなるくらい強いわ……」
「ほらほら、今のうちに劉備先輩を助けに行くッスよ!」
「ま、待て趙雲! うぐっ!」
「ぐっ……。チキショー……」
~~~呉 孫桓軍~~~
「趙雲の援軍はどこへ行きやがった? 追ってきたら劉備の本隊とぶつかっちまったぞ」
「孫桓殿、なぜここに!? あなたは白帝城への道を封鎖していたはずでは?」
「白帝城から趙雲の援軍が駆けつけやがったんだ。
劉備の本隊と合流しようとしてたから追ってきたんだが……」
「趙雲ですと?
そういえばさっき、我々の横を通り過ぎていった部隊がいたような――」
「陛下ーーッ! 劉備センパーーイ! どこにいるんスかーー?」
「戻ってきやがったか! 待て趙雲!!」
「ん? またアンタッスか。ちょっと忙しいんでどいてるッス」
「ぐわあっ!?」
「そ、孫桓殿!!」
「や、ヤロー……。オレを一撃で……クソが……」
「しっかりなされ、傷は浅いですぞ!
孫桓殿を死なせるわけにはいかん。退却だ!」
「うん……? 心なしか敵の数が減ったような……」
「劉備先輩! やっと見つけたッスよ!」
「龍さん!? ど、どうしてここに……」
「法正先輩がこんなこともあろうかと、自分に援軍に行くよう命じたッス」
「そうか法さんが……。ほんなら法さんも来とるんか?
法さんが来てくれれば千人力じゃぞ!」
「…………法正先輩は亡くなられたッス。
先輩は遺言で、自分に命令を下したッス」
「ほ、法さんも死んだ…………?
そうか……。死んでもなおわしを救けてくれるとは流石じゃ。
法さんがいれば、こんなみじめな敗北もしなかったろうなあ……」
「ぐわははははははは! 劉備はそ~こ~かあ~~!?」
「へ、陛下! 陸遜(?)です! 陸遜(?)が現れました!!」
「陸遜だと! り、陸遜を討てば出世栄達は望みのままだ! 私がやってやる!」
「待ちな! 趙雲さんの援軍が加わっても、俺たちの兵力は呉軍より圧倒的に少ない。
ここは無理をせず撤退するべきだ」
「………………」
「ホント、張苞あんちゃんの口からそんな言葉が出てくるなんてビックリよね」
「うるせえ。――いろんな人に言われて、俺だって考えたんだ」
「とにかく張苞の言う通りや。今なら白帝城への道の封鎖も解けとる。
一気に包囲を突破するで!」
「ウス! 自分が先陣を切るッス。みんな後からついてくるッスよ!」
~~~白帝城への道~~~
「むう……。いつの間にか火に囲まれている……」
「火火ッ。俺がただ逃げ回っているだけと思ったか?
逃げながら、お前を包囲するように火を放っていたのさ!」
「くっ……。なんという熱さだ……。まるで燃えるようだ……。これでは……」
「火ッ火ッ火ッ! そのまま消し炭になるがいい!」
「これでは……。これでは私の本気が出せてしまうではないか!」
「…………火火?」
「うおおおおおっ! 西の果て! シルクロードの果ての果て!
土耳古が国技・油相撲の妙技を見るがいい!!」
「火ィィッ!? 奴の身体から泉のように脂汗が湧き出ている……。
あ、油で地面を滑り突撃してくるだとォォ!?」
「捕らえたあッ!! ハァァァァッッ!!」
「す、滑った勢いで俺をぶん投げただとおおぉぉぉぉお…………!?」
「アララト山まで……飛んで行くがいい」
「ば、馬忠! い、今かっ飛んでいったのは敵将か?」
「む? 誰かと思えば廖化ではないか。
呉軍に捕らわれたと聞いていたが脱獄してきたのか」
「あ、ああ。いろいろあって、気がついたらこの近くで寝かされていたんだ」
「は?」
「馬忠先輩! 劉備陛下をつれてきたッスよ!」
「おお、趙雲殿。ちょうど今、敵将を片付けたところだ。
廖化も来てくれた。急ぎ、白帝城まで逃げ込もう!」
~~~夷陵城 呉軍~~~
「り、劉備軍は白帝城まで逃げ込みました。
いったんは馬鞍山に追い詰めたものの、張苞らの救援によって脱出され、
さらに白帝城への道を封鎖していた孫桓殿の軍も、
白帝城から駆けつけた趙雲に撃破され、劉備の退路を確保されました」
「……………………」
「い、一連の戦いで劉備軍の数万の兵を斬り、
さらに張飛、程畿、張南、馮習、王甫、傅彤、沙摩柯、馬良、劉封を討ち取りました。
また劉備に協力していた武陵蛮は我々と和睦し、
さらに水軍を率いていた黄権は孤立し、魏へと降伏したようです」
「……………………」
「し、しかし我が軍も譚雄、周平、李異、謝旌、馬忠、范彊、張達、傅士仁らが討たれ、
孫桓、韓当、甘寧は負傷。朱然、崔禹は行方不明となっています」
「……………………」
「わ、我々も多くの将を失いましたが、戦自体は大勝利を収めたと言ってよいでしょう!
この勢いをかって白帝城を落とし、益州へと攻め込みましょうぞ!」
「………………それは反対だなあ」
「ヒッ…………」
「あれえ? みんな何をビクビクしてるの?
あ、そうか。こないだちょっと興奮しちゃったからか。
ボクはたくさんの火を見ると、我を失っちゃうことがあるんだよね。
でももう落ち着いたから大丈夫だよ」
「は、はあ…………」
「それで、せっかくだから益州へ攻め込んじゃおうって?
ダメダメ、そんなのボクは反対だよ」
「なぜじゃ? 劉備軍は主力を失い、亀のように城に閉じこもっておる。
この隙を狙わずして、いつ戦うつもりじゃ!?」
「ボクらの敵は劉備さんだけじゃないよ」
「! ――と言われますともしや……」
「勝つには勝ったけど、一年以上続いた戦で、ボクらも弱ってる。
その隙を、あの曹丕さんが見逃すかなあ」
「だ、だが我々は形式上は曹丕に服従している身です。
それを反故にして、曹丕が我々を討つと言うのですか?」
「曹丕さんもきっと、ボクらがイケイケで益州へ攻め込むと思ってるはずさ。
そうして空っぽになった呉を攻めるつもりだよ。あの人、性格悪いからさ~」
「し、しかしここで兵を引けば、劉備は息を吹き返しますぞ!
それでもし、曹丕が攻めて来なければ、
我々はみすみす劉備を討つ好機を逸することに……」
「そもそも益州を攻めるのはそんなに簡単なことじゃないよ。
遠征軍はボッコボコにしてあげたけど、留守番の兵だって相当残ってるからね。
それに益州の道ってすんごい険しいんだよ~。
兵のみんなも一年も戦った後に、そんな所を攻める元気なんてあるかなあ」
「むう…………」
「ってことで、ボクらは撤退することに決定しま~す。
白帝城を見張ってる潘璋さんにも伝えといてね。
――で、悪いんだけど徐盛さん。徐盛さんの部隊はあんまり戦ってないから元気でしょ?
一足先に魏との国境の……そうだなあ。
洞口あたりへ戻って、曹丕さんに備えてくれないかな」
「フン、承知した!」
「それから吾粲さんは潘璋さんと合流して荊州へ、
駱統さんは孫権艦長の所へ行って、防備を固めといてね。
ボクと丁奉さん、鮮于丹さんは夷陵周辺の守りを再編成してくから。みんなお願いね」
「はッ!」
(曹丕が攻めてくるだと……?
にわかには信じがたいが、ここまで陸遜の読みはことごとく当たっている。
もし真実ならば国家存亡の危機。しかし陸遜の読み違いならば我々は……)
~~~諸葛亮の草廬~~~
「劉備が敗れた? それがどうした」
「世間話です。御主人様はどう思うですか?」
「どうも思わん。世俗のことに興味など無い。
まあ白帝城の近く、魚腹補にちょっとした仕掛けをしておいたが、
余がおらず、それを使えなかったのは少々残念ではあるかな」
「………………」
「なんだその顔は。
馬謖がいなくなって寂しいのか」
「いくら御主人様でも言っていいことと悪いことがあるです。
あの身の程知らずがいなくなってせいせいしてるです」
「ならばなんだ。余に言いたいことがあるのか。労働状況の改善ならば断る」
「……御主人様もわかってるはずです。
劉備のことが心配にならないですか」
「ならん。これで満足か?」
「………………」
「余が拾ってやった頃の貴様は、人形のように感情が無かったものだがな。
劉備に惚れたのか? 余には理解できぬがあの者には謎の求心力がある」
「……もういいです」
「ならば下がれ。余は忙しい」
「………………」
~~~~~~~~~
かくして劉備は命からがら白帝城へと逃げ込んだ。
しかし陸遜は追撃をやめ、魏の侵攻を危ぶみ兵を返した。
陸遜の読みは的中するのか? 呉にはさらなる脅威が近づきつつあった。
次回 〇八六 三路侵攻作戦




