〇五〇 城塞都市・合肥
~~~揚州 合肥~~~
「作物の収穫が落ちているな。昨年の日照りの影響か。
やはり東の丘の方にも田畑を広げて――」
「こんちはー温恢さん。あいかわらず精が出ますね」
「……お前は酒瓶を片手に仕事をする気か?」
「嫌だなあ。中身は水ですよ。
気分だけでも酒を飲んでる気になりたくって」
「水のわりには息が酒臭いようだが?」
「昨日の酒が残ってるんですよ」
「まったくお前は……。
その酒癖さえなければ、こんな所に飛ばされずに済んだろうに」
「じゃあ温恢さんは何癖が悪くてここに飛ばされたんですか?」
「私は劉馥殿に見込まれてついて来たのだ。お前とは違う」
「……こっからはマジな話、劉馥さんの体の具合はどうなんですか。
ここんところ寝たり起きたりみたいだけど」
「年は越せないだろうな」
「!」
「合肥をここまで大きくするために無理を重ねてきたんだ。
本人も覚悟はしておられる」
「温恢! 蒋済! こんなとこにいやしたか」
「おお、噂をすればなんとやら」
「無駄口叩いてる暇があったらこっちゃ来い。てえへんだぜ」
「どうしましたか。まさか――」
「そのまさかだ。
陳蘭と雷薄のヤツが裏切りやがった」
~~~合肥~~~
「服従したとは言いかねますが、
陳蘭らはすっかり鳴りを潜めていました。
今になって急に反旗を翻すとは……」
「おおかた曹操丞相が赤壁で大敗したのを受けて、
調子に乗ってるんでしょうよ」
「さらに孫権軍が徐州に向かってるそうだ。
まあそっちは陳登が相手してくれるでやしょうが」
「荊州での敗戦がこんな東の果てまで
尾を引くとは……戦は難しいものだ」
「難しく考えることはないですよ。
要は陳蘭と雷薄を倒せばいいんだ」
「いや、倒すことも考える必要はありやせん。
すでに援軍を要請しやした。
倒すのは援軍に任せて、あっしらはこの合肥を守るだけだ」
「しかし守兵は当初よりも増えたとはいえ千にも満たないです。
これっぽっちの数では籠城戦も満足にできるかどうか……」
「ならいっそのこと先制攻撃でも仕掛けますか?」
「馬鹿言っちゃいけやせん。あっしらは戦は不得手だ。
戦は軍人に任せて、あっしらはあっしらの
できることをするだけでいい……」
~~~合肥 陳蘭軍~~~
「ヒャッハー! 今夜が合肥の最後の日だぜーッ!!」
「劉馥には何度も煮え湯を飲まされたが、いよいよ年貢の納め時だ」
「根無し草だった俺たちが、
明日からは合肥の城で寝られるんだよなアニキ!」
「アニキはやめろと言ってるだろ」
「脳筋の俺が今日まで生き長らえられたのはお前のおかげだからな。
ねんがんの合肥をてにいれる今夜くらいはアニキと呼ばせてくれよ!」
「勝手にしろ。それより手はずはいいな?
お前が右、俺が左から攻めて――」
「んん? ち、ちょっと待てアニキ。
なんだこの地響きは?」
「こ、こいつは――」
「合肥はお前らにくれてやるにはもったいない!
代わりにこの大剣を馳走してやろう!」
「ふっ……。曹真はあいかわらず野蛮ですね。
それでは私はあくまでスマートに、
あなた方に安らかな眠りを差し上げるとしましょう」
「そ、曹操軍の先制攻撃だ!」
「馬鹿な……。合肥にこんな大軍は潜んでいなかったはずだ。
我々の蜂起にいち早く気がつき、待ち構えていたというのか!?」
「くそっ! お前のすることにはいつも何かしら手落ちがあるんだ!
アニキなんて呼ぶんじゃなかったぜ!」
「うるせえ!とにかくずらかるぞ!」
「あちらにわざと退路を空けておきました。
敵はあちらに逃げるはずです」
「退路がわかればこっちのもんだ! 喰らえ!!」
「ふっ……。私に出会ったデスティニーを呪いなさい」
「ぎゃああああああ!!!」
「ぐわああああああ!!!」
~~~合肥~~~
「……驚きました。こんなにあっさり陳蘭らの首を取れるとは」
「まあ、いくら敵が多かろうと、虚をつけばこんなもんでやしょう」
「それもこれも劉馥さんが
むちゃくちゃ早く陳蘭らの蜂起を察知したからでしょ。
やっぱり劉馥さんはすげーや」
「感心している場合じゃありやせんよ。
あっしが死んだ後は、あんた方に同じことをしてもらわないと」
「劉馥殿……」
「自分で自分の体のことくらいわかりやす。
あっしは年内にもぽっくり行くでしょうや。
そしたら合肥を守るのはあんた方の仕事だ。
今度の戦で、あっしは手本を示したつもりでやすよ。
しかも次に戦う相手は、山賊なんかじゃなくて
孫権軍の主力でやしょう」
「……せっかく苦労してここまで大きくした合肥だ。
俺も守りたいと思ってますよ」
「私も同じ気持ちです」
「合肥はまだまだ大きくなる。もっともっと重要拠点になる。
あっしが死んだ後はあんた方や、
援軍に来てくれた方々ら若い人たちの時代だ。
今までも、そしてこれからもあんた方を頼りにしてやすよ」
~~~~~~~~~
かくして合肥を狙う山賊は一掃された。
劉馥ただ一人から始まった城塞都市は、
後に曹操にとって大きな意味を持つこととなるが、
それはまた別の話である。
一方、赤壁で大勝利を得た周瑜は、曹仁の守る南郡に迫らんとしていた。
次回 〇五一 南郡の戦い




