〇五三 弓腰姫の婿
~~~江東 会稽~~~
「よう周瑜、調子はどうでェ?」
「フッ。見苦しい姿をさらしているな。
大事をとっているだけで、もう矢傷は問題ない。
じきに復帰できるだろう」
「そりゃよかった。……でも無理すんなよ。
兄貴が死んでからこっち、おめェはずっと働き詰めだからな」
「心配は無用だ。曹操の脅威が去った今、
いよいよあの計画を実行に移す時が来た。
休んでばかりはいられないからな」
「おう。魯粛が計画したアレか。
……益州を獲り、曹操と天下を二分する。
天下二分の計だな!」
「だがそのためには、除かねばならない障壁がある」
「荊州に居座ってる劉備のヤローか。
前・荊州刺史の劉表の息子を担ぎ上げて、
荊州の領有権を主張しているそうだな」
「フッ。正統性のある主張だと認めざるをえないだろう。
それに我々が認めずとも、荊州の民は劉備を支持している」
「長坂で民を盾にして逃げたヤローが、
なんで民から慕われてるんだろうな。
まったく、あの男は得体が知れねェぜ。
……それだってのに、なんでオフクロはあんなヤローのことを」
「フッ。なにか悩み事があるようだな。
ずっと浮かない顔をしているぞ」
「ああ、この前オフクロに呼び出されただろ。
そん時に、ちィとばかし厄介な頼みごとをされちまったんだ」
「……察するところ、妹君のことかな」
「おめェには隠し事できねェな。そうなんだ。
オフクロがよ、尚香の婿に劉備を迎えろ、
なんて言いやがるんだよ」
「なるほど。尚香殿は英雄にしか嫁ぐ気はないと
常日頃から言っていたな」
「オフクロはそんなら妻を亡くしたばかりの劉備が
ちょうどいいだろってよォ。
いちおう同盟相手だし、何をしでかすかわかりゃしねェ劉備を
押さえつけることもできんじゃねェかとよ」
「フッ。ご母堂はたいした軍師だな。
娘の婿取りだけではなく、孫家の未来まで考えておられる」
「……おめェは賛成なのか?」
「いや、私がどうこう言える筋合いはない。
それは兄であるあなたと、尚香殿が決めることだ」
「ん………………」
~~~荊州 江夏~~~
「おう、わしは構わんぞ! 孫権さんの妹なら大歓迎じゃ!」
「……こっちからお願いしといてなんですけど、
そんな二つ返事で受けちゃっていいんスか?」
「アンタもそろそろこのバカの性格をつかみなさいよ。
こいつはね、考えないの。考えることをやめてるの」
「わしがあれこれ悩んでもろくなことになりゃせんからな!」
「大事な妹ちゃんをこんな甲斐性なしに嫁がせてもいいのか、
そっちこそよく考えたほうがいいわよ」
「いや、孫権のほうはあ、劉備さんさえよければいいって、
そういう意向ッスから」
「ほんなら決まりじゃな!」
「劉ちゃんはバカだけど女には優しいから、
きっと大事にしてくれるぞ」
「じゃあ孫権にはそう伝えるッス。
快諾いただきありやっしたー」
「ところでその尚香さんとやらは美人かのう?」
「そりゃもう。
義姉の大喬さん、小喬さんと並んだら、
まるで三姉妹みたいな」
「あの天下一の美人姉妹の二喬と!
むふふふふ。そりゃ楽しみじゃのう……」
「劉ちゃん、よだれよだれ」
「でもぶっちゃけ尚香さん、見た目はともかく性格きついッスよ。
孫権つーか、兄貴の孫策さんや
親父の孫堅さんにそっくりらしくて――」
「あら、そんなの平気よ。きつい性格なら耐性あるから」
「……貴様らなぜ余を見る」
「ましてや女のきつい性格ならなーんも問題なしじゃ。
――魯粛さんや、わしはすぐにでも出発できるけど
そっちは大丈夫かのう?」
「ガチで話が早くて助かるッス。
使者を先に孫権んとこに行かせるんで、
すぐに来てもらっていいッスよ」
「善は急げじゃ! さっそく花嫁を迎えに行くぞ!」
「趙雲、貴様がついていけ。
護衛がてらこの色ボケが羽目を外しすぎぬよう見張れ。
手に余るようなら斬れ」
「ウスッ! いちおう斬らない方向でがんばるッス」
「簡雍と孫乾も同行しろ。別に何もする必要はない。
劉備を野放しにしなければそれでよい」
「あいよ。ツッコミ役は必要だもんな」
「はい。定期的に軍師に連絡を入れます」
「孫権のもとには余の知人がいる。困ったらそいつを頼れ。
……いや、愚兄ではない。荊州一いい男だ。手配しておく」
「わかったッス」
「わはは。魯粛さんと龍さんがそろうと
スッスッスッスッにぎやかじゃのう」
「ぶっちゃけキャラがかぶってるのは気にしてたッスよ。
――そんなことより、孫権のもとへ案内するウイッシュ」
~~~会稽~~~
「おう、てめェが劉備か。年のわりには若そうじゃねェか」
「ほう、あんたが権さんか。若造のわりには老けてるのう」
「言うじゃねェか。だったら兄上って呼んでくれてもいいんだぜ?」
「わはは。わしは本物の義弟にもそんな呼び方されたことないぞ」
「そりゃてめェが頼りねェからだろ」
「もっともじゃな!
権さんは初対面なのにわしのことをよく知っとるのう」
「屈託のねェヤローだぜ……。まあ立ち話もなんだ。座れや」
「座るとも座るとも。――で、花嫁さんはどこにおるんじゃ?
わしは早く顔が見たいぞ」
「劉ちゃん、よだれよだれ」
「そうがっつくな。嫁入りにはいろいろと準備があんだよ。
兄貴の前なんだから自制しろよな。いい年こいてんだしよォ」
「わはは。権さんは本当にわしの兄上みたいじゃな」
「フッ。諸葛亮先生も愉快な方だったが、劉備殿はそれ以上だな」
「おっ。名乗られずともあんたの名前は当てられるぞ。
江東一の色男こと周瑜さんじゃろ!」
「虚名を知っていただき光栄だ。私が周瑜です」
「……なんか顔色が悪いみたいじゃが大丈夫か?
色男じゃからもともと白い顔なのかのう?」
「もともと色白なだけです。お気遣いは結構。
それよりささやかながら宴席を用意しました。
ごゆるりとお過ごしください」
「おお! 江東は魚も酒も格別じゃと聞いとるぞ。
楽しみじゃな龍さん!」
「ウスッ。まず自分が毒見させてもらうッス」
「ち、趙雲。そういうことを口にするな……。
劉備様もどうか飲み過ぎませんように……」
「毒見ならオレがしてやんよ。今日は無礼講だ。
浴びるように飲んでくんな」
「さっすが兄さんは話がわかるのう!」
「……兄さんはやめろ」
(……破天荒な男だ。
だがこの男の周りに張飛や関羽、なにより諸葛亮が集まるのか。
私には計り知れない、不思議な魅力があるのだろうか)
(……いや、能天気なだけだと思うッスよ)
~~~会稽 宴会場~~~
「いやー江東の食い物は実に美味いのう!
魚はもちろん肉も野菜も絶品じゃ!」
「質がいいのは当然だが、最近いい料理人も入ったんだ。
何度も妻を亡くしてる不運なヤローだけど、腕は確かでよォ」
「……なんかどっかで聞いた話じゃのう?」
「失礼します。お酌をさせていただきます」
「おお! 美人じゃ! 超美人じゃ!
んふふふふ。もうちっとこっちゃ来い。名前はなんというんじゃ?」
「愚妻の小喬です」
「なんと周さんの奥さんか! それも二喬の一人じゃと!
んふふふふ。人妻の魅力がぷんぷんじゃのう~」
「劉ちゃん、よだれよだれ」
「ちょいと邪魔するぜ!」
「尚香さん!」
「へ? 尚香っつーと、わしの花嫁の?」
「ふーん。こいつらが劉備んとこの連中か。
どいつもこいつもしけたツラしてんなァ!」
「尚香……何しに来たんだおめェ」
「おれの旦那になろうってヤローのツラを拝みに来たに決まってんだろ!
お。こいつか? 劉備ってのは」
「サーセン。自分はお供の者ッス」
「ええー。おれ、このイケメンのほうがいいなァ。
こっちに代えてくれよ兄貴ィ」
「バーカ。おめェと劉備の三下が結婚してオレらに何の得があんだよ」
(うわあ……遠慮なくぶっちゃけるなこの兄妹……)
「わしが劉備じゃよ尚香さん!」
「……ああ。はいはい、おめーね。はいはい。
耳は長ェし手も長ェ。噂どおりの化け物体型だな……」
「いやーわしも有名になったもんじゃな」
「うんうん。でも悪くねェぜ。凡人のルックスじゃねェもんな。
50過ぎてるわりに若そうだしよォ。
よく見りゃそこそこイケメンじゃねェか」
「むふふふふ。そんなに褒められたら照れるのう」
「尚香! 勝手に上がり込んでどういうつもりなの?」
「いけね。大喬ねーちゃんに見つかっちまった」
「大喬!? な、なんと二喬がそろい踏みじゃと!」
「じゃあな劉備。兄貴とおふくろが決めた縁談だけどよォ。
おれもアンタのことまあまあ気に入りそうだぜ。
嫁入りしたらよろしくな!」
「おう! 待っとるぞ尚香さん!」
「尚香! なんてはしたない……。お待ちなさい!」
「はっはっはっ。おい、やるじゃねェかよ劉備!
あの跳ねっ返りに気に入られるなんてたいしたもんだぞ」
(尚香殿もあっという間に篭絡してしまうとは……。
やはり劉備という男、あなどれん……)
(いや、尚香さんと馬が合いそうな気はしてたッスよ。
これでひとまず安心ッスね。後は……)
(ああ。劉備には二度と荊州の土を踏ませはしない)
~~~~~~~~~
かくして劉備は孫尚香をめとった。
だが蜜月の裏には孫権と周瑜の思惑が潜んでいた。
単純な劉備は罠に掛かってしまうのか。それを読んでいた諸葛亮の対策とは?
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