2033年春
「お前はもう死んでいる」
いきなりこんな事をいわれたら多分誰もが驚
くだろう。俺もそのうちの一人だ。
俺は真崎界斗、平凡な高校一年生だ
父親と母親は2人とも仕事でかどこかの国
に行っている。いまはおじさんの家にお世話
になっていて、そこから市内の公立高校に通っている。
それは4月の半ば、いつもより少し早く登校して来た
日の事だ。朝早く、静かな校門の前に
黒髪セミロング、中学生くらいの身長で
俺の学校の制服を着た少女が立っていた。
そしてこう言われた。
「お前はもう死んでいる」
桜が舞い散る中、日の出をとっくに迎えた
朝日の光に照らされている少女の背を
薄目で見ながら、俺は木のごとく固まっていた。
そして、これがすべての始まりだった。
いつの間にか遅刻しそうな時間帯になっていたので
何もなかったことにして教室に向かうことすることにする。
「さっき校門でなにをしていたんだ?」
数少ない友達の1人、海江田が話しかけてきた。
面倒だから今朝のことは黙っておこう。
「いや、べつになにも」
「誰かと一緒にいたよな? 告ってたのか?」
こいつ、バカなのか?いや、疑問形では失礼だな。
そう、バカだ。
「そうだな。いや、告白をしていたという意
味ではないぞ。それで、今朝の子は今どこにいる
かわかったりしちゃうのか?」
「しちゃうのかとは失礼だな。それより、
やっぱ狙ってんのか? その子ならいつも屋上にいるから、
まあがんばれ!」
タイミングがいいのか悪いのか予鈴が鳴った。
そういえば、少女の名前を聞いていなかったな。
名前も知らない相手をどう探したものか。
授業で体力が一気に消耗されて昼休みを迎えた。
昼食を買うついでに今朝の少女を
探してみることにした。ここ、大手市立第一高
校は6階建ての校舎をもつ名前のとおりの公立
高校だ。最寄りの駅からの交通手段といえば
徒歩くらいだけどな。そして1階と4階に売店
がある。そこに行けば軽食くらいは買えた
はずだ。今日は在庫がないのか人気がないのかは
知らないけど、残ってるのはザ・パンとしか言いよ
うがない文字どおりのパンだけだった。しかも、形が
片仮名のパンにみえなくもない。
「今朝の子を探すついでに屋上で食べるか」
屋上に来てはみたものの、人の姿すらなかった。そのかわりに一
通の手紙がおいてあった。
「真崎界斗、あなたがここにくることはわかっていた。今朝の言葉の
意味を知りたいのなら放課後、またここに来なさい
神坂香織(P.S この手紙を拾ったのが界斗じゃないなら界斗にお願い)」
いまどき珍しい手書きの手紙にはそう書かれていた。
「神坂……どこかで聞いたことがあるような」
仕方なくひとりでザ・パンを食べていると、屋上のドアからだれかが
こっちを見ていたような気配がした。
どうせ、海江田あたりが様子を見にきたのだろう。
いや、覗きといったほうが正いかな。とりあえず、こっちみんな。
昼休みが終わり、急いで教室にもどり、次の授業の準備をした。
5時間目の現代史は運のいいことに自習だ。
こんなときには睡眠学習にかぎる!
「おい、起こしてやれ」
「……zzz」
「おきないか、仕方ないな」
「……zzz」
「ヒ〜ット!」
「痛ってー!」
睡眠学習をおえると6時間目の古代史が始まっていた。
ついでに何か投げられた、いやこれやばいよ痛すぎだよ。
「俺の授業で寝るとは何ごとだ!今度寝たら黒曜石
じゃすまないぞ!古代史だけにな!」
黒曜石ははるか昔、鋭利な
石器の材料として使われていたという。
先生、シャレになりませんよ。
「さあさあ!さっさと22ページの石器時代を開け!」
_____________
6時間目が終わり、俺はまだ痛む頭をさすりながら屋上へ向かった。
昼の手紙のとおりに神坂は屋上で待っていた。
「来たわね」
神坂はそういって俺の頭に手をかざした。
「じっとして、すぐに終わるから」
……一瞬の間だっただろうか、あるいは数秒間か。
頭にぼんやりとした違和感を感じた。例えるなら初めて脳波を使って
スティックフォンを操作したときのなんともいえない感じだ。
そして、自ずから忘れさった記憶をとりもどしていた。
俺の生まれ故郷である二分島や幼ななじみであった神坂のこと、
そして、俺が島を出た理由も。
「久しぶり……と言うべきなのかな
「そんなことよりさっさと島へ戻りましょう。充電期間はもう
十分でしょ?」
「あと3カ月待ってくれないか? 夏休みまでこっちに居たいんだ」
「そうね。見たところまだこっちの学校になれてないものね。
それに友達も少ないみたいだし」
「……なんでそんなことまで知ってるんだ」
「細かいことは気にしない、気にしない」
「細かくねえよ! ストーカーかなんかか?」
「一応、いまは同じ学校にいるんだから当然じゃない」
「それで、帰るのは待ってくれるのか?」
「まあ、しかたないわね。ただし、夏休みまでよ。じゃあ、3カ月後
また会いましょう」
「その前に聞きたいことがある」
「なにかしら?」
「結局、おまえはもう死んでいるってどんな
意味だったんだ? まさかとは思うけど、ただ言って
みたかっただけなのか?」
「そのとおり、理由なんてないわ。”あの漫画”のファンなら誰だって
一度は言ってみたくなるじゃない、あの言葉を!」
「ほんとうにただ言ってみたかっただけなのかよ!」
「じゃ、今度こそ3ヵ月後に」
突然の風でさえぎられた目を開けると、神坂の姿はもうなかった。
下校時刻を告げるチャイムが鳴ったので、俺は急いで屋上から
降りていった。
_____________
「あと3カ月か……」
翌日も神坂が来ることを期待して、屋上で横になりながら
ザ・パンを食べていた。
結局、昼休みが終わっても神坂は現れなかった。
翌日、その翌日も屋上で横になりながら神坂が来るのを待っていた。
そして、その翌日の朝、俺は予想もしなかった事実知ることとなった。
「連絡が3つある。1つ目、真崎界斗はあとで職
員室に来るように。2つ目、B組の神坂は昨
日かぎりで転校した。3つ目は……」
ホームルームで担任からの俺にとってはどうでもいい
諸連絡に混ざって神坂の転校が事後発表された。
「なんでだよ……何も言わずに」
やり場のない無なしさと怒りを胸に抱いて職員室へと足を運ばせた。
「失礼します」
「ああ界斗か、そのまま第2会議室へ行ってくれ。
先生もあとですぐに行くから」
「なんか用事ですか?」
「ああ、ちょっとな」
会議室だと……
「わかりました」
俺が会議室へ呼ばれる理由は見当もつかない。英語でいうなら
I have no ideaといったところだ。
会議室の無機質なパイプ椅子に腰をおろすとすぐに扉が開いて
先生が入ってきた。
「待たせて悪かったな界斗。実は、お前に渡したいものが
あって呼んだんだ。転校した神坂からメッセージコードを
預かったんだ。教室だと人目が気になるだろ?」
それくらい、わざわざ担任に渡さなくても教えて
くれればいいのに。
「それで、いつごろここを離れるつもりなんだ?
二分島に戻るんだろ?」
「今のところ、夏休みが始まって……え、なんで知ってるんですか?」
「ああ、神坂が言っていたからな。いやーびっくりしたぞ、君が二分島
出身だったとは。で、なんかできるの?」
どうしようか、さすがに記憶消滅はまず
いか。無難な物体移動くらいに
しておこう。ところで、超能力で起きる現象にホントは名前なんて
ついていない。なんとなく俺がそう言いってみたかっただけだ。
「一応、記憶を消し……手をふれずに物を動か
したりくらいは……」
「いまできる?」
「え?」
「いやー、なに。昨日の23時から今日の3時までの記憶をこう、ちょこちょこっとな」
その生々しい時間帯にいったい何があったのかは詮索しないでおこう。
世の中には知る必要のないものがたくさんあるんだ。
「……それで、なにを動かせばいいんですか?」
「え、記憶……次の授業、宇宙学に使う道具を運んだりできるかな?」
「やってみます」
ふむ、プリント、太陽系モデルにデジタルフィルムか。これくらいなら簡単にいけそうだ。
手をかざす必要は特にない。ただ、動かしたいと念じる。
そうすると神隠しのように消えいく。
「おおー。生で見るのはこれが初めてだ、いやーすばらしい。
これなら私の記憶くらい簡単に消してもらえ……」
空気を呼んだかのように予鈴がなった。
教室へ移動する間、一振りしてスティックフォンにコードを打ち込んでみた。
念じるように8文字のコードを入力すると、
「メッセージをここに入力します」
という表示が出てきた。なるほど、操作方法がわからなかったらしい。
メッセージを入力しようとすると出てくるお決まりの表示をそのまま
コード化してしまったのか。
ちなみに、授業の道具はなぜか教室後ろの掃除用具入れに
転送されていた。そのせいで授業が遅れたのは言うまでもない。