2033年夏
神坂が島に戻ってから2々月が過ぎた。それは
俺の本土での高校生活が折り返し地点に来たことを意味する。
二分島に戻るまであと3週間のこの日の朝、
なんとなく廊下に掲示してあった学校新聞を
海江田と見ていた。本当にどうでもいいような記事が目立っていた
投書コーナーの中に
”1年の真崎界斗はこの学校唯一の超能力者!”
という記事を見つけて、目が点になった。
へえー、俺一人しかいなかったのかー。
なんてぼんやり思っている場合ではない、
これはプライバシーの侵害だ。個人情報保護法
とかいう法律はどこにいったんだ。それに、表現の自由の
保護なんて時代遅れなものはもうないぞ。俺、有名人?
と悦に浸ることは全くできない。そもそも、誰もが超能力を
良く思っているわけもないしそれは当然なことで、
どんなことにだって反対する人は必ずいるものだ。故に、
中には能力者の殺害などを行う行き過ぎた人も少なからず存在する。
世界中に700万人超いるはずの超能力者は彼等をプロターと
呼んでいるらしい。ちなみに、その700万人のうちほとんどは
日本国内にいる人間だという。
さて、もしそんな行きすぎな人がこの学校にいたとしたらどうなるだろう。答えは簡単だ、
学校周辺で高校生の遺体が発見されることになるだろう。
「おまえ、マジかよすげー。おーい、みんなー」
問題は情報元だ。俺はあの担任以外にはこのことを誰にも
話していないはずだ。神坂がこんなアホみたいなことするはずもないし、
一体誰が……
記事のせいで人目を気にしながら教室へ向かう羽目になった。
そりゃそうさ、逆の立場なら俺だってじろじろ見ているだろう。
みんなに言いふらす海江田を止めなかったことが悔やまれる。
ああ、視線が……
1時間目は総合学習だ。これもタイミングが良い
ことに、この学校がある大手市の周辺にスポットを当てる
という、いわゆる地域密着の授業だった。
何といってもこの大手市は二分島行きの船が出る唯一の港である
大手港を有するんだ。やはり授業でも二分島のことに触れていた。
「二分島は大手港から船で24時間もかかる。その船も
出るのは週1回だけだ。面積は東京都の半分くらいで、
デンマークのグリーンランド以上に
高度な自治権が与えられている。たとえば、二分自治政府庁舎の
住所は”日本国内特二分24-1-1”この特という文字は
高度な自治権の所有を表している。二分島は住所の区割りと学区の区割りが一致しているから便利そうだな。人口は390万人ほどで、
住民の殆どが超能力を使える不思議な島だ。島の形は
愛知県を切りとったような……」
やめてくれ……
心の中でなげいていた。
追い打ちをかけるように2時間目の物理のテーマは超能力だ。
というか、物理を完全否定ですか?
「物理の授業でやるのもおかしいと思うやつがいるかもしれないが
あえてやる」
どうかしてるよ! この教師は。
「超能力……といっても魔法と言ったほうがしっくりくるな。
超能力を使えば基本的に何でもできる。ただし、
犯罪に利用すると極刑が待っているから注意しろ。
それに何でもといっても、たとえば車を宙に浮かすことは
できても家を浮かすことはできない。つまり、超能力では
地面と接しているものを浮かせることができないのだ。
それに、極端に重いものや大きいものにたいして作用させることは
難しく、1人でできる人は限られてくる。そんなときは他の人と力を
合わせることだな。同じように、船を浮かせることはできても
海底と切り離さない限りは島を浮かせることはできない。
というわけで界斗、なんかやってみせてくれ。
ああでも危ないことはやめてくれよ。先生の給料が減っちまうからな」
どういうわけだよ……
この授業があと半分も続くと思うとイライラ
してきたので、物理教師のカツラを手をふれ
ずに取ってやった。おおー輝いてるぅー。
「な、なにをするんだね君は!」
「なんでもいいって言ったのは先生ですよ?」
教室に笑い声が響いた。
3時間目は数学。だが油断はできない。俺の予想だと、
季節はずれの流行を見せるインフルエンザで数学教師が
休んで自習になる。そして自習の担当の教師に
「監督するのめんどくさいから界斗、なんかやれ」
とでも言われるのだろう……
予鈴が鳴った。でもまあそんなことになるはずは……
「数学の先生がインフルエンザで休みだってさ」
不吉なお知らせが聞こえてきた。
ここまで嫌がるのには特別な理由なんかない。
ただ単にいやなだけなんだ。こう特別視されるのが……
とりあえず自習担当の教師に賭けよう。
「自習だるくね?監督めんどいからええっと、界斗。
なんかやれ。ちなみに、俺の頭はカツラではないぞ」
このとんでもない教師から今すぐ教員免許を剥奪したいが、
今は何をするか考えなくてはいけない状況になった。
いろいろ考えた末思いついたのは瞬速浮遊<ムー
ブ・テレポート>だった。大切なことだから2回目を言うが、
こんな技名のようなものは本来ついていない。
「ならチョークを浮かせるというのはどうですか?」
「面白そうだな。やってみ」
「わかりました」
とは言ったものの、これには一つ危険なと
ころがあった。いや、失敗しなければ問題は
ないはずだ。大丈夫だろう。
そう思いながら10本のチョークを手にとっ
て宙に放った。次の瞬間、10本のチ
ョークが教室内を頭に直撃したら軽く意識が飛
ぶくらいのスピードで自由自在に動き回った。
危険なところは瞬速で制御がきかないくらい動き回
ることだ。うまくコントロールできればいいものの
どうやらもう手遅れらしい。
教室はまさに地獄と化した。悲鳴が響く中で
粘り強く割れずに残っているチョークたちが飛び交っ
ている。当然ながらそれらはみんなに当たり、当たった
人は意識を失ったかのように倒れこん
でいた。しかし残っていたチョークも特攻すると
とすぐに粉末になり、教室を覆った。最後のチョーク
が粉末になり、騒ぎが
済んだ後の教室は静まりかえっていた。
直撃を免れた人はただぼうぜんとすることしかできなかっ
た。その静けさを破り最初に声をあげたのは、
張本人の俺である。
「ははは、失敗したみたいです……」
何事かと他のクラスの生徒が覗きにきていた。
「そ、そうか失敗か。な、なら仕方な…仕方
なくないわ! 貴様どういうつもりだ! どう責
任をとるつもりだ! 窓ガラスが割れているんだぞ!
隠れていたから詳しくは見ていないけどな!」
最後の一言、それはそれでどうなんだ教師として……
ともかく俺に今ある選択肢は3つ。1つ目は
いさぎよくこの状況を受けいれて残りの学校
生活を棒にふるか。2つ目は今、この場で責任
を取って退学してすぐにでも島に戻るか。そ
して3つ目は…できれば使いたくはないが、
記憶消滅<メモリーブレイク>でみんなの記憶、
この数分間の記憶を消して虚報埋込<ライ・ラ
イ・ライ>で記憶を捏造する。これで最後の説明に
しておくが、こんな技みたいな名前は本来
ついていない。だが、出来る
ことならみんなの記憶は消したくない。しかし、
消さなかたら俺の日常が失われてしまう。第一、
悩んでいる時間などないのだ。こうして考えている間
も教師から怒号が飛んできている。やるしかないみたいだ、
まずはあの教師の10分間の記憶からだ。
「先生、悪いけど記憶を消させてもらいますよ」
教室のみんながさらに動謡した。そりゃそう
だよないきなり記憶を消すと言われればな。
「き、君は一体何を言ってるんだね?私は別にやましいことなんて」
声が裏がえってる上によくわからないことまで言い出した。なん
ぜだか楽しくなってきたところだけど早く記憶を消さなければ、
対象人数がどんどん増えてしまう。
「では」
……作業は一瞬で終った。教師は眠り落ちて
いる。この能力を受けたものに出る副作用だ。
教室のみんなは俺から逃げるように後ずさり
している。逃げてもらっては困る、ならば逃
げられる前に消してやる!
教室に残っていた生徒の記憶の消去は完了し
た。あとは数十人のギャラリーだけだ。しか
しこの能力の副作用である睡眠効果はあと少
しできれてしまう。ならば時間を止めるまでだ、
空中で手を広げて念じた。
……またしても失敗した。時間は確かに止っ
ているように見えるが、周りはスロー再生をしているか
のように俺以外の何もかもがゆっくりと動いていた。
この際どうでもいい、スロー再生も停止も
同じようなもんだ。それにしても生ではじめてみ
たぞこんな状況。妙に気持ち悪い……
「全く動けないわけではないからばれずにいろいろ
出来るわけではないな」
記憶を消せば何をしてもばれない、何かしてばれたら
即逮捕という事実は頭の中に閉まっておこう。
「では、消させてもらいます」
俺の手から光のように見えるものが放たれた、
それが球状になり膨張する。教室、いや校舎を包みこ
むようにして広がっていった。その光が消え
た後に残されたのは副作用で一時的な眠りに
落ちた生徒と教師。そして窓ガラスが割れた
うえに粉塵が舞っている教室だった。
「な、なんで窓ガラスが……私が寝てる間に
何があたったんだ。ん? コラ! みんな起きろ!
まだ授業は終わってない、寝るなら次の授業にしろ!」
最初に記憶を消された教師が起き上がって怒
号を飛ばしている。ああ、窓ガラスか。でき
ることなら直したいけどあいにく修復能力は
使えないんでね……
その後のみんなの会話を聞いてみると
どうやらみんなの記憶な中では、壁が剥がれ落ち
て(実際に壁も剥がれ落ちていた)その衝撃
で窓ガラスが割れて、負傷者が出た。その負
傷者は窓側に座っていて粉塵は壁のものとい
うことになっていたらしい。記憶がどう改変されるか
に関してはこちらも予測がつかないんだ
よな。とりあえずではあるがこの騒ぎは落ち着いた。
超能力を持ている自分が避けられるという心配は
この1週間で吹き飛んだ。むしろ自然と話相手が
増えているくらいだ。
別に心配する必要はなかった、島に戻ることにも
抵抗はなくなり、心のどこかで楽しみにしている自分がいる。
「あとは成績が伸びれば悔いはないんだけどな」
成績だけは相変らず平均前後をさまよってい
た。そんな平均的な成績もあと少ししたら意味をなさ
なくなる。
________
あの騒ぎから2週間が過ぎた今日、この
本土での学校生活が終ってしまう。
「いよいよだな」
今日の帰りのホームルームで、なんとなく俺の転校が告げられた。
教室はいつにもまして騒がしかった。
明日から夏休み、無理はないだろう。
俺が転校するという報告は夏休み前の
浮かれた陽気の中に消えてしまった。
それはそれで寂しすぎる気もする。
学校が終り、俺はまっすぐ家に向かった。
「おかえり。荷づくりはしておいたからあとは小物を整
理するだけだよ。いやー寂しくなるね」
おじさんは俺が話すまでもなく島から出た事情も
俺の記憶が改変されていたこともすべて知っていたようだ。
「わざわざありがとうございます」
「そんな固まらなくても」
「はははすいません」
「出航は2時間後だからもう出たほうがよさ
そうだね。香織ちゃんが港まで迎えに来てくれ
るはずだよ。はい、これが船のチケットだよ。
香織ちゃんの分もあるから無くさないように」
渡されたチケットをみて驚いた。喜ぶ
べきなのかどうなのか、個室になってい
た。これだけならとても喜べる、個室は高いか
らな。そこに神坂とおなじ部屋ときたらサプ
ライズの度が過ぎていると思わないか?
しかし、せっかく用意してくれたおじさんの気持ちを
尊重して、口には出さなかった。
「部屋、同じにしてくれたんだ。ありがとう」
何をいってるんだ俺は……
「そろそろ行ったほがよさそうだね。大手港
まではいつもの電車を終点まで乗って50分
ほどでつくからね」
市内の港に行くだけなのにやたらと時間がかかる理由は
この南北に80kmも伸びている大手市の地形にある。
大手市は数十年前の強引な合併の結果、市街地が
4つもできて新幹線が通る所もあれば日本一高い山の
山麓まで含まれている。
俺が今日まで通っていた高校はその山麓の地区にある。
しかも南北を通るのはのんびりした感じのローカル線だけ。
それも数年前にやっと直通になったばかりだ。
人口110万人に対してこの大手市の陸の交通は不便すぎる。
「大丈夫だよ。じゃあもう行くよ」
そういって家から出た。ここにくることはも
う殆どなくなるだろう。おじさんは見えなく
なるまで手を振っていてくれた。
家から歩いて10分の駅はとても小さい。
駅舎こそきれいなガラス張りだが、この時代に
ICカード専用の自動改札のみで自動券売機すらない。
終日ほぼ30分に1本しかない電車は
やはりすぐには来なかった。
大手市ではこの時期珍しい大雨で電車に遅れが出ているらしい。
しかし、そんな電車に50分以上も乗るのはかなりこたえる。
「はやく船で休みたい……」
もう既に二分島に行きたくないという気持ちは薄れていった。
今はすっかり花が散った山々をただじっと眺めている。
乗客は俺以外には誰もいなかった。ふと、ローカル線には似つか
ない電子掲示板を見てみた。
「交通情報・大手港線遅れ20分」
いつものことだが勘弁してくれよ、船の時間があるのに。
「ニュース・二分島近海で地震発生」
珍しいな、あそこで地震なんて。
「速報・地震の影響で津波注意報が発令」
注意報が発表されて津波が来ないことはたびたびあるが、
注意しておこう。
電車に乗ると時間が経つのが早く感じられ
る。そろそろ終点の大手港駅に到着するので
降りる準備を始めた。
大手港駅には出航のすこし前に到着した。も
っとも、津波注意報で出航するのかわからない状況だ。
電車に乗っている間に雨は止んでいたようだが、
駅周辺はちょっとした池になっていた。
その駅のすぐ前に神坂の姿があった。
「わざわざ迎えに来てくれたのか」
「何いってんのよ同じ船に乗るんでしょ?」
「そうだったな。でも、島に帰ったんじゃなかったのか?」
「旅行よ、旅行。一人旅?」
「ああそうなのか。しかし、まさか部屋まで
一緒だとは思わなかったよ」
「部屋? ああ、大部屋のことね。でもそれは
船なんだから当然じゃない?」
「え? たしか個室のことだと思うけど。ほら」
俺が神坂に差し出した船のチケットには
やっぱり個室の部屋番号が書かれていた。
「え、これどういうことなの……」
「もしかして聞いてなかった?」
「うん……」
「どうかしたか?」
「べ、べつに」
「やっぱりいやだったりするか?」
普通はそうだ。幼馴染とはいえ、5年振りに会ったんだし。
ああ、少しくらいは学校に一緒にいたけどな。
そんな感じで雑談をしているうちに出航時間が近づいてきた。
「そろそろ乗るか」
「そうね」
船に乗れるということは一応船は出るみたいだな。
というか津波注意報でてるのによく出航するな。
二分島行きのフェリー、二分丸は予定より
やや遅れて出航した。
「どうせならもっと超能力的な名前をつけて
ほしいな、二分島行きなんだしさ」
「たとえばどんな名前? 超能力的な名前って」
「そんなことより、さっき地震あったよな?」
「なにも思いつかなかったのね。そんなことニュースで
やっていたわね、気付かなかったけど」
地震が起きても気付かない大手市の属する静岡県民の人みたいなことを
言いだした。
「気付かなかったなら仕方ないな」
「そもそも揺れなんて感じなかったわよ」
「お茶の飲みすぎなんだよ、きっと」
「えっ、なんのこと?」
「いやなんでもない、気にするな」
「なによ、気になるじゃない」
結局、津波注意報はすぐに撤回された。
そもそもの地震が観測機械の故障による誤報だったそうだ。