PK指数測定Ⅶ
「どしたんですか? 浮くのってそんなに危ないのかな?」
「抜里心愛さんだったかな、何と言ったら良いのか、
いまは危なくないけどこれから危険になる。だから早く……」
サイレンが鳴り止んだ。と、同時に体が重くなって来た。
まるで地面に吸い込まれるかのように。
「ほえ? なにですかこれ、体がどんどん重くなってます」
心愛は、まだ浮いてた。
「なんなのこれ」
「もっとはやく言っておけば良かった。これはリクレイムの
地球環境擬似的再現装置、つまり人工重力だ」
人工重力……人工的に無重力空間を作り出す技術は既に
一般化されている。本土の学校にも体育設備としてあるほどだ。
だが人工重力となれば話は別だ。スペースターミナルなどの
人工建造物ならともかく、ここまで大規模なものは聞いたことがない。
「なるほどー、なら地球で浮いてた見たいにやればいいんだ」
「ははっ、そうか。君たちはPSI内でも特に指数が高い能力者、
これくらいの変化にも対応出来るんだね。明日からの測定も
期待出来そうだ」
保坂さんが感心したように笑った。
「で、何もないのかなここ。浮いてるだけじゃつまんないよ?」
観光メインのもうひとつのコミュニティとは対称に、工業中心の
ここには観光という面で言えば見て回るポイントが極めて少ない。
唯一まともな観光スポットと呼べるのはコミュニティ中心部にある泉、
四方から流れる水路の終着点であり始発点である還元泉くらいの
ものであった。だがしかし、観光客向けのホテル施設はそれなりの
数がある。そのひとつ、水路の沿道に立地するホテルタニグチ
(PSIの測定対象者全員分の部屋を確保しても団体客が入れる
くらい大きい)に一泊することになっているが、地球のホテルと
比較して造りが無機質やらベッドが小さいというかそもそもこれ
ハンモックじゃんとか食事付じゃないなどなどの文句が出る人は
月にはとても滞在できない。空気がやや薄いため街に街路樹の
ごとく散在する酸素スタンドはホテル内にも、階ごとに飲料の
自動販売機(異常に高い)に隣接して設置されていた。そして、
俺たちは会議場という名前を冠した、部屋のモジュールを
いくつか連結させて壁を取り払った大胆なつくりをした広めの部屋に
集められている。どうみても宴会場なのは気にしない。
「というわけだ、手違いで食事が手配されていなかった。
ちなみに提供されるはずだった食事は大豆ハンバーガーだ。
食感が完全に肉らしい」
いいよ先生、ハンバーガーとか言わなくて。余計に腹が減るんだよ。
「非常食のカップ麺ならあるんだが 、備蓄されていたのはどういう
わけか地球用のカップ麺だ。気圧が低いここじゃ水の沸点は低い、
つまりはうまいカップ麺が食えない」
地球用のカップ麺ってなんなんだよとは口に出せず、黙って聞く。
「そこでだ、明日からの測定に備えたトレーニングがてら、
お前らには測定班ごとに超能力で、カップ麺を完成させて
もらうことにした。制限時間はなし、水はそこのボトルのを使え」
よーい始めと、合図がされ、唐突に超能力カップ麺大会のような
何かは開催された。よーいと言われても状況整理の用意すら
出来なかった。とにかく、100度で水を沸かして夕食を食べる他ない。
「で、どうするの界斗?」
と、おれに聞いてくる香織の側で、
「それじゃ水を持ってくるよー」
と、心愛は素早く動いている。
「どうするったって、気圧を高めるしかないんじゃないのか?」
「うん、そりゃそうよね。それはわかるけどさ、どうやって?」
確かにそうだ。そんなこと、ただの会議室でどうやって……
「それなら、高温の水蒸気を麺に吹き掛けて蒸すのはどうだ?」
高橋雄二先輩の提案は瞬時に受け入れられ、進められた。
沸点の低い水を超能力で高温に引き上げるのは造作もないこと
だからだ。そして、熱湯とまではいかないお湯でスープをつくり、
無事に賞味期限の切れたカップ麺が完成した。
「全班できたか? って、三班。お前らどうしたその麺、麺ってより
粉になってんじゃねえか。二班は……まともになってるな、
少なくとも見た目は。三班以外に問題があるとこはなさそうだな。
じゃ、各自夕食にしていいぞ」
と、ここで当然の質問が飛ぶ。
「先生! 先生はどうやってカップ麺を作ったんですか?」
返ってきた答えはこうだ。
「俺か? 俺は妥協して少し硬めの麺を食べることにした。
人生妥協が肝心さ!」
その場の空気がアルデンテになった。
そして日付は変わり、いよいよ
測定当日の10月4日となった。