一〇九 斜陽
~~~魏 洛陽の都~~~
「ああっ! なんということでしょう!
陛下が重病のあまり見るも無残な総白髪に!!」
「ば、馬鹿野郎! 陛下はもともと若白髪だ!」
「凱旋して早々にご挨拶だね司馬懿君。
でも君の低姿勢なくせに忠誠心の高くないところ、僕は嫌いじゃないよ。
君は嘘のつけない人だからね」
「はあ……。私のような隅っこで雨とほこりだけ食べてかろうじて生きているような人間には、
嘘をつくなどという発想もできませんものでして」
「君には保身はあっても野心がない。だから安心して後を任せられる。
曹芳君を頼んだよ」
「へ、陛下! 弱気なことをおっしゃられますな!」
「陛下はまだまだ36歳。これからですぞ!」
「励ましはありがたいが自分のことは自分が一番よくわかっているさ。
父上のような人間にはなりたくないと思っていたが、
父上と同じく若死にして、みんなに迷惑をかけてしまう。
血は争えないね。やっぱり僕は曹丕の子だったようだ」
「陛下…………」
「息子がいないから従弟の曹芳君に跡を継がせるしかない僕は、父上よりも甲斐性なしだね。
一族にもこれといった人物はいない。
年長者は曹真君の跡を継いだ曹爽君くらいかな。そこにいるのかい?」
「こ、ここにいますぞ!」
「曹芳君はまだ幼い。数少ない親族の有力者として盛り立ててあげてくれたまえ」
「心得ました!」
「あの世では父上やお祖父様に怒られるだろうな……。
父上も憂鬱だったろうと、今ならよくわかるよ……」
「! ヘ、陛下! しっかりなさってください!」
「は、早く典医を呼びゅのじゃ!」
「陛下……。ガオォォォォォォォン!!」
~~~呉 建業の都~~~
「宇宙の本質は揺らぎです。ゆえにワレワレ人類は揺らぐものなのです」
「はあ。なるほど。
それで孫権艦長に取り入って宇宙を揺らがせたいと思ったのですか?」
「いいえ。ワレワレは裕福な家に生まれたので金銭感覚が庶民とは違うのです。
妻が太陽パクパクしたいと望んだから、ワレワレは地位を望んだのです」
「地位を得て、私や多くの重臣をいわれなき罪で投獄し、政治を混乱させましたね。
奥様もさぞ満足されたでしょう」
「ワレワレは妻に言いました。トラスト・ミー、ワレワレには腹案があると。
しかし国民は変わってしまった。ワレワレの言うことを聞かなくなった」
「民は変わっていませんよ。変わったとすればそれは孫権艦長です。
まさかあなたのような方の言葉を信じるとは……。
残念ですし、意外な気持ちでいっぱいです」
「そんなことより今日はいい天気です」
「そうですね。それでは最初の質問に戻りますが――」
~~~呉 建業の都~~~
「……呂壱なんかを重用したオレを見損なったか?」
「別に。オレはアンタらしいと思うよ。
面白そうなヤツがいるから重用したってだけだろ。ただ結果的に迷惑かけちまっただけだ」
「呂壱さんは確かに面白い人だったね。ちっとも会話が成立しないし。
顧雍さんも取り調べに苦労してるよ」
「あの人、自分も投獄されたくせに、よく冷静に聴取できるよ。
オレだったら余計に罪をなすりつけて処刑台に送っちゃうけどな」
「……張昭も呆れて隠居しちまった」
「張昭さんは公孫淵への対応をめぐって艦長と意見が対立したのを怒って隠居したんじゃないですか。
呂壱さんは関係ないですよ~」
「それなんの慰めにもなってねーぞ」
「お前らがそばにいてくれれば、オレは道を誤らなかっただろうな。
どうだ? 栄転させてやっから都に来ねえか?」
「やだよ。そんな退屈な仕事がしたくてアンタに鞍替えしたんじゃねえし。
それにオレも陸遜も魏や蜀ににらみを利かしてんだぜ。任地を離れらんないよ」
「ボクらが行かなくても、すでに艦長の周りには優秀な人材が揃ってますよ。
何かあれば彼らに意見を聞いてください」
「そうそう。顧雍とか諸葛瑾とか、口うるさいのがたくさんいるじゃん。
それにアンタも今回のことで頭が冷えただろ?」
(…………はは。こいつらにも嫌われちまったか)
~~~蜀 成都の都~~~
「魏では曹叡が死に、年端もいかぬ曹芳が跡を継ぎました。
呉では奸臣・呂壱が専権をふるい、処罰されたものの孫権は著しく人心を損じました」
「ふーん。それでわしら蜀の様子は?」
「特になし、です。現状維持を祝ってパーッと宴会でも開きましょう!」
「おっ、いいねえ!」
「よくありません! 魏と呉が国力を損ねた今こそ、
我が国はそれを対岸の火事とせず、他山の石として一層の――」
「しくしく。おじさんは丞相なのに老臣たちにないがしろにされてます……。
目から汁が止まりませんよ。あ、汁じゃなくて汗だった」
「丞相だと言うなら、亡き武侯(諸葛亮)のように丞相らしく振る舞って欲しいものだな」
「フハハハハ! 馬鹿め! 余は10万50歳であるぞ!
こんな感じですか?」
「ただの物真似ではないか!
お主は多少は兵法の心得があるからと消去法で丞相にされたとはいえ、
もう少し自覚というものをだな。
くどくどくどくどくどくど――」
「陛下」
「うわっ! なんじゃ姜維。まだ諸葛亮の声のままなのか?
それもう術じゃなくて呪いか何かじゃないのか?」
「魏が曹叡の死で動揺する今こそ好機。
私が陸から、蔣琬殿が水路から攻めかかれば魏を一刀のもとに斬り伏せられること必定。
出陣の許可を」
「え? おじさんも出撃するの?
参ったなあ。どうしようかなあ。こんなこともあろうかと軍船は揃えておいたけど……」
「そ、揃えてあるのか。いつになく用意がいいではないか。
陛下、ワシも姜維の意見に賛成ですぞ」
「じゃあせっかくだから出撃しとこうか。気をつけてな」
「承知」
~~~蜀 漢中~~~
「てやんでい! 姜維の出番はねえぞべらぼうめ!
てめえじゃ相手にならねえぞこの唐変木が! おととい来やがれってんだ!」
「く、くそ! 王平ごときに遅れを取るとは……」
「ここは危険だ。後退し司馬懿の後続部隊と合流すべきだ」
「しかしここでおめおめと引き下がっては私の面目が立た――」
「背後を取ったぞ! 魏軍を殲滅しろ!」
「好機」
「面子にこだわっている場合ではない。
私の知恵袋その八十三によるとこのままでは全滅するぞ!」
「じ、冗談じゃないわ。曹爽、私は先に逃げるからね!」
「くっ……。姜維どころか先鋒の王平に負けて帰ってきましたなどと、
どの面下げて司馬懿に言えばいいのだ……」
~~~魏 洛陽の都~~~
「曹爽の馬鹿め。ろくに実戦経験もない取り巻き連中をつれて遠征なんかして勝てるものか」
「軍権を任された司馬懿に対抗するため戦功が欲しかったのだろう。
彼は曹叡陛下の側近で、曹真の子だから出世しただけの人間だからな」
「ウオンウオン!」
「しかもあいつめ、今度は政治的に司馬懿を追い落とそうとしてやがる」
「いえいえ、そんなに曹爽様を悪く言ってはいけませんよ。
このたび私に太傅という素晴らしい地位を与えてくださいましたし――」
「それが曹爽の陰謀だろうが!
お前を名誉職に追いやって実権を奪うつもりなんだ」
「私も曹爽の画策で曹叡陛下には疎まれたものだ。
司馬懿を陥れることなど赤子の手をひねるようなものだろう」
「ガルルルル……」
「ったく。さすがの俺も酔いが覚めちまうぜ……」
「私もいい年齢だしこのあたりで隠居するとしよう。
司馬懿、お前もそうするといい」
「へ? いえいえ私は劉曄様に比べればまだまだ働き盛りです。
曹爽様の御恩に報いるためにもますますはりきって――」
「このままじゃ暗殺されてもおかしくないから、いったん身を引けと言ってるんだ!
こんな時に限ってポジティブになりやがって!」
「は、はあ……。政治は難しいですな」
「しばらくは曹爽の好きにやらせよ。楊阜がいればこれ以上は滅多なことはさせまい。
隙を見て、後はお前たちでなんとかしろ。次の世代の仕事だ。
我らの守った魏を滅ぼすなよ」
「……努力しますよ」
「ウガアアアアアッ!!」
~~~山東~~~
「甘いぞ! 関索!」
「ね、姉さん……。
俺の行く先々で助けてくれた謎の覆面忍者の正体が、まさか関銀屏姉さんだったなんて」
「私は亡き関平兄さんの指示で、呂常を追っていた。
ヤツは伝説の神獣・蚩尤を蘇らせこの世界を破滅させようとしている」
「う、嘘だ……。あの平和を愛する呂常師匠がそんなことをするはずが――」
「まだ目を覚まさないの関索? 鮑三娘もあの男の手に落ちたのよ。
呂常はあたしたちの敵なのよ!」
「…………師匠」
「だからお前は阿呆なのだああッ!!」
「現れたな呂常!」
「もはや手遅れだ。デビル蚩尤の復活は誰にも止められん。
あの娘を生体ユニットとして蘇ったデビル蚩尤が世界を変えるのだああッ!」
「索にゃん…………」
「三娘!? そこにいるのは三娘か!」
「索にゃん! あたしのことはいいから逃げて!」
「そんなわけには行くかああッ!
呂常! もう俺は貴様を師匠だとは思わん! 三娘を返せええッ!!」
「ならばこのワシを倒してみよ!
喰らえ! ナイトメア・フィンガァァッ!!」
「ばぁぁく裂! ホット・フィンガァァッ!!」
~~~鮮卑~~~
(何者だ)
「何者でもないです。ただの刺客です」
(無駄だ。心あるものに吾が結界は破れぬ)
「なら心を捨てればいいです」
「な…………ッ!? ば、馬鹿な…………」
「殺したです」
~~~鮮卑~~~
「お疲れ。さすが月英はんや。楽勝やったな」
「朶思大王より楽に殺せたです」
「ははは。鮮卑の王も形無しやな」
「さあ、一仕事終えたばかりで悪いけど、次の依頼が待ってるわよ」
「イキイキしとるな。やっぱり義姉さんは現役の軍師が似合っとるわ」
「いつまでも泣いてるんじゃないって馬超に夢枕で怒られたからね。
あの馬鹿に偉そうに説教されたらそりゃ発奮するわよ」
「いつまでだべってるです非実在未亡人ども。早く次の標的を殺しに行くです」
「あんたも未亡人みたいなもんやろが」
「何か言ったですか」
「いんや。ほなはりきって行こか!
次はウチの弓で標的を仕留めたるで!」
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かくして関索の旅は終局に向かい、黄月英らは新たな旅路についた。
一方で魏は幼帝が即位し、司馬懿は閑職に追いやられる。
呉は孫権が衰えを見せ、蜀は姜維がついに北伐に打って出ようとする。
次回 一一〇 姜維の北伐




