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04 go for it!



 炊きたての白いご飯。

 じわりと脂の乗った焼き鮭。

 香ばしく炙られた海苔。

 薬味によってより引き立つ納豆。

 一晩醤油に漬けられた温泉たまご。

 宝石のようにきらめく善哉。

 完璧である。

 今朝の食卓は、旅館の朝食のように伝統的な陣容を誇っていた。

 洋風も悪くないが、やはり和風が落ち着く。

 熱い緑茶が心地好い。

 まとわりつくような湿気を孕んだ暑さも、いくらかマシになった気分になる。

 まとわりつくといえば。

 いや、こんな思い出し方はおれ自身もはなはだ遺憾に思うのだが、先日のココイチ──「ここ一番星」の件だ。

 まさかそんな、と半ば諦めながら足を伸ばしたわけだが、案の定カレーとは何の関係もない、あんかけ丼専門店という、あったようななかったような全国チェーン店になっていた。

 おれの知るココイチほどには市民権を得ていないようで、他にもあんかけうどんやあんかけお好み焼きなどの系列事業をより多く展開して企業規模を拡大している、らしい。

 なんだこりゃあと思いながらも、美味しくいただきましたけどね、海鮮あんかけ丼(ライス四百グラム・一濃・長ネギの掻揚げトッピング)。

 今日も暑くなりそうだ。



   ☆



 予定通りイチローの部屋に着いたはいいが、まだレナは来ていないようだった。

 暑い。

 この一週間で大学は本格的に夏期休暇期間に入り、気温は各地で毎日のように最高値を更新している。

 さりげなくエアコンの稼動を提案したところ、この一週間で大掃除のためにフル稼働させていたらしく、できることならレナが来るまでは電気代を節約したいとのお返事をいただいた。

 暑い中掃除なんかしてると滴る汗でさらに掃除する手間が増える、ということなんだろうけど、掃除は風通しをよくして行うものではないのか。

 まあこの、遠目からでも光り輝いて見えるキッチンに免じて、野暮ったいことを言うのはやめておこう。

 電気代のこともあるが、暑さによってゲームで時間を潰すのもそれどころではなくだらだらしていると、イチローが思い出したように手を叩いた。


「いいか、落ち着いて聞け。おまえは異世界人だ」

「な、なんだってー!」


 ああ、そんな漫画あったな。

 懐かしいな。

 などと、ひととおり懐かしの漫画談義に興じる。


「で、カレーとやらのことは思い出せたのか?」

「いやいや、思い出すとかじゃなくて、異世界人ってなんだ」


 ずいぶんとあっさり流してくれたが、自分自身のことだ、簡単に流されてやるわけにはいかない。

 イチローは全身全霊で面倒臭いというオーラを放ちつつ、溜息をついた。

 そんなに面倒臭いか。


「異世界人というのは、異なる世界から来た人間ということだ」


 わかっとるわ。

 ……待て、冷静になれ、おれ。

 普段おれをからかって遊ぶという悪癖のあるイチローだが、今みたいにあえて確認するようなときは……真面目なことが多い、比較的、ある程度。

 つまりなんだ。

 カレーがある世界から、カレーがない世界に、ってことか。


「……それはわかるけど、そんなことがありえるのか?」

「パラレルワールド、多世界解釈とか他にも言い方はあるが、要するにカレーがない世界もあるし、考えたくはないが磯辺揚げがない世界もあるかもしれない。つまり可能性の数だけ世界は存在する。その数だけおまえも存在するのかもしれない」


 ……なるほど?

 おれはカレーの世界の住人。

 ここはカレーのない世界。

 もともとカレーという料理がなかったか、何らかの理由でカレーが伝播しなかった世界。

 イチローが言うには、偶然か必然かわからないが、おれは不思議パワーによってカレーがない世界のおれと入れ替わったか、スライドしたか、上書きされたのではないか、ということらしい。


「同一存在間の、しかも意識だけがそうなるのは、固体としてまったく関連性のない世界へと転移なり跳躍することに比べれば、はるかに少ないエネルギーで済むだろう」


 いわゆるデジャヴなんかも、もしかしたら同様の現象の結果なのではないだろうか云々。

 イチローは他にも色々な例や可能性を羅列していたが、おれの耳には入らなかった。


「……おれは、おれなのかなあ」


 ふと、そんな言葉がおれの口から漏れた。


「不安なのか?」


 おれにもそれがどういう意味か、よくわかっていない。


「わからないよ。カレーがないこと以外何も変わらないし、おまえはいつもどおり性格悪いし、レナはマジ女神だし、あんこだってある」

「つまり、おまえにとって、おれはおれなんだろ?」


 イチローは、イチロー……。

 そうだ。

 確かに「このイチロー」は、「おれの世界のイチロー」ではない。

 でも、「イチロー」は「イチロー」だ。


「それは、そうなんだけど」


 何か、重要なことを思い出せないような。

 喉まで出かかっているのに、そこから一ミリも進まないような感覚。


「おれがこの世界に来た意味って、あるのかな……」

「カレーがないぐらいで主人公気取りか。おう、こんなところにひのきの棒が」


 それはすりこぎだ。

 実家からほとんどの家財道具を運び込んでいるだけあって、この部屋には何に使うのかよくわからないものまで揃っている。

 というか主人公扱いするならせめて銅の剣ぐらいよこせよ。

 変に考えすぎるところだったおれを茶化すにしても、もう少しうまいやりようがあったんじゃないか?

 まったく、こいつはしょうがねえなあ。

 とりあえず心の中で「聖なるすりこぎ」と名付けて、破邪の効果を持つ伝説級アイテムということにしておこう。

 玄関から音がした。

 レナが来たんだろう。

 この部屋の主は基本的に鍵をかけない自由人なので、入室の際チャイムを鳴らすなどのマナーは一年以上前に放棄されている。

 まあ今は風を通すために全開放状態なのだが。


「おはよー。今日も暑いねえ……」


 サマージャケットとはいえ七部袖ではそりゃあ暑かろうよ。

 しかし女性というのは冬に薄着して夏は重ね着するなど理不尽が過ぎると思う。

 ファッションといえばそれまでなんだろうが、もにょっとするのだ。

 ……あれ?

 いつもならさっさと定位置に陣取るはずのレナがキッチンとこの部屋の境で固まっている。

 何か忘れ物でもしたんだろうか。


「……大丈夫、わたしわかってるから!」


 突然そう言うと、脱兎のごとく引き返していった。

 忘れ物、ではないような。


「今のどういう意味?」

「……男ふたり。上半身裸。流れ落ちる汗。わかるだろ?」


 暑さを紛らわせるために服は脱いでしまっていたが。

 確かに女神に見せていい光景ではなかったかもしれない。

 夏になるといつもこんなものだったはずだが、レナがこの場面に出くわしたことはなかっただろうか。

 しかしあれは恥ずかしいとかそういうふうではなくて……。

 ……ああ、もしかして、そういう?


「わからないよ! わかりたくもないよ!」


 ある種の人権を疑われているにもかかわらず、まったく動揺する素振りのないイチローにわずかな嫉妬を感じつつ、シャツを引っ掴んでレナを追いかけることにした。



   ☆



 一時間後。

 最寄りの駅からほど近い喫茶店で、どこかアンニュイな空気を纏いつつアールグレイの香気を満喫していたレナを捕獲、先日の「カレーが食べたいです事件」をも超えるかつてない必死さでもって弁明と誤解の矯正に腐心した。

 元傭兵とか元軍人とか噂されている筋骨隆々のマスターに摘み出されたのは言うまでもない。

 どうにかレナはわかってくれたようだが、子供を見守る老人のように優しげな瞳が少し気になる。

 ともあれ、イチローの部屋に戻ってからは何事もなかったかのように今週一週間の成果を報告しあえたので、こちらもこれ以上気にすることはないだろう。


「問題はルーね。原材料がわかればなんとかなりそうだけど……」

「すみません」


 肉と野菜を煮込んでルーを溶かして完成、と言ったらものすごい眼で見られた。

 ある程度料理をする人でも、市販のルーを使わないでカレーを作るというのは一般的じゃないと思うんだ。


「つまり、かいつまんで言うと?」

「色と、辛味と香り。要は香辛料だから、それぞれを探してとりあえず混ぜてみようと思うの」


 ふむふむ。

 なら、シチューにカレー粉を突っ込んでみるのはどうだろうか。

 そのままではあまりにミルキー過ぎる気もするが、実験段階としてはアリかもしれない。

 するとやはり問題は香辛料の種類ということになる。


「それをどうやって探そうか?」

「いい刑事は一年で何足もの靴を履きつぶすそうよ」

「結局しらみ潰しか。手がかりになるものがあればいいんだが」


 そんな冷たい眼で見られても困る。

 レナは最近そういう刑事ものでも見たんだろうか、ドヤ顔がかわいい。

 そういえば。


「馬場ちゃんにも聞いてみようか?」

「そういえば料理研究家の娘だもんね」

「あいつは料理できないけどな」

「なんで知ってるの?」


 馬場ちゃん。

 おれとレナが知り合うきっかけとなったゼミの講師だ。

 つまり、幸子という名前の通り、おれに幸せを運んできてくれたキューピッド(仮)でもあるだろう。

 実家が近く、現在は海外勤務の両親の教え子だったこともあり、歳の離れた幼馴染のようなものだった、とはイチローの言である。

 世間というのは案外狭いものだ。

 レナには教えても構わないとは思うが、一応念のため、らしい。

 たまにやるうっかりミスの対処はもう慣れたものだ。


「問題は色と香りだな」

「辛味はどうするんだ?」

「それには当てがあるんだ。おれはそっちに行ってみるから、ふたりは他を頼む」

「ひとりで大丈夫なのか」

「不安なのか?」

「わかんないよ。カレーがないこと以外何も変わらないし、おまえはいつもどおり性格悪いし、レナはマジめ……だし」

「カレーがないぐらいで主人公気取りか」


 ボディ。

 ボディ。

 ハイタッチ。


「急にどうしたの?」

「そういうわけで二手にわかれよう」


 付き合いも五年になると、このぐらいはできるものだ。


「……まあいいけど。じゃあリッキー、行こうか」


 レナに隠し事をするのは気が引けるが、これも男の友情なんだ。

 多分。



   ☆



 二手にわかれたおれたちは、レナに考えがあるということで三駅離れた市街中心部まで出てきていた。

 電車を降りて徒歩五分。

 非常に立地のよさそうな場所に、目指す店が見えてきた。

 スペイン料理屋、えーと、プロベッチョ? である。

 雑多な街並みの中、周囲との調和を保っていながらも白い壁にビビットな飾り色が存在感を主張している。

 よくは知らないが、いかにもスペインな感じだ。

 若干気後れしながらも、レナに押されて店に入ろうとしたところでイチローから電話がかかってきた。

 何か問題でも起きたんだろうか。

 レナを制して電話に出る。


『おれは自分の才能が怖い』

「切っていいですかね」

『辛味はおろか色の材料まで見つけてしまったよ』

「マジか」

『ウコンって聞いたことあるだろ』

「ああ、チカラで有名な……それって漢方薬じゃなかったっけ?」

『そうか? 凄く黄色くなるって聞いたけど』

「洋食に漢方薬使うかな」

『カレーって洋食なのか? 日本食って言わなかったか? まあ違うなら買わないでおく。こっちはめぼしいもの揃ったから先に帰ってるぞ……せっかくふたりにしてやったんだからしっかりやれよ』


 余計なお世話だ。


「辛いの見つけたから先に帰ってるってさ」

「さすが仕事速いね。わたしたちも急がなきゃ」


 今度こそ、とさらに強い力で押されて扉を開ける。

 カウベルが鳴り、民族衣装っぽい制服の店員さんが席まで案内してくれた。

 知らない雰囲気に身構えたが、入ってみればなんということもない、ちょっと異国情緒に溢れた普通の食事処だ。

 座ってすぐ出された冷たい水で喉を潤しながらメニューを眺める。

 ここはスペイン料理の中でも、特にカタルーニャ、バレンシアなど地中海沿岸部の料理がメインであるらしい。


「なんでここに来たの?」

「パエリアって知ってる? あの色はサフランを使ってるんだけど、凄く黄色いでしょう?」


 まあパエリアくらいは知っている。

 食べたことはないけど。

 でも、あの黄色は凄く黄色いよなあ。


「だから、サフランを使った煮込み料理がないか聞いてみようと思ったの」


 なるほど。

 実家の洋食屋でも色々聞いてみたのかもしれないが、専門ではない土地の郷土料理なんかは守備範囲外かもしれない。

 例えばフランス人がフランスでやってるインドネシア料理屋さんでは、日本の一部地域で食べられている料理のことを知る人はそういない、多分そういうことなんじゃないかと思う。

 料理漫画の主人公が何でも出来過ぎるだけなのだ。

 そうやってあれこれ考えているうちに、レナはひらひらと身軽に動き回っては顔を出した料理人たちから話を聞き終えて戻ってきた。

 いや、おれも行動するべきだったのだろうが、タイミングが悪かったというかなんというか。

 ヘタレですみません。


「どうだった?」


 おれがここに来た意味って、あるのかな……とは思うが、適材適所という言葉もある。

 もっとも、おれの適所がどこなのかはさっぱりわからないが。


「サフラン、摂りすぎると死ぬって」

「え?」


 話を聞いてきたレナの、第一声がそれだった。

 困った顔も魅力的だ。


「特に妊娠中の女性は食べないほうがいいっていうから、多分カレーには使われてないんじゃないかな」

「そっか……死ぬのか……じゃあ、違うね」


 致死量がどれほどかは知らないが、カレーを食べ過ぎて死んだなんて話は聞いたことがない。

 以前、カレーライス大盛りを五杯おかわりしたことがある身としては、ちょっと微妙な気分だ。

 食べ過ぎて死にそうだったのは、この場合と違う問題なので除外しよう。

 若気の至りであった。


「だけど、妊婦さんでも食べられるように、ターメリックっていう代用品があるんだって」

「ターメリック! 聞いたことある!」


 それはなにか、とてもカレーっぽい響きだ。

 何度か口の中でつぶやいてみたが、もはやカレーに使われていたのはターメリックで間違いないだろうという確信がある。


「漢方薬屋さんでウコンって名前で売ってるらしいよ」


 ……うん?

 ウコン?

 あの、チカラで有名な?


「今度は漢方薬屋さん探さないとね」

「……その必要は、ないんじゃないかな」


 いつか欲しいなと思っていたヴィンテージの腕時計を、その価値も知らずに父親が普段使いしていたのに気付いたときのような脱力感。

 気付かなかった自分が悪いのに、なにか納得いかない感じ。

 ああ、いや。

 それよりもイチローに謝らなくては。

 そうだ、ついでにウコンも買ってきてもらおう。

 二度手間になってしまうが、時間的にもイチローが往復したほうが速いだろうし。

 結果的におれたちはご飯食べに来ただけみたいになってしまったが、きっとイチローは許してくれるはずだ。

 だってイチローとおれは、親友なのだから。

 あ、鶏肉とひよこ豆のパエリア、おいしゅうございました。



   ☆



「春ウコンと秋ウコンあったけど、どっちがいいんだ?」


 遅い昼食を堪能して帰ると、そこには修羅のようなイチローがいた。

 あるいはイチローと書いて修羅と読むのかもしれない。

 親友でも許されないことはあるようだ。

 グリグリとか久しぶりに喰らった気がする。

 このグリグリ、うめぼしとも言うんだってね。

 自転車をチャリンコとかケッタマシンとか呼ぶような地域差?


「何が違うの?」

「さあ? リキ舐めてみろよ、カレー味かもしれないだろ」


 こめかみの痛みに悶えていたら、いつの間にか話が進んでいた。

 まあそうだな。

 濃い黄色の粉末が入ったビンから少しずつ出して、匂いを嗅いでみる。

 ……おや、意外と、物凄く薄いが、カレーの香りの一部のような。

 続いて味のほうはどうだろうか。

 ……うん、別にこれといって、ってうわ。

 これは……。


「秋ウコンは苦い。春ウコンはもっと苦い」


 うん、そうとしか言えないな。

 じわじわくる。

 じわじわきてずっと残る感じ。

 他の味は何もわからない。


「どっちがカレーっぽいんだ?」

「……どっちもどっちだけど、秋のほうがいいと思う」


 春ウコンは苦すぎる。

 もはや罰ゲームだ。


「お湯沸かしてきたから、溶かしてみよう」


 キッチンに立っていたレナが、ビーカーにお湯を入れて運んできた。

 なんでこの家にはビーカーが普通に置いてあるんだろうか。

 透明だしコップではちょっとアレな気がするからいいんだけど。

 早速湯気の立つお湯に秋ウコンの粉末を投入していく。

 正式名称は知らないけどガラスの棒はないのか?

 探せばありそうだが、あれがあると本格的に理科の実験染みてきて妙にワクワクするじゃないか。

 とりあえず、そこらにあった割り箸で混ぜることにした。


「黄色いね」

「黄色いな」

「……黄色すぎる」


 まさかこんなに黄色いとは。

 最近見かけないスポーツドリンクのような色である。


「黄色じゃないの?」

「いや、もっとこう、茶色というか、茶褐色というか」


 そりゃ確かに黄色って言ったけど、こんなソリッドなイエローではない。

 茶色と言うべきだったのか、しかしそれもどうなんだろう。

 醤油とかソースとか持ってこられても困るしなあ。

 どうしたものかと悩んでいると、イチローがなにやら真っ赤な粉末が入ったビニール袋を持ってきた。


「これ、パプリカの粉末なんだけど、混ぜてみるか?」

「なんでそんなもの持ってるの?」


 それとその量はどういうことなの?

 粉末だからそれほどの重さはないだろうけど、塩の一キロパックぐらいのビニール袋だ。

 業務用か?


「いやそれが、チリパウダーと間違って買ってしまってな」

「それ結構アリかも。試してみる価値はあるんじゃない?」


 いやしかしパプリカって……。

 ピーマンみたいなやつだっけ?

 そもそも黄色に赤を混ぜたらオレンジ色になるじゃないか。

 まあものは試しでやってはみるけど。

 封を切られたパプリカの袋から、プリンか何かについてきて使わなかったのだろうプラスチックのスプーンでひと匙すくう。

 調色師ばりの真剣さで少しずつ赤い粉をビーカーに落としていく。


「……あれ? この色って」


 赤を入れる。

 黄色を増やす。

 もう少し赤を足す。

 さらに黄色。

 お?

 これはもしや。

 そうか、濃さの問題か。

 純粋な原色でもないわけだから、色を重ねればくすんでいくのだ。

 市販のルーとまでは言わないが、グルメ雑誌で見るような本格カレーがこんな感じの色だったのではなかったか。


「これです」

「おまえはこれが黄色だと言うのか」

「茶色ね。どう見ても華麗じゃないわ」


 袋叩きである。

 おれもちょっとこれを黄色とは言い張れないような気もしないでもないから、甘んじて受け入れよう。

 だが、だからこそ。


「……それにしても、この色はウコン色というより」

「言わせねえよ!」


 言わせてなるものか!

 これはカレー色であってそれ以外の呼称は認めない!


「……この色で合ってるんだよね?」

「言いたいことはわかるけど、本当にこの色なんだ!」


 レナまでもが疑いの眼差しを送ってくるが、こればっかりはどうしようもない。

 というかビーフシチューやハッシュドビーフと大差ないじゃないですか。


「それよりイチロー、辛いのはどうするんだ? パプリカを買ってきちゃったんだろ」


 おれがそう言うと、待ってましたとばかりにイチローの唇が歪んだ。

 いやな予感がする。

 そう、この部屋に戻ってきてから、はじに寄せられて白い布が被せられたサイドテーブルをなるべく意識しないようにしてきた。

 そこにはなにか触れてはいけないようなものが眠っている。

 だから、ああイチロー、その布を取ってはいけない。

 ……おれの必死の願いも届かず、怪盗が翻すマントのように、イチローは覆いを取り外した。

 そこには、色とりどり大量の唐辛子が。

 何が違うのかわからないが、ひとつひとつ丁寧に、嬉しそうに解説するイチロー。

 全十八種、計二万円の成果であるという。

 そんな金があるなら、おれ弄りに使ってないで電気代に回せよ。

 その後のことは……。

 翌朝まで苦痛を味わった、とだけ言っておこう。



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