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 なにげなく振り返ると日めくりカレンダーに目が留まった。三月五日を示していた。基弥はひとつ溜め息を洩らす。


 早く父が退院できるといいんだけどなぁ。


 もう一度、溜め息を吐き捨て、畳へ寝そべり大の字になって天井を眺めた。なんだか眠い、いまにも瞼が引っ付いて閉じてしまいそうだ。思ったよりも疲れているのだろうか。そうなんだ、疲れているんだ。母もきっと同じなんだろうな、疲れきった顔でボーッとしている。今日は、父の兄弟が全員集まって病室がいっぱいになっていた。息を切らして、笑みを浮かべて話しをしていた。大丈夫だろうかと心配にもなったが、嬉しそうだったな。酸欠気味なのは見て取れた。きっと、今頃は、ぐっすり鼾でもかいて寝ているだろう。楽しい夢でも見ていたら、いいけどな。


 ふと親戚一同で旅行に行ったときのこと思い出す。懐かしいな。冗談ばっかり言う叔父に付き合いバカ話をする父の姿、笑いが耐えない楽しい一時。それが今では……入院なんて。基弥は、天井に吊るされたリング状の蛍光灯を眺め、変な冗談を口にした父の言葉を思い出す。


「まるで、葬式の予行演習みたいだな」


 なんて、縁起でもないことを。そんな冗談言えるくらいだから、きっと大丈夫に違いない。嫌な予感も拭い去れないが、久しぶりの兄弟との会話に、つい出た冗談だと思いたい。大丈夫だからこそでる冗談だと思いたい。そう思いながらも、不安が過ぎる。


 父は、まだ、長生きできるはずだ。回復に向かっているはずだ。酸素マスクも簡易的なものに変わっていたことが物語っている。


 順調だ。あとは、食事ができれば問題ない。

 父は、一ヶ月もすれば退院できる、きっと。


 先生は、見た目以上に病状は悪いみたいなこと言っていたけど、大丈夫なはずだ。元気そうだったし、父は、どんな病気したって復活してきたのだから。


 前立腺にガンの疑いがあるなんて言われたときだって、心筋梗塞のときだって、脳梗塞になったって、大丈夫だった。どんな窮地に立たされても、危険だと言われても、笑顔で戻ってきた。


 父は、また、笑顔で帰ってくる。きっと。

 肺炎で入院して、まだ六日。大丈夫だと信じたい。

 リング状の蛍光灯が、チカッと一瞬点滅した。


 嫌な予感がどうしても付き纏う。もしかしたら……。いや、大丈夫だ。頭を小刻みに左右に揺すり、嫌な予感を振り払う。


「基弥、夕飯にしましょう」

「ああ、母ちゃん」


 食卓には、さっき病院から帰る途中に寄ったスーパーで買ってきたパックのままの餃子とコロッケにごはんが用意された。なんとなく、味気ない気もするが、そんなに気にならなかった。母にも負担はかけたくなかったし、食べられればなんでもいい、そんな気がしていた。


 パックのラップを剥がし、餃子をひとつ頬張りながらごはんも詰め込む。

時計の針は、五時半を指そうとしていた。


 ちょっと早い夕飯だが、腹が空いていたせいで、結構食べられる。隣には、落ち着かない様子で、台所と居間のテーブルを行ったり来たりする母の姿があった。 


 いつものことだ。


 違うのは、二人きりの食卓だってことだけだ。基弥は構わずごはんを口に運ぶ。ただ、機械的に食を進めていくだけだ。美味しいとかまずいとか、父のことがチラつき、正直よくわからない。味覚が麻痺してしまっているみたいだ。けど、食べなきゃ。


 入院して六日目、父のいない食卓は、なんだかちょっとだけ寒いような感じがした。


 一人いないだけで、こうも気温が下がるものなのだろうか? 


 それとも、築三十年以上経った古い家だから、少しだけ傾いてきっちり閉まらない窓から冷たい隙間風が入るせいなのだろうか。同じはずの蛍光灯の明かりでさえ暗く感じてしまう。


 基弥は心配でならなかった。大丈夫だと思いながらも、嫌な考えは拭い去ることはできなかった。


 点滴だけで、食事もできていない父は、やはり、体力が落ちているのは間違いない。腹は減らないなんて言っていたけど。それって、正常じゃないような……。


 そういえば、カルピスが飲みたいなんて言っていた。少しなら飲んでもいいはずだと思うのだが、看護師さんの返答は、水を湿らせる程度なら、なんて口にした。


 父が、その言葉にちょっと落胆したような表情を浮かべていたのを思い出す。見た目は元気そうだけど、やっぱり父の病はよくないのかもしれない。そう思えた。父が口にする『大丈夫』というそんな言葉が妙に不安にさせる。


「父ちゃん……」


 今頃、なにしているのだろうか。


 疲れて寝ているのかな、やっぱり。それとも、看護師と話しているのだろうか。また、我慢して大丈夫なんて嘯いていなければいいが……。


 明日は、父の髭を剃ってあげる約束もした。


 大丈夫、心配いらない、大丈夫だ。約束したのだから大丈夫だ。本当に……そうだろうか? 早く明日が来てほしい。


 食卓の餃子を箸でつまもうと腕をのばしたとき、電話がトゥルルルルと鳴りビクつき、基弥は手を止めた。


 また、蛍光灯がチカッと一度だけ点滅する。


 基弥は、テレビ脇の電話の子機を慌てて取る。胸騒ぎがする。真っ黒な闇が、心にとぐろを巻いていくような気がした。


「もしもし、倉重ですが」

「池畑病院ですが」


 ズキンと心を貫く。病院……まさか、そんな……。


「あの、ですね、お父様の具合が急変いたしまして、今すぐ病院のほうに来ていただきたいのですが」

「え、あ、はい、わかりました。すぐ向かいます」

「よろしくお願いします」

「はい」


 基弥は、電話を切り、母に父の急変を伝えた。

 はずれてほしかった予感が的中してしまった……。


 テーブルの残った餃子とごはんにティッシュペーパーを被せると、電気を消し車へと乗り込んだ。走行中、兄に連絡をとるのを忘れてしまったと気づいたが、病院に着いてからかけることにした。


 父は、大丈夫だろうか?

 今回ばかりは、奇跡は起きないのでは……そんな考えが頭を過ぎる。


 基弥は、嫌な考えを振り切り運転に集中することにした。事故を起こすわけにはいかない。


 病院に着くとすぐに、携帯電話を手に取った。兄に連絡しなくては。

 兄はすぐに電話に出た。家までもう少しのところだったらしいが、病院へと戻ると返答があり、電話を切った。親戚にも連絡してもらうことになった。


 携帯電話には親戚の電話番号は登録していなかった。家だったら電話番号はわかったが、もうすでに病院に来てしまっていた。兄に頼むしかなかった。


 病室に入ると、人工呼吸器の管を加えた父の姿があった。昼間見た笑顔は消え去り無表情の父の顔がそこにある。

何時間か前、普通に話していたのに。なにかの間違いだと叫びたい。手足は紐で縛り固定されている。


 苦しさのあまり暴れでもしたのだろうか? 

 胸がギュッと締め付けられ身体が硬直する。


「父ちゃん」


『葬式の予行演習』という言葉が頭を掠め通り過ぎていく。そんなことあってはならない。助かるに決まっている。冗談だと言ってくれ。笑顔も返事もしてくれない父をただ眺めることしかできなかった。


 あの言葉は、冗談じゃなかったのかもしれない。もうダメだとわかっていたのかもしれない。そう思うと目頭が熱くなる。なんで、いつも、大丈夫じゃないのに、大丈夫だなんて口にするんだ。目を開けてくれよ。お願いだから……。


 今ベッドにいるのは父ではない。そこにいるのは、別人に違いない。そう思いたかった。


 人工呼吸器をつけている父は、機械が酸素を送っているせいなのか、自分で息をしようとしているせいなのか頭を上下するように動かしていた。見ているのが、辛い。


「父ちゃん」


 基弥が声をかけても、やはり返事はない。意識不明なのだから……。

 担当医師が病室へ顔を出した。


 基弥は、すぐさま先生に詰め寄り「先生、助かりますよね。大丈夫ですよね」と言葉を投げかけていた。


「正直、厳しいですね」

「でも、助かる可能性はゼロじゃないですよね」

「ええ、ゼロではありません」


 医師は険しい顔つきだったが、基弥は、その言葉に納得し心を落ち着かせようと努めた。


 母は、父の手を持ち、マッサージでもするように揉んでいる。少しだけだが、手足が動いている。それが、唯一の救いだった。


 きっと大丈夫だと。


 看護師さんが、ペットボトルにお湯を入れて持ってきた。手足を温めるために。


 脈拍も酸素量も大丈夫だ。父も自分の力で息をしている、大丈夫だ。機械の表示する数値がそれを物語っている。


 復活してくる。絶対、復活してくる。神様にだってお願いしてきたんだから、爺ちゃん、婆ちゃんだって、きっと父を守ってくれているはずだ。天国から、追い返してくれるはずだ。


 基弥は、父の右手を握り祈った。母は左手を涙ぐみながらもマッサージし続けている。


 父の手は、冷たくなっていた。温かいペットボトルも役に立っていないくらい体温が低下している。

大丈夫って言ってくれよ……。しっかり父の手を握り、心の中でそう叫ぶ。


「ちょっといいですか」


 先生に呼ばれ、別室へと向かった。肺のレントゲン写真を見せてくれた。今朝撮ったものらしい。


「肺炎のほうなのですが、ここを見てもらえば分るとおり、白い影がなくなってきているのがわかると思います。肺炎はよくなっているんです。ですが……心臓のほうが、三分の一くらいの機能しか果たしていないようです」


「三分の一、ですか? それって、大丈夫なんですか?」

 大丈夫なわけがないと思いつつ、基弥は心の中で祈りながら口にする。


「ええ、まあ、心臓というのは不思議なもので、三分の一でもある程度機能を果たしてくれると言えることは言えるのですが……。ここは見守ってあげることしかできません。やれることは、すべて処置しておりますので」


「そうですか……」


 肺炎は治りかけている。だが……父の心臓は、悲鳴をあげている。

心臓のバイパス手術をしている父の心臓は、肺炎にかかったことで弱ってしまったんだ。いや、逆かもしれない。術後十年経っている父の心臓は、なにもなくても、機能低下していたのかもしれない。その結果、肺炎を引き起こす引き金になってしまったとも考えられる。


 勝手な想像だが、先生の話を聞いて基弥はそう思った。心臓バイパス手術をして十年生きるというのはすごいことらしい。今思えば、十年前、あのとき、父は亡くなっていてもおかしくなかった。集中治療室で青白い顔をして寝ている姿は、危険だと告げていた。手術してくれた先生の腕がよほどよかったのだろう。奇跡的な生還を遂げたときは、心が躍った。父の笑顔をもう一度見られたことに、ありがたかった。


 でも、今は……。


 父は糖尿病でもある。血糖値が三百を越えているらしい。インシュリンもあまり効果がでていなかったようだ。

心臓機能低下、肺炎、糖尿病。

最悪だ。


 それでも、まだ大丈夫だと信じたい。

 復活してくると信じたい。

 『大丈夫』という言葉をもう一度聞きたい。

 心の中は祈りでいっぱいだった。


 病室に戻り、基弥は、父の足を擦ったり足の裏をマッサージしたりして復活を願った。


 冷たい、足が冷たい。

 さっきまで動かしていた手足も今は反応がない。


「父ちゃん、聞こえる。ここにいるからね、大丈夫だからね」


 基弥は、足を擦るのをやめ、ベッドを回り込み顔の見える位置に行って耳もとで話しかけた。


 もちろん、返事はない。


 額に手を置くと、やはり冷たかった。汗をかいているのに、冷たかった。


 これって……ダメなんだろうか。脳裏にふと嫌な思いが浮かんでしまう。いくら頭を振って吹き飛ばそうと頑張ってみても、頭の中の暗雲は払いのけることができなかった。今にも雨を振り出しそうな空模様が心の中に広がっていた。


 夜の九時になろうとしている頃。


「脈拍が乱れています、家族の方は、そばにいてあげてください」


 看護師のその言葉が、耳を貫いた。聞きたくない言葉だった。脈拍がおかしいのは機械の数値を見れば一目瞭然だった。

数値が安定していない。


 どうみても、おかしい。二百を超えてみたかと思えば、六十前後の数値を表示する。


 あきらかに、おかしい。機械の故障じゃないのか? なんてことは、ありえないよなと項垂れる。


「父ちゃん……」


 真っ白な病室が一瞬黒ずんで見えた気がした。


 病室のベッドに先生も駆けつける。諦めきれない。復活してくれ。頼むから……。


 兄貴も母ちゃんも、表情が暗い。

 どうにかならないのだろうか? 


 最先端技術の病院だったらと思ったりもする。だが、寿命というのは変えることができないのもわかっている。父の寿命は……。


 基弥は、肩の力が落ちていくのを感じていた。


 ん? なんだ?


 黒い影が一瞬目の前を通り過ぎた気がして、基弥は顔を上げた。父のほうから窓側へと。変だなぁと思いつつも気のせいだろうと、あまり気にしないことにしようと思い、父に目を向けた。


 また、目の片隅に、なにかが動いた気がした。もちろん、誰の姿もない。 幻覚を見るなんて、疲れが溜まっていたのかもしれない。

 父の脇にある機械が、いきなりけたたましくアラーム音を鳴り響かせた。 耳を塞ぎたくなる聞きたくない嫌な電子音。


 その音とほぼ同時に心停止という先生の声が、空気を重く沈ませた。どんよりと粘着質の泥沼へと身体が沈んでいくようだった。


 病室では、機械を準備している先生と看護師。


 どうやら、心臓に電気を流すみたいだ。テレビでよく見るシーンだ。四角いアイロンみたいなものが二つある機械を持ってきて、先生が両手に持ち擦り付ける。


「離れていてください」


 四角いアイロンが父の胸に押し付けられる。

 父の身体が上下に揺れる。機械には数値はでない。反応がまったくない。


 なぜだろう、基弥には真っ白な病室で行われている光景が他人事のように思われてならなかった。もう一度、父の胸に機械が押し当てられる。やはり、反応はなかった。機械を押し当てる音だけが、虚しく病室内に広がっただけだった。


 夢を見ているのではないだろうかと錯覚する。


 父は逝ってしまったのか? 戻ってこないのか? もう二度と会えないのか?


 ウソだよな、ウソに決まっている。だって、明日、髭剃る約束したじゃないかよ。笑って話していたじゃないかよ。おかしいじゃないかよ。なんで、だよ。肺炎よくなっているって言ったじゃないかよ。


 心の声は、胸の中に影を落していった。


「二十一時十九分、ご臨終です」


 父の人生は、幕を下ろした。

 時間が、すべて止まってしまった気がした。思い返せば、このとき、別の世界の扉が開いたのかもしれない。


 もしかしたら、復活を遂げた父のいる世界がどこかで存在しているのかもしれない。

 そんな気がする。


 誰でもいい、そんな世界があるのなら、連れて行ってくれ……お願いだから。


 現実は、そんな簡単に曲げられるものではない。仮に父の復活を遂げた世界があったとしても、そこに行くことはできない。そこには、別の基弥がいるはずだから。


 ここで生きていくしかないんだ。


「すみませんが、控え室のほうにお願いします。綺麗に身体を拭いて洋服も着せますので」


 基弥は、唇を噛み締め、病室を離れ控え室へと向かおうと歩き始めた。な にげなく、ふと振り返り、父のいるベッドをもう一度確認した。

 生き返るはずもないのに確認した。

 父は、まったく動く気配すらない。


 そのかわり、父の枕元に白いドレスを着た女の子の後姿があった。目の錯覚か? いや違う、錯覚とは思えなかった。看護師がドレスなど着ているはずがないじゃないか。その前に、ベッド側にいるのは、子供だ。女の子だ。その女の子がこっちに振り返り、一瞬だけ顔が見えた。潤んだ瞳で頬を濡らし蚊の鳴くような声で呟いた。


「ごめんなさい……」と。


 ドキッと胸が高鳴る。ど、どういうこと、なんだ……。心臓が止まりそうな気がして息苦しさも感じた。


 次の瞬間、女の子の姿は白い病室に溶け込むようにして消えてしまった。足下を猫が走り去った気もした。


 目の錯覚だろうか? そうだ、錯覚だ。錯覚に違いない。

 相当疲れが溜まっていたのかもしれないと瞼を閉じ手で押さえる。


「あの、どうかされましたか?」


 看護師の問いかけに、基弥は現実へと引き戻され、「いえ、なんでもありません」と答えると控え室へと向かった。


 基弥の頭には『幽霊』という言葉が浮かんでいた。でも……、なにかが引っ掛かっていた。今見た光景をもう一度思い返してみる。


  父の手を握っていたような気もする。幽霊じゃないような気もする。なんとなく、温かいような優しげな印象を感じた。


 考えれば考えるほど、基弥の頭はこんがらがってオーバーヒートしそうだった。


 もしかしたら、さっきの女の子は、父を天国へと連れて行く天使だったのかもしれない。基弥は、天井を眺め、見えるはずのない空を見上げていた。じゃ、猫はなんだ?


 溜め息を洩らし、目線を母へ移す。

 すぐそばで、目を赤くする母の姿があった。


 母が泣いている。その顔を見ると、女の子のことは頭から消えてなくなり、父のニコリとした笑顔が浮かんできた。なぜかはわからないが、浮かんできた。


 死んでもなお、父ちゃんが大丈夫だよと慰めてくれているような気がした。


 もう、見ることができないんだと思うと崖から突き落とされたような気持ちが押し寄せてくる。


 父は、逝ってしまった。明日会えると思っていたのに、笑顔も見ることがもうできない。不思議だ、ベッドに寝ているように見えたのに。不思議だ、起き上がって笑ってくれそうだったのに……。目頭が熱くなる。


 父は、その日、家に帰ってきた。


 二度と目を覚まさない冷たい身体のまま。望んでいない結果になってしまった。少し伸びた白髪混じりの髭がなんだか胸を締め付ける。明日じゃなく、今日、髭剃ってあげればよかった。もう遅いけど、一生消えることのない心残りとなってしまった。


 もっと早く父の肺炎に気づいていたら、助かったのではないだろうかと自分を責めてたてる。そんなことを考えても遅いとわかってはいても、思わずにはいられなかった。


 父のこともっとよく見ていれば、気づいたはずだ。絶対になんらかの兆候があったはずなのに、気づけなかった。胸の内が重苦しくて、基弥は、俯いた。


 思い起こせば、もしかしたらという点はあった。そのとき、病院に連れて行っていたら……こんなことにはなっていなかったのかもしれない。今さらそんなことを言ったところで遅いのだが……。なんだか、腹が立ってくる。自分の不甲斐なさに。


 変わることのない現実。


「父ちゃん」


 起きてきそうな気がしてならなかった。寝ている父の顔を見ていると、不思議といままでのいろんな思い出が蘇ってきて目頭が熱くなってくる。


「父ちゃん、ゆっくり休んでね。ありがとう」

 ポロリと言葉が自然と零れ落ちた。基弥は、言葉とともに涙も零した。


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