新学期Ⅲ
「いやいやいやいや……」
寮の北、交差点たった1つ渡ったことすらない未踏の場所。
ここら辺一帯は休火山でできた高台にある数キロ四方の
街らしいのだが、最初の交差点を渡るまでもなく見える、
数キロに及ぶ、今の島の風景からしたら壮大な森林と
草原の自然保護区、そして反対側にはニューヨークの高層ビルを
そのまま持ってきたかのような摩天楼が広がっている。
深い夜には似つかわしくない昼間のような灯り、
その先には住宅街があるという。
「ニューヨークの高層ビルをそのまま持ってきたか、
うまい例えだね」
「なんというか、カオスですここ」
森林と草原を前面に一軒家、その隣には少なくとも本土の
東京ですら珍しいといえる規模のマンションがそびえ立っている。
「見ての通り、徒歩移動にはちょっと広すぎるんだよね」
ビルの灯りで4車線道路の真ん中にある線路が照らされている。
前方から線路を走るのは、ここ一帯を一周する無人電車だという。
「バスだと無人運転が難しいから多少のコストを無視してでも
建設したんだ、完成したのは今年に入ってからさ。
地下鉄駅に接続してくれればいいのになんで住宅エリアだけを……
おや、一雨きそうだから早いとこあれに乗って移動しよう」
科学が発達した今では、天気予報の的中率は99%。
天気予定とすら呼ばれているほどに正確だ。会長がメガネ内蔵の
インターネット端末で確認しているのは、最もポピュラーな
10分毎の天気を知らせるものだろう。
「ちなみに運賃は無料だから心配はいらないよ。
いや、税金だから前払いというとこかな」
天気予報もとい天気予定通り、程なくして冷たくない雨が降りだす。
1両だけの小さな電車に揺られること10分、第二生徒会近くらしい
停留所に着いた。
「普通の民家ですよねこれ!?」
そこは閑静な住宅エリアの端(未だ未開発の敷地が広々と残る)
にある、工場で量産されているユニットを組み合わせただけの、
ありふれた構造の民家だ。
「間取りは3LDK、察しの通りユニットハウスだよ。
さあ入って、一応民家で賃貸だから靴は脱いでくれよ」
ここはお邪魔しますとでも言えばいいのだろうか。
「ねえ、なんかここ生活感がない?」
香織の指摘でリビングを見渡すと確かに、リビングにある
擦り傷のついたテーブルを見てもそんな雰囲気がある。
「では、ようこそ第二生徒会室……兼僕の自宅へ!」
あ、やっぱり。
「さて、何か質問はあるかい?」
なにかを話そうとしても躊躇してしまう、この微妙な
空気を中和するためか、急な話題転換をされた。
「はい!」
「はい神坂さん、どうぞ 」
「先輩はなんで寮に住んでいるんですか?」
…………中和どころかさらに微妙な空気になった。
それもそのはず、PSIは全寮制だ。香織が助けを求めたそうに
こちらをみている、緩和材的に何か質問してみるか。
「えっと、ここは一人ですか?」
敬語が緩和されて変な日本語になってしまった。
「ははは、どうだろうね」
ははは。
「はい!」
「2回目の神坂さん、どうぞ」
こいつは何を聞くつもりなんだ。
「先輩は誰もいない自宅に夜遅く私たちをつれこムグッ」
咄嗟に俺の右手が香織の口を塞ぐ。地雷だ、歩く天然地雷がいる。
「そ、そうだ、今日はあついから冷たいお茶を淹れてきたよ」
「いや、お構い無く」
俺と香織の意識はここで途絶えた。




