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イクス・サーガ  作者: 吉藻
第1章 転生して貴族の子供として暮らしています
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1話 ルルリア

『ネコ耳メイド………?』


 ベッドの上に寝ている苦しそうな少年――――私が仕えているシルヴィア様のご子息がそう口にしました。

 意味のないうわごとでしかなかったのかもしれません。

 ですが私には不思議な呪文のような言葉に聞こえました。


 私はウェリンディア子爵家に仕えるメイドです。正確には子爵様の第二夫人のシルヴィア様に仕えています。

 シルヴィア様は平民の更には獣人である私に対してもお優しい女神のような方です。

 夫を亡くして路頭に迷いかけた私をメイドとして雇ってくれた恩人でもあります。

 とてもお慕いしているのでございます。

 そのシルヴィア様のご子息であるライン様が原因不明の高熱で寝込まれてしまいました。

 心労で憔悴されたシルヴィア様をなんとか休ませて、私がライン様の看病を代わっていたのです。

 その時にライン様が目覚めたのです。



 高熱から目を覚ましたライン様はしばらく様子がおかしかったのです。

 こちらの言葉を理解できない様子で私やシルヴィア様のことも分からないようでした。

 その視線はキョロキョロとあたりを見渡して忙しない。

 医者が言うには高熱で記憶が混乱しているとのことでした。最悪の場合は元に戻らずに廃人になる可能性があると。

 なんてことを言うんでしょうか。このヤブ医者は。シルヴィア様が悲しい顔をされてるじゃないの。

「奥様。大丈夫ですよ」

 私はシルヴィア様を励まします。


 幸いなことに医者の懸念は取り越し苦労でした。当然です。

 三日ほど経ってライン様の病状が安定すると、熱が出てた時の様子が嘘のようにライン様は元の可愛らしい子供へと戻られたのです。やはりあれは高熱に寄る異常行動だったのでしょう。

 元気になったライン様は少し大人しくなったようです。

 子供というのはもう少し我侭で自分勝手なのですが、とても物分りが良くて静かにしています。もしかしたらまだ体調が戻ってないのかもしれません。

 それからシャイになったように思います。

 私が抱き上げて膝の上に乗せるととても恥ずかしそうにしてます。奥様に似てとても可愛いです。なんか目覚めそう………。


 シャイなライン様ですが、好奇心は人一倍強いようで、私の尻尾に夢中です。

 私が歩いているのを見ると尻尾を目で追っています。

 あまりに興味津々なので触らせてみました。最初はおそるおそるといった感じでしたが、最終的には尻尾を掴んで頬擦りしてきました。

 いやぁん。あんまり摩られると独り身には厳しいです。五歳にして女性を惑わすこの手並みは末恐ろしいです。

 獣人の尻尾は本来は性的な意味が強いので気軽に触らないように教えようと思いましたが、気持ちいいのでしばらくは黙っておきましょう。


 私は猫の獣人―――猫人族ですが、獣人にはいろいろな種族がいます。猫に加えて犬人族、狐人族、兎人族、熊人族が有力な種族でしょうか。

 それぞれに独自の文化を形成している上に独立心が強くまとまりがありません。それゆえに人間の社会において確固たる地位を築きにくく平民が多いのです。

 そういった事情から人族の中には獣人を差別してる人もいると聞きます。幸いにもこの町ではそのような人はいませんでしたし、生活苦の私を助けてくれたシルヴィア様のように親切にしてもらった方が多いです。

 人族や獣人の他にもエルフやドワーフといった種族もいます。この4種族をまとめて人間と言います。割合的に人間の7割が人族のために人間といえば人族のような使われ方をすることも多いのですけれどね。

 人族が多い理由として異種族婚で生まれる子供は人族が多いからだと言われています。俗説ですけど。



 私には娘がいます。ライン様と同じ年の五歳で猫族の獣人で名前をリリアと言います。

 住み込みで働いている私と一緒に子爵家の屋敷に住んでいます。

 実はシルヴィア様は子爵様の第二夫人でして、別館にひっそりと住んでいるのです。子爵家とはいえ別館ですから私のような平民のメイドも住み込みで一緒に生活させてもらっているのですけれど。

 この屋敷には主人のシルヴィア様とご息女のフレデリカ様、ご子息のライン様、そして住み込みのメイド達がいます。

 リリアはメイドの娘として少し特殊な立場なので部屋で留守番してもらっていました。

 それを気遣ってもらったのでしょう。

 シルヴィア様がリリアをライン様の遊び相手として指名してくださったのです。


「ラインは子爵家を継ぐこともありませんし、将来的には騎士か文官になるでしょう。庶民の方々と壁を作ってはいけませんからリリアと仲良く友達になってもらいたいのですよ」

 実はシルヴィア様も身分の高くない騎士の娘から子爵夫人になられたので、平民の私や他のメイド達にも屈託無く話しかけていただいています。同じ年の子供がいることもあり私は特に話し相手になったりしていました。

 そしてリリアがライン様の遊び相手に指名されたことで、私はライン様の専属メイドのような立場になっていたのです。

 ライン様が高熱で寝込んでいる時に看病をしていたのはそういった経緯があったのです。



 病状が回復したライン様は元気そうにリリアと遊んでいます。

 具合の悪い様子は見られません。

 今日から大丈夫でしょうか。

 ライン様をお世話している上で役得が一つあります。しばらくお預けをくらっていたのでとても楽しみです。


「あ、あの……一人で大丈夫だから」

「いけませんよ。私がお世話します。それに私もリリアも楽しみにしているのです。私達のためと思ってお願いします」

 恥ずかしがって渋るライン様にお願いする。

 病気から回復してからシャイになったとは感じていましたが、これだけは譲れないのです。ライン様のお世話という名目で私とリリアは毎日のように入れたのです。他のメイドは三.四日に一度の交代制なのです。

 こんな気持ちのいいことは可能な限り続けて行きたい。せめて後五年くらい。


「それでは脱がしますよ」

 私はライン様の服に手をかける。

 そう今日からお風呂解禁なのです。



 お風呂に入る習慣はあるのですが、家にお風呂があるのは貴族か豪商くらいのものです。庶民は合同浴場を利用しますが、普段は体を布で拭いたり水浴びしたりで浴場を利用するのは十日一度くらいでしょうか。お風呂好きでお金に余裕のある人は頻度が多いらしいですが。

 私もシルヴィア様にお仕えするまではお風呂は滅多に入れませんでした。今はライン様の世話のためにほぼ毎日入れるのです。更にシルヴィア様の好意によりリリアも一緒に入れていいことになってます。この既得権益は譲れません。


 ライン様は私が服を脱がすと手で前を隠して浴室へと走っていきました。照れているのが可愛いです。

 脱衣所にて私とリリアは全裸になりました。リリアは一人で着替えも出来ます。服を脱ぐとライン様を追いかけるように浴室へ入っていきました。

 浴室は公衆浴場ほどでありませんが数人で入っても十分な広さです。床は大理石で出来ていて豪華な雰囲気です。滑りやすいですが。

 あっ、リリアが滑ってしまいました。桶でお湯を被っていたライン様に近づこうと小走りだったのがいけなかったのでしょう。水に濡れた大理石は滑るので注意するように再三言っているのですが。

 リリアは滑ってバランスを崩して前方に倒れていきます。その方向にいたライン様を巻き込んで二人で一緒に倒れてしまいました。


「リリア! 何してるの」

「いたた………ライン大丈夫?」

 リリアはライン様にタメ口ですが、シルヴィア様の意向で友人として付き合ってもらいたいとのことなのでそのままにしています。ですが、ライン様に失礼なことをしたら叱らないといけません。五歳とはいえ男女が裸で絡み合ってるのは………幼児だと微笑ましくて悪くないわね。

「いた……あっ、うわっ、リリア何してるの! ど、どいて」

 リリアに押し倒されている形になっているライン様がパニックになっています。顔を真っ赤にして手をバタバタと振っています。リリアが立ち上がり、ライン様も立ち上がろうと手を伸ばしています。

 ライン様が間違えてリリアの尻尾を握ってしまいました。

「ふにゃぁ」

 リリアが力が抜けたように腰を落して座り込む。急に尻尾を強く握られると力が抜けるのよね。

 あっ、リリアがライン様の顔の上に座り込んでしまっている。おマタのところで口を塞ぐようになっててライン様が息が出来てない。

 私は慌てて救出した。


「自分で洗えるよ」という言葉を聞き流して、石鹸を使いライン様の体を隅々まで綺麗に洗う。

 ちゃんと仕事しないとお風呂という特権がなくなりますし。

 逃げようとするので片手でがっちりとホールドして背中からくっつくように洗う。

 私の胸が背中にべったりと張り付いているのが恥ずかしくて仕方がないらしい。「は、離して。逃げないからっ」と言ってるけれど、子供の言う事は信用出来ないので離しませんよ。

 片手で上手く洗えないでいたらリリアが手伝ってくれました。これなら私はライン様を押さえつけるのに専念できますね。

 両手を使い背後からがっちりと捕まえる。バタバタするライン様をリリアが正面から石鹸で洗う。

「リ、リリア、そこはいいからっ!」

 あらあらまあまあ、リリアは女の子には無い部分に興味津々なようですね。


 ライン様の全身をきっちり洗いお湯ですすいだ後で三人で湯船に入りました。

 まさに極楽気分です。

 そんなに長くお湯に浸かっていたわけではありませんが、お風呂から上がったライン様はぐったりしていました。

 湯当りでしょうか?




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 シルヴィア様にはライン様の他にもう一人お子様がいらっしゃいます。

 ライン様の三歳年上の姉であるフレデリカ様です。

 フレデリカ様はとても活発で幼い頃から外を走り回られていました。ライン様が比較的大人しく部屋で絵本を読んでいるのとは対照的です。


 高熱から回復されたライン様は魔術に興味がわいたらしく、シルヴィア様にいろいろと質問されてなさってます。魔力を消費しすぎると危険なため、子供にはあまり教えられないのでシルヴィア様も苦慮なさっているようです。

 人の体内には誰でも魔力があります。子供のうちはそれを意識して体内で動かすということしか教えてはいけません。

 魔力を体外に放出して魔力が枯渇しますと、最悪で命にかかわります。自制心のない子供に教えるのは危険すぎるのです。


 魔術を教えてもらうのをライン様は諦めたようですが、その代わりに本を読むようになりました。絵本ではなく難しい本もです。

 使っていない書斎の方にも出入りしているようですが、あそこは亡くなられた前子爵様が使っていた書斎で難しい魔道書が置いてあるところです。読めないでしょうが雰囲気だけも楽しいのでしょうか。

 簡単な文字しか読めない私からすると凄いと思うと同時に何が楽しいのだろうと不思議にも思います。



 ライン様が高熱から回復されて数ヶ月が経ち、新しい年になりました。ライン様は六歳になります。

 この国、ナディングラ王国―――――いえ、イクス連合王国の習慣として六歳と十二歳は大きなお祝いをします。六という数字に神聖な意味があるのです。

 十八歳というのも成人を意味しますが、それより先に社会に出る子も多いので家庭ごとに祝ったり祝わなかったりします。なので六歳と十二歳の誕生祝いよりは小規模になりますね。

 ライン様も子爵家のご子息ですので綺麗な服を着飾って盛大なお祝いをしまていました

 僭越ながら娘のリリアも六歳ですので一緒にお祝いさせてもらっています。

 イクス連合王国では誕生月の五日に合同で誕生祝を行ないますので、領主様の身内と誕生月が同じということは一緒に祝ってもらえてお得なのです。



 ライン様は六歳になっても部屋で本を読んでいることが多いです。

 リリアもライン様に付き合って部屋で遊んでいます。

 シルヴィア様が言うにはとても賢くて文字の読み書きなどの幼い子供に教えなければならないことは自力で覚えてしまったとのことでした。家庭教師をつけての勉強も考えられたそうですが、子爵様にまだ早いと言われたそうです。通常なら十歳くらいからですからね。


 さすがに部屋で本ばかり読んでいるのも子供らしくないと思われたシルヴィア様は、フレデリカ様にライン様を外に連れ出して遊ぶように頼みました。

 フレデリカ様は喜んでライン様を外に連れ出します。

 リリアもその後を付いて行き、子供達だけで本当に楽しそうです。


 話によると魔力による肉体強化の練習をやっているそうです。

 リリアもまだ六歳なのに魔力による肉体強化――――強化魔術―――がとても上手になってきました。フレデリカ様の教えがいいのでしょうか。

 さすがは八歳にして町の子供たちを従えているだけあります。

 帰宅したライン様がいつもグッタリとしているのが気になりますが。



 ある日、フレデリカ様がライン様を怪我させて帰ってきました。

 軽い怪我でしたので治癒魔術で治されましたが、フレデリカ様はシルヴィア様に怒られてしょんぼりしています。

 ライン様に謝るように言われたフレデリカ様は「ごめんなさい」と謝っています。

 微笑ましいですね。


 それにしても外で遊んできたのでライン様もかなり埃っぽいです。

 これはお風呂に入れなければ!

「ライン様のお風呂の時間ですが、よろしいでしょうか?」

 私の日々の楽しみの時間です。


「今日はあたしがラインをお風呂に入れてあげるから、いいよ!」

 突然、フレデリカ様がそう言われました。

 ショックで目の前が真っ白です。

 私の至福の一時が………。

「リリアも一緒にお風呂に入る?」

「うんっ」

 ああっ、リリア………私の分までお風呂を楽しんでおいで……。


 そんな風に和気藹々としているフレデリカ様とリリアを横目にライン様がため息をついています。

 ライン様は恥ずかしがりやですからね。

「ラインはお姉様とお風呂に入りたくないの?」

 フレデリカ様がライン様に顔を近づけながら聞いています。

 睨むような視線にライン様が首をぶるぶると横に振って答えました。

「い、いえっ……滅相もございません」

 こうしてライン様はお風呂場に引きずられて行きました。


 本日もウェリンディア子爵家は平和なようです。

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