〇七一 劉備の逆襲
~~~益州 成都~~~
「魏軍の主力は合肥に向かい、鄴都では反乱が相次ぎ、
曹操はおいそれと身動きが取れぬ。
今こそ防備の手薄な漢中を攻め落とす好機だ」
「待ってました! ここんとこ内政ばかりで腕がなまってたのよ。
諸葛亮! アタイに先陣を任せなさい!」
「いや! 先陣を切るのは馬超だ!
劉備に仕えてからまだ馬超は武勲を立てていない!
劉備軍での初陣を飾らせてくれ!」
「だったら表に出なさい馬超! 一騎打ちで先陣を決めましょ!」
「望むところだ!」
「やめろやめろ。争うことはない。先陣はお前ら二人に任せるぜよ」
「チッ」
「馬超、舌打ちはやめなさい」
「張飛には魏延と雷銅、馬超には馬岱と呉蘭を副将につけてやろう」
「任せろ。ギヱンの新武装をお披露目してやる」
「はいな」
『おう!!』
「中軍を率いるのは趙雲と黄忠だ。
同じく副将として趙雲には陳到、張翼。
黄忠には厳顔、陳式をつけるぜよ」
「ウス!」
「儂に任せろ!」
「趙雲将軍、陳到殿、よろしくお願いいたす」
「拙者こそ以後お見知り置きを」
「黄忠将軍の副将とは光栄じゃ。
老骨同士、仲良くいたそうではないか」
「………………よろしく」
「そして本陣はもちろん総大将の劉備様が率いるぜよ。
軍師はワシが務め、副将には呉懿、黄権、馬良らを配するき」
「はいはい、いいですよ」
「みんなに任せときゃ安心じゃな!」
「殿は昼寝でもしててくれタイ!」
「………………」
「殿軍は余が自ら率いてやる。
せいぜい余の手をわずらわせないよう努力するがいい」
「努力するです貴様ら」
「……諸葛亮殿、霍峻が守る葭萌関にも
兵を向けるべきと考えます。葭萌関は魏との国境に近く――」
「貴様に言われるまでもない。
劉封と孟達、鄧賢を葭萌関に入れ、
逆にこちらから魏の拠点である上庸を攻撃させる手筈だ」
「はッ! 必ずや上庸を攻略いたします!」
「昨日あたりから葭萌関のほうから不思議な音がしましてね。
なんだろな~と思って耳を澄ませてみたら、誰かが呼んでるんだ。
助けてくれ……助けてくれ……って、
魏軍が攻めてくるよ……って、助けを呼んでる。
よくよく考えてみたら、その声は霍峻の声なんだな~。
それであたしは救援に行くと、そういうお話です……」
「張飛、少しの間お別れね。あちしがいなくてもがんばんのよ!」
「成都の守りのほうは、
糜竺殿を中心に劉巴殿や李恢に頼んだぜよ。
あと兵站は李厳に一任するき。しっかりやってくれ」
「お気をつけていってらっしゃいませ」
「ああ」
「フン」
「殿、出陣にあたって何か一言お願いするぜよ」
「お、おう。そうじゃな……。
今度の戦は、元からわしとともに戦ってくれたみんなと、
益州のみんなが一緒に戦う初めての戦じゃ。
全員の力をあわせて、漢中を攻め落とそう!!」
「「「「「おお!!!!!」」」」」
~~~漢中 南鄭城~~~
「ついに劉備が動いたか。面白い。迎え撃つぞ!」
「待たれよ。すでに前衛には曹洪殿、張郃らが陣取っている。
夏侯淵将軍はうかつに動かず、
後方から状況を見据えていただこう」
「漢中に残された我らの戦力だけでは
いささか心もとないからな。
魏王の援軍が到着するまで、守勢に努めるのが賢明だろう」
「だが南鄭城に引きこもったままでは
いざという時に素早く動けんぞ。
同じ様子見なら前線の定軍山に布陣するべきだ!
郭淮もそう思うだろ?」
「はッ。定軍山は曹洪将軍らの前衛と
ここ南鄭城のちょうど中間に位置します。
本官もその考えに同意いたします!」
(気の短い将軍に籠城を強いるのも無理な話か……)
「何をぼやぼやしている杜襲! 敵は目の前に迫っているのだぞ!」
「……承知した。では南鄭の守りは朱霊、路招に任せる。
郭淮は私たちについてきてくれ」
「はい」
「了解であります!」
「行くぞお前ら!!」
~~~下弁 馬超軍~~~
「くそっ! 敵の数が多い。退け! 退けーい!」
「逃げるな! 首を置いていけ!
敵将の首を取れば恩賞も思いのままに――」
「ここは馬超が引き受けた! 呉蘭は今のうちに退却しろ!」
「将軍、馬超が出て来ました! 兵も動揺しています。
不用意に戦うべきではありません!」
「馬超か……。
討ち取れれば莫大な褒美がもらえるだろうが、
返り討ちにあったら元も子もない。
遭遇戦は避けたい相手だな。退くぞ」
「撤退だ! 追撃を警戒しつつ引き上げよ!」
「おのれ逃げるか!? 待てい曹洪!!」
「止めなさい馬岱!」
「はいな! どうどう。どうどう、殿」
「なぜ止めるんだ董白!?」
「曹洪があっさり引き上げたのが怪しいわ。
伏兵がいるのかもしれない。
それに追撃より、撃退された呉蘭の兵を収容するのが先決よ」
「そうか。わかったよ董白!」
「お、おう……。今日は嫌に素直やな、殿」
「曹洪程度の相手をしなくても、
成都に帰ればいつでも張飛や趙雲と手合わせできるから、
あんまりうっぷんが溜まってないのよ。
馬超は獣みたいなもんだから」
「彼らとの戦いは心が躍るんだ!」
「……魏軍相手にも躍らせて欲しいもんやな」
「とにかく今回は兵を引くわ。
張飛将軍の部隊とも連携して、焦らずじっくりと攻めかけましょ」
~~~漢中 張飛軍~~~
「張飛将軍! 近隣の民が我々の進攻を恐れ混乱しています」
「それはよろしくないわね。
アタイたちは魏軍と戦ってるだけで、
略奪する意志は無いって、よく伝えてもらえるかしら。
――ううん、アタイが直接話すわ。民の代表を集めてくれる?」
「了解した!」
(張郃殿、あれが劉備軍の先鋒を率いている張飛だ)
(長坂の戦いでは相まみえることがなかったが、
つとに勇名は聞いている。刃を合わせるのを楽しみにしていた)
(我々の伏兵にはまだ気づいていない。
弓の一斉射で不意を突くぞ!)
(……いや、俺は気が進まない)
(なんだと?)
(ずっとあの張飛という女を観察しているが、
彼女は清らかな心の持ち主だ。彼女とは正々堂々と戦いたい)
(女!? い、いやそれより奇襲を掛けないだと!?)
(俺には愛刀の剣狼を通じ、張飛の心の中が見える。
彼女は間違いなく女だ。
そして民に非道を働かず、悪を憎み正義を愛する人だ。
……そんな彼女に不意打ちなど、俺にはできない)
(ぬぬぬ……)
「待てい張飛!」
「!?」
「たとえ敵味方に分かれるとも、正義の心に違いはない。
人、それを『性善』と言う」
「いきなり出てきて何よアンタ!?」
「俺の名は張郃! お前に正々堂々と勝負を挑む!!」
「あ、さてはアンタが噂のヒーロー馬鹿ね!
いいわよ、やってやろうじゃないの!」
「行くぞ! スパイラルキィィィィック!!」
「張郃の馬鹿め! ええい、我々も続け!」
「他にも伏兵が潜んでいたぞ!
張飛将軍の一騎打ちの邪魔をさせるな!」
「行けギヱン。
ムラマサ・E・ソードの切れ味を見せつけてやるのだ」
「ウォォォォォォォン!!」
~~~漢中 定軍山~~~
「曹洪殿は馬超軍と対峙し、一進一退の攻防を繰り広げている。
だが張郃は張飛軍に敗れ、戦線を後退させた」
「そして張郃殿を追撃する張飛軍の後に続き、
黄忠軍も漢中の深くまで攻め入ったと聞いております!」
「ならば張飛か黄忠、どちらかを叩かなくてはならんな。
そしてそれは俺の役目だ!」
「……異論はない。だが定軍山の守りが手薄になるのはまずい。
関中に援軍を要請し、守備に回そう」
「そうと決まれば俺が出陣しても問題ないな。
行くぞ! 劉備軍の進撃を止める!」
~~~漢中 黄忠軍~~~
「かっかっかっ! さすがは張飛殿。
関羽殿の義弟にふさわしい活躍だな!」
「張飛殿の強さ、そして度量の広さには儂も感服しておる。
負けてはいられないな、黄忠殿」
「そのとおり!
儂らの外見だけを取り上げて、
やれ老いぼれだのジジイだのと甘く見る連中を見返すためにも、
ここはひとつ大きな手柄を立てねばいかんぞ、厳顔殿」
「ああっ……。あれをご覧ください。敵軍が待ち構えています……」
「あれは……。おお! 敵の総大将・夏侯淵ではないか!」
「夏侯淵を討ち取ったとあれば、戦功第一は疑いない!
よし、奴の首を獲るぞ!!」
「来たな黄忠! 劉備軍一の弓使いと聞いている。
お前との対戦を楽しみにしていたぞ。
これはあいさつ代わりだ!!」
「ちょこざいな!」
「おおっ! 夏侯淵将軍の矢を、自分の矢で撃ち落とした!!」
「やるな! だがまだまだァッ!!」
「そんなひょろひょろ矢で黄忠を射抜けると思うてか!」
「な、なんという腕だ……。夏侯淵将軍の矢を全て撃ち落としている。
弓の腕では将軍を上回るのではないか?」
「なんだと? ――おい黄忠!
今度はお前が射かけてみろ。同じように全部撃ち落としてやる!」
「ほほう、儂と張り合おうというのか。
面白い! 喰らえッ!!」
「よーく見とけよ杜襲! おらおらおらおらアッ!!」
「おお……将軍の腕も全くひけを取っていない。
一度に五矢を放ち黄忠の矢を射落とすとは!」
(こ、これは…………)
「どうだ杜襲に黄忠!」
「フン、儂の猿真似をして見せただけではないか。
別に驚いてなんかいないんだからな!」
「弓の腕は見せてやった。
黄忠よ、今度は剣の腕を見せてやろうか」
「望むところだ! 手を出すなよ厳顔殿! うおおおおおっ!!」
「――かかったな! 今だ夏侯尚!」
「……………………踊ろう、妻よ」
「ああっ……。背後から敵の増援が……。
……申し訳ありません。捕らえられました……」
「くっ! 陰気な陳式がもっと陰気な男に
あっさり捕らえられたぞ!」
「あは…………。私は陽気な男ですよ…………。
ほら、妻よ。一緒に踊ろう…………」
「な、なんじゃあの男は?
でかい人形を振り回して兵をなぎ倒しておる。
音に聞く人形遣いか?」
「いや……あれは人形ではない。
死体だ! 女の死体を武器にしとるんだ!」
「紹介しましょう……。私の妻です……。
みなさんこんにちは!(夏侯尚裏声)」
「な、なんと薄気味悪い!!」
「いかん、兵も動揺しておる。
無念だがここは撤退だ! 退け!!」
「――追撃は必要ない。敵将を捕らえたのだ。戦果は十分だろう」
「あ、あの夏侯尚という方は何者なのでありますか?」
「俺の従弟だ。側室を亡くして以来、
ちょっと常人離れしてしまったがな。
だが側室を墓から掘り起こし、
加工して武器にするようになってからは、
人形遣いとして無事に立ち直ってくれた」
「……あれを無事と表現するのならな」
「夏侯尚はアレを生きている妻だと信じ込んでいる。
くれぐれも不用意な発言はしないように頼むぞ」
「は、はあ……」
「…………夏侯淵殿、杜襲殿。お久しぶりです……。
初めましての方はよろしくどうぞ……。
ほら、お前もあいさつしなさい……。
主人がお世話になっています!(夏侯尚裏声)」
「………………」
「杜襲殿の命で援軍として駆けつけました……。
首尾よく行ったようでよかったと思います……。
――ああっ! あなた危ない!!(夏侯尚裏声)」
「なに!?」
「チッ! 不意打ちしてやったのに、
とっさに死体で儂の矢を防いだか!」
「黄忠! おのれ、撤退したのは見せかけか!」
「かっかっかっ。老黄忠がただで逃げると思うてか。
そら、陳式は奪回させてもらったぞ。さらばだ!」
「妻よ! 私をかばって被弾するなんて……。
しっかりするんだ。傷は浅いぞ!!
あ、あなたが無事ならわたしの身体なんて……(夏侯尚裏声)」
「……………………。はっ。
あ、呆れている場合ではなかった。
追えーーっ! 黄忠を逮捕しろーーっ!」
「俺たちも続くぞ杜襲!」
「待たれよ将軍! 黄忠の逃げっぷりが良すぎる。
これは我々を誘う罠かも知れん。追撃するのは郭淮に任せよう。
一撃は喰らわせてやったのだ。緒戦はこれで満足としましょう」
「フン。俺はまだ喰い足らんがな……」
~~~漢中 黄忠軍~~~
「法正殿の策が当たったな!
だが追ってきた郭淮とやらは伏兵で叩いてやったが、
夏侯淵は誘いに乗らなかったぞ」
「短気な夏侯淵なら引っ掛かると思ったが、
冷静な参謀がついているようぜよ」
「夏侯淵は定軍山に籠城しておる。
ちょっと攻めてみたが防備が堅くて簡単には落とせそうにないぞ」
「ならば後続の趙雲殿らの軍と合流してから攻めかかるか?」
「いや……。曹操が自ら率いる援軍が、
もう長安に入ったという情報を得とる。
趙雲らを待っていたら、曹操の援軍が間に合ってしまうぜよ」
「やはりその前に我々だけで定軍山を落としたいところだな。
だがどうやって落とす?」
「兵を二つに分けるぜよ」
「ふ、二つに?
ただでさえ少ない兵力をさらに分けるのですか……?」
「ああ。ちょっとした賭けになるが、
おまんら、ワシの賭けに乗ってくれるか?
その代わり、うまく行けば夏侯淵の首が獲れるぜよ」
「面白い! 夏侯淵を討ち取れるなら、
この皺首を法正殿に預けてやるんだからな!」
~~~~~~~~~
かくして漢中の争奪戦は始まった。
一進一退の攻防が続く中、劉備軍の新たな軍師・法正が動く。
はたして法正の策は戦の趨勢を変えるに足るのか?
次回 〇七二 定軍山の戦い




