PK指数測定Ⅴ
「あ、起きた」
聞き慣れた声が聞こえる、そして体が軽い、空に浮いているかのようだ。
「……浮いてる?」
「ちょっと、大丈夫? 何時間も気を失っていたのよ?」
「え、ここは……」
「スペースターミナルホスピタルルームだ、ミスター界斗」
俺は鮮明な夢を見ていたのだろうか、光彩を取り戻した視界に浮遊
する白衣の人間が写る。スペースターミナル……どうりで無重力なわけだ。
「君はどうも衝撃に弱いようだ。ま、月に向かうときに急加速の
必要はないから安心したまえ」
そりゃよかったぜ。
「ところで、君たちは両替を済ませたかい? まだなら急いだ方がいい、
そろそろ営業が終わってしまうぞ」
白衣の医者が腕時計を見ながら話す。スペースターミナルでは
便宜的に世界標準時、つまりはグリニッジ天文台基準の時刻を採用している。
今日はまだ10月1日のようだ。
「さ、両替が済んだらすぐに出発するぞ。みんな君が起きるのを
観光しながら待っていたんだ」
次は酔い止めを持っていこう。それと観光も。
「みんな聞いてくれ、ここからは国連の保坂医師も引率として
同行することになった」
「どうも、国連宇宙医療事務所の保坂です。以後、宜しく」
「あーそれからな」
仕組みはよくわからないが人工重力装置が作動し、地上の40%ほどの
緩やかな重力が働くスペースターミナルの出発ゲート前で引率の一人、
石田先生がため息混じりに呼び掛ける。
「悪いが月まで全員分の部屋が確保出来なかった。今日行けるのは
半分で、残りのやつには明日には席が割り当てられる。
それと……お前らなぁ、お土産は帰りに買えよ! 俺だって
我慢してんだぞ!?」
どこの国の入れ知恵で出来た製品なのかは言うまでもない、宇宙饅頭や
定番の宇宙食やら何やらのお土産を抱えた生徒がチラホラ見える。
「あーそうだ、お土産買いすぎたやつすぐに申告に来い、地球まで
宅配サービス使って送るから。もちろん送料数万円はお前ら持ちだからな?
島民の税金でお土産の送料出すわけにゃいかねえだろ?」
宇宙からの荷物は一旦ハワイの集積基地へ運ばれ、そこから再び世界中に
輸送されるので、送料はそれがフリーズドライ食品1つとしても100マネー
(今日の相場は1ドル130円なので諭吉さんと夏目ブラザーズに
別れを告げることになる)は下らない。
「んじゃ、あと1時間で船が出るからさっきチケット渡した今日出発の
班は俺についてこい」
ついてこいと言われてついていった先に船はなかった。
「早く来すぎたか?」
ということでもなさそうだ。ホワイトボードというアナログな方法で、
遅延が告知されている。
「なあ界斗、ここ電波悪くないか?」
携帯端末を弄りながら話しかけてきたのは同じ階だからと、
まとめて同じ班になった高橋先輩だ。
「言われてみれば…………おっと圏外になった」
地球周回軌道上から月までの電話や通信は太陽系通信システム
という壮大な会社名の通信業者が独占サービスを行っている。
滅多にないが異常が起こるとすれば太陽フレアによる
磁気嵐が最も考えられる。
『緊急放送を下さい。原因不明の磁気嵐は地上との連絡途絶。
復旧の目処が今立つことはできない。これより全ての地上便は欠航される』
英語に続いて日本語の放送が聞こえる。誤訳に目を瞑らずとも案の定、
というかかなりヤバイ状況だ。
「そ、そんなあ。もう地球には帰れないってことですか?」
「いやいや、そもそも俺たちがこれから行くのは月だからね?
一生地球に帰れない訳じゃないよ、たぶん」
通常の磁気嵐ならともかく、原因不明の磁気嵐。
それこそ、地球に帰れるという保証も無いのかもしれない。
「ここにいてもどうしょうもない、とりあえず月についてからだな、
今後のことを考えるのは」
先生のその提案に反対する者は無く、到着した船に乗り込んだ。