〇五九 折れた槍
~~~許昌の都~~~
「………………」
「父ちゃんが陛下に謀反を企てただと? 馬鹿なことをぬかすな!
父ちゃんがどれだけ陛下のために尽力してきたか、
忘れたとは言わせんぞ!」
「そうだ! 陛下をないがしろにし、
危害を加えようとしているのはお前たちのほうではないか!」
「わ、我々は決してそのようなことは――」
「今すぐ父ちゃんの処罰を取り消せ!
父ちゃんはいつだって陛下の味方だ!」
「し、しかし、仮に陛下への謀叛がなかったとしても、
馬超が反乱したことは事実で――」
「ならばこの馬休と馬鉄が、
あんちゃんの反乱の償いとして処罰を受けよう!
さあ、今すぐ首をはねろ!
その代わり父ちゃんの命は助けてもらうぞ!」
「わ、私にそのような権限は――」
「…………もういい、休、鉄。王必殿も困っておられる」
「で、でも父ちゃん」
「黙れと言ったのがわからんのか!!
――たしかにこの馬騰も処分には納得しておらん。
陛下への謀叛など夢にも思ったことはないからな!
だが馬超が反乱したのは動かしようのない事実だ。
その罰は受けねばならん」
「父ちゃん……」
「しかし間違うではないぞ!
この馬騰は曹操の命に従うのではない! 法に従い首を差し出すのだ!
さあ、今すぐ馬騰の首を落とせ!
だが息子たちは父に連れ添ってきただけのこと。
馬騰の首と引き換えに息子たちは釈放してもらうぞ!」
「だ、だから私の一存でそのようなことを決めるわけには――」
「手ぬるいな王必君」
「こ、これは殿下!」
「さっきから見ていればなにを手こずっている。
檻の中の連中に気圧されるなどだらしのな――へぶああっ!?」
「僕がしゃべっているんだ。黙りたまえ。
王必君、いつまでこんな所で油を売っているつもりだ。
さっさと謀反人の首を3つ並べたらどうだい」
「……その顔、その声。お前は曹操の息子だな」
「だからどうしたんだい? 僕も死人と話している暇はないんだ」
「噂は聞いているぞ。
お前が来たからにはもはや息子たちの助命もかなわぬか……。
しからば曹操に伝えるがいい!
馬騰ら父子は死してなお国家を守る鬼になろうと!」
「ふうん。それは立派な心掛けだ。でもあいにくだったね。
君たちの死は僕の策の一部になるだけさ」
「な、なんだと」
「君たち雑魚の首も、僕の手にかかれば
曹操を助ける一手の布石になるというわけさ。
国家を守る鬼だって?
そんなものより僕の手駒になる方が光栄だろう?」
「な、なにをするつもりだ!?」
「死人に言う必要はないね」
「………………」
~~~潼関~~~
「父ちゃん! 休! 鉄! うううううううう……」
「無念や。かなわぬ夢とはいえ、馬騰様らには生きていて欲しかった」
「ううううううううううう……」
「……ち、ちょっと。落ち着きなさいよアンタ。
あたしらが反乱したら、
都に残されたパパや弟は殺されるなんてわかってたことじゃないの」
「ううううううううう……うれしいぞ、この馬超は!!」
「は?」
「馬超はいま猛烈に感動している!
ああ、わかっていたとも董白!
父ちゃんや休や鉄が死ぬことは覚悟していた。
だから父ちゃんたちが馬超のために粛然と死んでくれたことが、
たまらなくうれしい!」
「そ、そう……。それはよかったわ」
「父ちゃん! 休! 鉄! 星となって馬超を見守っていてくれ!
必ずや曹操の首をその星のもとまでかっ飛ばしてみせる!」
「せや! 明日はホームランや!」
(もう嫁入りしてずいぶん経つけど
こいつらのノリにはついて行けない……)
「おい馬超! てめぇこれはいってぇどういうことだ!」
「説明説明。求める求める」
「事と場合によってはーーッ!
ただじゃおかねえぞーーッ!」
「なんやなんや藪から棒に。
城外に布陣しとった関中十部のお歴々がわざわざなんの用や」
「おっと、まずはお悔やみを言わねぇとな。
馬騰の兄ィのことは残念だぜ。ま、気を落とさずやってくれや。
――で、話は韓遂のことだ馬超!」
「韓遂なら怪しいところがあるから
城の外に出てもらってるが、それがなにか?」
「怪しいってレベルじゃねえぞーーッ!」
「馬騰馬騰。処刑されたされた。
でもでも。韓遂の息子息子。生きてる生きてる」
「……馬騰パパと一緒に人質として都にいた、
韓遂の息子は処罰を受けずに無事だって言うの?」
「そうだ。これで決まったな。
韓遂のヤローは曹操と内通してやがるんだ。
あのヤロー、味方ヅラして裏では
俺たちをせせら笑ってやがったんだ!」
「韓遂はーーッ! 殺すぞーーッ!」
「ま、待ちなさい。
今ここであたしたちが争ったら曹操の思う壺に――」
「韓遂のヤローがこの潼関に曹操の兵を導き入れるまで、
指をくわえて待ってるつもりか?」
「もう遅い遅い。攻撃は始まる始まる」
「殿! 関中十部の軍が韓遂に襲いかかった!
曹操もこれを好機と動くに違いない!」
「な、なんてことなの……」
「おのれ韓遂め……。
かくなる上は韓遂と曹操の首をかっ飛ばしてやる!」
「止めなさい馬岱!」
「落ち着け殿。やみくもに突撃したらそれこそ曹操の思う壺やで」
「潼関の守りはそうそう崩されないわ。
韓遂は見殺しにしてでも、まずは守りを固めて――」
「待て。なんか騒がしくねぇか。
――おい、潼関の裏に敵が現れたぞ!」
「なんですって!?」
「首尾よく背後をとれたな。行くぞ! 褒美が待っている!」
「馬を狙え! 西涼の軍も騎馬を失えばただの兵だ!」
「あれは……下弁に布陣していた曹洪の軍よ。
いつの間に背後に回ったの!?」
「曹洪のもとには我々と長年にわたり交渉していた張既がいる。
関中の地理を熟知する彼奴が手引きしたのだろう」
「俺たちはーーッ! 軍に戻るぞーーッ!」
「挟み撃ち挟み撃ち。潼関も危うい危うい」
「韓遂と正面の曹操軍は俺たちが引き受けてやる。
お前らは一か八かの戦いを挑むか、
それとも西涼に逃げて態勢を立て直すか考えろ。
……気にするな。馬騰の兄ィには世話になったんだ。じゃあな」
「戦況は厳しいわね……。司馬懿! 次の策を出しなさい!」
「木彫り……私は木彫り……」
「いつまで木彫りごっこやってんのよ!
だいたい木彫りのくせにアンタ、
飯は食うわ布団で寝るわ、普通に暮らしてるじゃないの!
しゃべんのがめんどくさいだけでしょ!」
「……はっ! も、申し訳ありません奥様。
木彫りとして暮らそうにも、餓死や失神をしては迷惑でしょうから、
心は木彫り、体は人間として生きようと心がけて――」
「いいから次・の・策!!」
「は、はい! 採るべき道は二つです。
一つは背後の曹洪を蹴散らし本拠地の西涼まで退き、
羌族と連携して態勢を立て直す。
もう一つは正面の曹操を破り、
漢中の張魯に庇護を求めるか、です」
「……潼関を捨てて逃げるしかないわけね」
「韓遂や関中十部ら城外の軍と連携して、
はじめて曹操に対抗できます。
しかし城外の軍はこの同士討ちに乗じた曹操によって
大打撃を被るでしょう。そうなっては我々に勝ち目はありません。
退却する余力のあるうちに逃げるべきです」
「なら、北か南かどちらに逃げるか決めないとね。
馬超、アンタの考えは?」
「東だ! 馬超は韓遂と曹操を討つ!」
「……駄目だこいつ早くなんとかしないと。
馬岱、龐徳、アンタらの考えは――」
「えーと。その前に報告や。
羌族の軍が曹彰の別働隊に撃破されたと、
いま連絡が入ったで」
「…………あっそう」
「ならば南だな。
これだけの兵を連れていれば、張魯も受け入れてくれるだろう。
我が一足早く漢中に向かい、張魯に助けを求めてこよう。御免!」
「わては背後の曹洪を食い止める。
姐御と殿はなんとか敵中を突破してくれ」
「わかった、曹操と韓遂の首を手土産に漢中へ向かおう!」
「それができないから漢中へ向かうのよ!
誰か、このヤドロクをふん縛ってつれてきなさい!」
~~~潼関前 曹操軍~~~
「策は当たりました。
関中十部の連携は瓦解し、韓遂と激しく戦っています」
「曹丕殿下が気を回してくれたおかげで、
予想より早く事が進んだのう!」
「ふむ。僕は馬騰君を見逃してもいいと思っていたんだが……
まあ、過ぎたことはしょうがない。
この機に乗じて一気に勝利を収めるとしよう」
「ああ。韓遂の軍には手出しは無用だな。
馬超はおそらく漢中に逃れようとするだろう。それを迎え撃とう」
「相手はあの馬超じゃ。正面から戦っては我が軍の被害も大きくなる。
いったん馬超を通過させて、それから背後を襲うのはどうじゃ?」
「しからば小生が退路を予測し、
夏侯淵将軍とともに追撃をかけるとしよう」
「ここで決着をつける。目標は関中十部、全員の首だ」
「はッ!!!」
~~~潼関 曹操軍~~~
「曹操ーーッ! 俺の負けだーーッ! 降伏するぞーーッ!」
「進退きわまったか……。
もう俺は抵抗せん。好きにするがいい!」
「今さら降伏とは虫のいいことを……。
丞相! もちろん首をはねるじゃろう?」
「どうしてだい? 関中はこれから僕の傘下に入るんだ。
降伏者を斬ったりしたら反感を買って統治が面倒になってしまうよ」
「たしかに今さら降伏など気に食わんが、
後々のことを考えれば、受け入れたほうが得じゃろうな」
「し、しかしさっきは関中十部全員の首が目標じゃと――」
「履き違えるな。首を集めるのが目的ではない。
臨機応変という言葉を知らないのか?」
「フ、フン。わかっておるわ。
ワシはただ丞相の言葉を尊重してじゃなあ……」
「殿! 馬玩、成宜、張横、李堪、梁興、程銀の首は挙げたぞ!
だが大軍を持つ韓遂は西涼に、馬超は漢中に逃がしちまった!
追撃するだろ!?」
「そう急ぐな。西涼にしろ漢中にしろ、容易に侵攻できない険阻な地だ。
僕らも無傷では済んでいない。慎重に軍を進めるとしよう」
「しかし基盤を失った馬超はまだしも、
本拠地に戻った韓遂は勢力を盛り返す恐れがあります。
韓遂だけでも今のうちに叩くべきだと考えます」
「ワシも賛成じゃ。
曹彰殿が羌族の足止めをしている今なら、
邪魔立てされずに西涼に攻め込めるじゃろう」
「そうだね。
それじゃあ電撃戦の得意な夏侯淵君に向かってもらうとしよう。
賈詡君、参謀と道案内を頼めるかな」
「承知いたした。
徐晃殿、張郃殿、それに羌族の情勢に詳しい者を
つれていって構いませぬかな」
「それなら夏侯淵君のもとにいる郭淮君が
年若いが適任だろう。彼を活用したまえ」
「郭淮? ふむ。
誰かは知らぬが丞相が言われるのなら適任なのだろう。では行って参る」
「殿! 我が軍にまぎれてた怪しいヤツを捕らえたぞ!
落馬して頭でも打ったようで、
自分は木彫りの人形だと言い張ってやがる。
拷問して素性を吐かせるか?」
「おおかた気が触れているんじゃろう。好きにしろ」
「いや……。もし敵方の人間なら、いろいろと役に立つ。
つれてきたまえ」
「奇人にまで興味を示すのか? 丞相の人材好きは筋金入りだな」
「……この戦、あまり智略を重んじない馬超君にしては、
多くの鋭い策を放ってきた。
彼に知恵を付けた何者かがいるんだ。そうだろう、鍾繇君?」
「ああ、馬超に、いや関中に
こんな手の込んだ策を出せる者はおらん!」
「その木彫りの彼が、くだんの策士だとまでは言わないよ。
でも僕たちをここまで苦しめた才能は、ぜひ幕下に迎え入れたい。
そのためにはあらゆる手を尽くすつもりさ……」
~~~潼関 南 馬超軍~~~
「関中十部は壊滅した。潼関は落ちた。
生まれ育った西涼の地を失った……」
「ついでに司馬懿も見当たらないわ。
死んだか逃げたかまでは知らないけど」
「でも董白、君は残った。馬岱も龐徳も生き残った」
「おう、わてらが無事な限り、関中十部は死んどらんぞ!」
「その通りだ。我らの最後の一人が果てるまで、関中の灯は消えぬ」
「それなら馬超たちの勝ちだ! この戦は馬超が勝った!
見たか曹操! 馬超の槍は折れるとも、
正義の心まで折ることはできない!!」
「はあ……。アンタらの能天気さには困らされてきたけど、
今日ばかりは頼もしく思うわ。
馬超、馬岱、龐徳、アンタらまだ戦えるのね」
「当然だ! 曹操の首をあの星空に打ち上げる日まで、
馬超の歩みが止まることはない!」
「あたしも同じよ。曹操と戦うためにあたしは生きてきた。
曹操を討つことだけを考えてきた。
張魯でも誰の手を借りてでも、
どんな手を使ってでも必ず曹操を討つ」
「そうだ! 馬超の星をつかむまで、馬超はどんと行く!!」
~~~~~~~~~
かくして関中十部の反乱は潰えた。
しかし馬超の野望の灯は消えることなく燃え盛っていた。
一方、劉備もまた自身の野望実現のため、
ついに壮大な計画を実行に移そうとしていた。
次回 〇六〇 空の器




