〇六三 益州奪取
~~~益州 成都~~~
「王累どうしたの? それはなんの遊び?
楽しそう! ぼくもやりたーい!」
「遊びではありません! 私は命を賭して申し上げるのです!
今すぐ劉備を殺しなさい!」
「り、劉備ちゃんを殺せ? なんてことを言うんだい王累……。
劉備ちゃんはぼくの友達なのにひどいよ……」
「なにが友達なものか!
劉備はこの益州を奪うため虎視眈々と機会をうかがっているのですぞ!
そしてあなたのそばにも、
劉備に味方する裏切り者が潜んでいるのです!」
「う、うらぎりもの? それってなんのことだい?」
「さあ。ワシには検討もつかんぜよ」
「劉備殿はこの益州を守るために
来てくださった大事な客人ですぞ。
劉璋様に嘘八百を吹き込もうとする裏切り者は
お前のほうではないか!」
「こ、こ、こ、この不忠の、不埒の、不届きの……。
劉璋様! かくなる上は私の死に様を心に刻み、
よく考え直して下さいませ!!」
「ひゃああああああ!!
お、王累が、足につないでた綱を切って、頭から真っ逆さまに……」
「気にすることはございません。
きっと王累は年老いて錯乱してしまったのでしょう」
「さあ、劉備殿がお待ちかねぜよ」
「う、うん……」
~~~益州 涪城~~~
「ほんじゃあ、わしは劉璋さんと飲んでくるんで留守はよろしく!」
「お供つかまつろう」
「……孫尚香さんの時と同じ展開でさぁ」
「ええ。殿は毎日毎晩、宴会に明け暮れてばかりで、
益州を奪うという目的を忘れているようです」
「というか劉ちゃんは目的をわかってるのか?
はるばる益州まで遊びに来たと思ってるんじゃないかな」
「いずれにしろ、そろそろ動かなくてはいけやせん。
法の字ら内通者のおかげで、情報は十分に集まりやした。
いますぐ決起しても問題はないでしょうや」
「あとは殿をやる気にさせるだけ、ですか。
それが一番厄介な問題のような気がしますが」
「そいつも孫尚香さんの時と同じ手で行きやしょう。
殿を動かすんじゃなく、周りを動かすんでさぁ。
――ちょいと荒療治になりやすがね」
~~~成都~~~
「なに!? 劉備様が荊州に帰るだと?」
「ああ。曹操軍が荊州に進撃したき、
それに備えるため兵を引くらしいぜよ」
「せっかくここまで準備を整えたのに、
全てが水の泡になってしまうではないか!
こうなったら考えを改めるよう説得してくる!」
「待て。益州乗っ取りの計略は終盤に来ちょる。
それを放って荊州に帰るっちゅうのはおかしな話ぜよ。
何か裏に考えがあると思うき。下手に動かんほうがいい」
「し、しかしもし本当に撤退するつもりだったらどうする?
我々は益州に居場所がなくなってしまうぞ!
やはり私は劉備様に問いただして来よう!」
「………………」
~~~成都 郊外~~~
「張松ではないかああああ!!
そんなに急いでどこへ行く!?」
「ち、張任か。相変わらず声がでかいな。
ち、ちょっと散歩をしようと思ってな」
「そのわりにはずいぶんと焦っているようだが?
――暇だったらすこし付き合わんか。
俺は非番だから酒でも飲もうと思っていたんだ」
「いや。ちょっと用事があるんだ。だから行かないと……」
「さっきは散歩だと言ったではないかああああ!!
どうした張松、付き合いが悪いぞ? 酒好きのお前らしくもない」
「じ、実はちょっと酒断ちをしているんだ。
だからすまない。また今度飲もうじゃないか」
「酒断ち? それはおかしいな。
このところ毎晩のように法正や孟達と
飲んでいると聞いているぞ」
「そ、それはちょっと訳ありで……」
「……さっきからちょっとちょっとばかりだな。
そういえばお前に関して悪い噂を聞いているぞ。
劉備と通じて、何かよからぬことを企んでいるとかなんとか」
「!? さ、さあ。ちょっと心当たりがないな……」
「なあ張松。お前とは同族で子供の頃から親しく付き合ってきた。
俺もできれば、お前を疑いたくないんだ。
だが実を言うと俺は、ずっとお前の動向を見張っていた」
「な――――」
「お前が法正や孟達と密議をこらしていることも、
今も劉備のもとへ向かい、
荊州へ帰らないよう説得しようとしていることも、
その懐に劉備への書状が入っていることも、全て知っているんだ。
だから張松。おとなしく俺に付き合ってくれるよな?」
「………………」
~~~成都 劉巴邸~~~
「ようやく決定的な証拠をつかめたな。ご苦労だった張任」
「礼はいらああああん!! 全てあんたのおかげだ。
俺は武人だから、謀略に関しては何もわからない。
あんたに言われるまで張松を疑ってすらいなかった」
「しかしお前に内偵を頼んでから、
あっという間に張松を追い詰められた。見事な手腕であったぞ」
「褒め合っていてもしかたない。それより、今後の方策だ」
「ああ。張松は捕らえたが、法正や孟達は逃がしてしまった。
謀略が露見したことが劉備に伝わる前に、手を打たねばならん」
「俺の部下の楊懐と高沛が劉備を見張っている。
奴らに劉備を暗殺させよう」
「劉璋様の裁決を待っていたら劉備に逃げられるし、
そもそも劉璋様が劉備を殺すとも思えん。
少々強引だが、暗殺してしまうしかあるまい」
「おう。益州を守るのは劉備ではない。
この俺たちだああああ!!」
~~~涪城~~~
「楊懐さんと高沛さんが酒宴に招いてくれるなんて珍しいのう!」
「いつか高名な劉備殿と語り合いたいと思っていたのです」
「今日はとっくりと武勇談をうかがいたい」
「武勇談つっても
八割は曹さんから逃げてる話になりそうじゃがいいのか?
そうじゃのう、まずはわしが
張さんや関さんと会った話からするかな……」
(呑んだくれめ、すっかり油断しておるわ。
これなら苦もなく首を取れよう)
(だが側にいるジジイは腕が立つようだ。用心は怠るなよ)
「ほほう。殿はそんなに昔から関羽殿と戦われていたのか」
「わはは。黄さんはいつも関さんの話に食いつくのう」
「そ、そんなことはない。
儂は関羽殿のことなんてなんとも思っていないんだからな!」
「またまた~。そんなこと言って、顔が赤くなっとる――。
やや? 楊懐さんに高沛さん。
剣なんて抜いてなんのつもりじゃ?」
「知れたことを。益州にあだなす食わせ物め!」
「張松が何もかも吐いたぞ。ようやく尻尾を出しやがったな。
ここで死んでもらう!」
「あわわわわわ!」
「フン。あわてることはないぞ殿。
尻尾を出したのはこいつらの方だ。
素直に不意打ちすればよいものを、
儂らが少数とあなどってわざわざ宣戦布告しおったわ」
「せいぜい負け惜しみを言うがいい」
「これだけの数の包囲から抜け出せると思ったか?
さあ、覚悟はいい――」
「オォォォォォォォォォォォォン!!」
「な、なにい!?」
「な、なんだこの化け物はあああああああああっ!!!」
「あわわわわわわわわわわ!!」
「けっ。これしきの数で私と博士のギヱンに勝てると思ったか?
と言ってももう聞こえちゃいないがな。もういいぞ、ギヱン」
「――――――」
「あわわわわわわわわわわ!!」
「落ち着かれよ殿。楊懐と高沛は討ち取った。もう安全だ」
「ふう……。い、いったい何がどうなっとるんじゃ?
なぜわしが襲われなきゃならん?」
「まずそこから説明しないといかんのか……」
「説明は後にしやしょう。
軍勢を編成しておきやした。すぐに進撃を開始しやす」
「簡ちゃんに龐さん? なぜここにおる?
出撃ってなんの話じゃ? 誰と戦うんじゃ?」
「本当に目的を忘れていらしたのですね……」
「ま、予想はしてやしたよ。
道々話しやすから、とりあえず的盧に乗ってくだせえ」
~~~劉備軍~~~
「……ってなわけで、やつがれらの益州乗っ取り作戦は露見しやした。
これからは正面から劉璋さんとぶつかることになりやす」
「楊懐と高沛が劉ちゃんを暗殺しようとするだろうから、
わしらとギヱンが救出の準備をしておいたんだ。
張松に張りつかせていた密偵が急報を届けてくれなけりゃ、
危ないところだった」
「張松さんはすこし気の毒でしたがね。
わざと内通の情報を流して、強引に事態を進めようとしたんですが、
張松さんまでそれに引っ掛かっちまうとは」
「法正殿と孟達殿は無事に逃げ出し、
我々に味方する兵を集めて待っています。
まずは彼らと合流し、今後の作戦を練りましょう」
「すでに諸葛亮軍師にも連絡しておいた。
軍師も張飛殿や趙雲殿とともに益州南部への進撃を開始するだろう」
「ち、ちょっと待っとくれ。
いっぺんに言われてもわしは理解できんぞ。
――とにかく、劉璋さんと戦うんじゃな。
わし一人が知らなかっただけで、そのための準備はしてあると」
「そうでさぁ。殿は安心して昼寝でもしててくだせぇ」
「龐さんがそこまで言うんなら、わしはなーんも心配せんぞ。
劉璋さんにはよくしてもらったが、わしらは益州を獲らにゃいかん。
堪忍しとくれよ、劉璋さん……」
~~~成都~~~
「劉備ちゃんが友達たくさんつれて成都に遊びに来るの?
わーい楽しみー!」
「違う! 劉備が遠征軍を率いて成都に進撃している、タイ!」
「劉備ちゃんがぼくたちと戦おうとしてるの?
そんなのおかしいよ。何かの間違いじゃないかなあ?」
「劉備の監視に付けていた楊懐と高沛は斬られた。
法正や孟達らも多くの兵とともに劉備に降った。
奴の野心を疑う余地はない」
「わっはっはっ。さすが王累殿タイ。遺言どおりになったぞ!」
「笑い事ではなああああい!!
かくなる上は雒城で劉備軍を迎え撃つぞ!」
「俺が総大将を務めるタイ! 行くぞ張任!」
「劉備ちゃん……」
~~~劉璋軍~~~
「こんな大掛かりな戦ってあちし初めてよ~。
ね、ね。戦の前にさ、ちょっと占いやってかない?」
「占い?」
「ちょうど通り道にね、紫虚上人っていう
すんごい仙人が棲んでる山があるの。
戦の吉凶を占ってもらいましょうよ」
「ぐふふ。仙人とは面白そうでゲスね!」
「くだらああああん!! 寄り道している暇はない!!」
「ええ~張任のケチ~」
「……いや、待て張任。
兵たちも不慣れな戦を前に不安になっているタイ。
もし高名な仙人のお墨付きが得られれば、多少は不安も収まるだろう。
まだ劉備軍が雒城に至るまでには時間がある。寄って行くタイ」
「さっすが劉璝! 話がわかるわ~」
「一生ついていくでゲス!」
「…………フン!!」
~~~紫虚上人の庵~~~
「………………」
「ど、どうだった? あちしたちの戦運は?」
「…………鳳と龍は西川に入る。
鳳は地に落ち龍は天に上るだろう」
「は?」
「判じ物に付き合うつもりはない。
我々の戦運はどうだと聞いているタイ」
「…………天命には逆らえない」
「やはり時間の無駄だったなああああ!!
先に行くぞお前ら!」
「あ、あの。ありがとうございました上人!」
「…………天命には逆らえない」
~~~劉備軍~~~
「成都に向かう途中にね、古びた雒城っていう要害があるんだ。
ち~さな城なんだけども、山の中腹にあって、
これがなかなか攻め落とせない。落とせないんだ~。
そこに劉璝ら四人の将がすーっと入ってる。
四人ともあたしらんとこでは名前の知られた将でね。
これが強い。強いんだこの人!
あたしも怖いな怖いな~って思ってね。それで――」
「ち、ちょっと待っとくれ孟達さん。
戦況報告を聞いとるはずなのになぜか寒気がしてきたぞ」
「孟達、おまんの話は長くてしかたないぜよ。
ワシがかいつまんで話すと、
雒城には十万の兵が布陣してるってことじゃき」
「で、それを率いてる四人の将が手強いと。
そいつらはあんたらみたく寝返ってくれないのか?」
「劉璝は劉璋の従兄で、張任は剛直な忠義者じゃき。
冷苞と鄧賢は時勢が読めないき、
ワシらを破って出世したいとしか考えとらんぜよ」
「戦の経験の浅い連中など問題にならん。
全員、儂の弓で討ち取ってやるんだからな!」
「待て。ここはギヱンに任せてもらおうか。
年寄りの冷や水よりもよっぽどいい働きをするぞ」
「……ほう。でかい口を叩くな楊儀。
その木偶人形が儂より強いとでも言うのか?」
「少なくとも関羽に無様な敗北を喫した老いぼれよりはな」
「表に出ろ小僧!!」
「出なくていいですよ。お二人とも落ち着いてくだせぇ。
その元気は敵にぶつけてくれると助かりますよ」
「ならば先陣は儂に命じよ!」
「いや、先陣はギヱンに任せるんだ!」
「だったら二人で行けばいいぜよ。
敵は雒城の前に冷苞と鄧賢が前衛として陣取ってるき。
黄忠は冷苞を、楊儀は鄧賢を攻めるんじゃ」
「フン! 目にもの見せてやるからな!」
「科学の力を思い知るがいい!」
「ふう……。なんだか緊張してきたぞ。
これだけ多くの敵と戦うのは結構ひさしぶりじゃからな」
「ま、そう気負いなさんな。
やつがれらは深いこと考えずに、思いっきり暴れればいいだけでさぁ」
「……軍師殿の言葉を聞いていると、
まるで我々は勝てなくてもいいと仰っているように思えるのですが」
「まるでも何も、そう言ってるんでさぁ。
やつがれらの軍はあくまでおとり役。
敵の目を十分に引きつけられれば、それでいいんですよ」
~~~諸葛亮軍~~~
「劉備の軍をおとりに、余が南から益州の肺腑を喰い破る。
この策の肝要はそこにある」
「なるほど。劉備先輩が自ら率いてる軍が
本隊じゃないなんて誰も思わないッスね」
「それにしても義父上をおとりに使うなんて、大胆不敵なものです」
「なによ劉封。やっぱり親父さんの劉備のことが心配?」
「いえ。龐統様や黄忠将軍がついていますから、心配はしていません。
義父上に負けないよう、俺もがんばるだけです」
「真面目だこと。劉備に見習わせたいもんだわ」
「さて。もう十分に益州の雑魚どもの目は引きつけただろう。
余も動くとしよう。
李恢とやら。余を先導できる光栄に感謝しつつ道案内をせよ」
「は、はあ……」
「この男はいつもこんな感じだから、悪いけど早いとこ慣れてね。
……それにしても、アンタって劉璋の親父さんの代から仕えてて、
すっごく剛毅な男だって聞いてたのに、
どうしてアタイたちに簡単に降ってくれたのさ?」
「……民のためを思ったのだ。
この戦、劉璋に勝機はない。
ならば少しでも早く戦を終わらせ、民を苦しめたくないと考える。
そのためには貴殿らに降り、その一助となるのが
私にできる唯一のことだ」
「ふ~ん。しっかり考えてるのね。
んふふ。アンタもいい男じゃない。
もう十歳若かったら放ってないところよ」
「張飛先輩は最近、着々と張飛軍団を結成してるッスね。
陳到先輩、自分らも負けてられないッスよ!
副将として頼りにしてるッス!」
「部隊の再編成に伴い、今後は趙雲殿に厄介になり申す」
「……でもでたらめに強い趙雲に副将なんて必要あんのかしら?」
「駄弁はいいかげんにしろ。
前衛に張飛。後衛に趙雲。余は中軍を率いる。
せいぜい余に面倒を掛けさせないよう努力するのだな」
「御主人様は方向音痴だから真ん中を進むです。お前らが頼りです」
「アンタ、方向音痴だったの? かわいいとこあるじゃない」
「馬鹿な。全知全能の余に不得手なことなど無い。
さっさと行け。黄月英は死ね」
「嫌です」
~~~~~~~~~
かくして劉備と劉璋の間で戦端は開かれた。
迎え撃つ劉璋の兵は多数も、百戦錬磨の劉備軍には恐れるに足らないのか。
鳳雛の爪と伏龍の牙が、二手に分かれいま益州に迫らんとしていた。
次回 〇六四 落鳳坡に死す




