クロノス・クラック
未来時計クロノスの導入により、人間は考えるのをやめた。
誰もが失敗をしない、完璧な未来を手に入れた。
しかし、どんな完璧な世界にも歪みは発生する。
「今日こそ、頼むぜ……」
左腕に嵌められている、ロゼッタと呼ばれる腕輪の中央の銀色の板をスライド。
反応ナシ
つまり、クロノスは今日も機嫌が悪い。
この世界では、誰もがクロノスの未来予測に従い行動する。
しかし、何らかの理由によりクロノスの機嫌を損ねてしまった人間は、アルカディアと呼ばれる施設に拘留されてしまう。
この施設を出るためには、ロゼッタを正常に作動させる必要がある。
「神様ってのは、ポンコツだな」
黒髪の少年が呟く。
「まーた、ミトラは……」
呆れた声の金髪の少年は
「そんなんだから、刑期のびるんだよ」
肩を竦める。
「うるせー、シオン。テメェも同類だろ!!」
「まあ、そうなんだけど。少し、落ち着いて」
今にも噛みつきそうなミトラをなだめると
「機嫌の悪い神様のことは放っておいて、お菓子でも食べようよ」
「お菓子?」
ここでそんもの食えるのか、とミトラは首を傾げる。
「お友達も一緒にって、レア様が招待してくれたんだ」
「レア様?」
「ふふ、貴方とお話しするのは初めてね」
背後から澄んだ声。
絹糸のように細い銀髪、優しそうな同色の瞳を持つ美女。
透けるように白い肌、そして何よりーー
(胸がデカイ……)
年頃のミトラは、一瞬にして目を奪われた。
「ここでの生活は退屈でしょう」
レアはミトラの頬に触れ
「だから楽しく、お茶会をしましょう。美味しいお菓子も沢山あるわ」
(なんだろ、この人……怖い)
優しそうに見えた銀色の瞳は、頭の中を探られているようで気味が悪い。
「お、俺は行かない」
言葉と同時に、ミトラはレアの腕を振り払う。
「お、おい、ミトラ!」
シオンが呼び止めるのも聞かず、ミトラは逃げるように白く無機質な廊下を走る。
「すみません、あいつあれで人見知りな所があるっていうか……」
「構わないわ、仲良くなるには少し時間が必要ね」
薄っすらと唇の端をつり上げると
「やっぱり、要らないわ」
静かな声で、レアは呟いた。