割れた窓ガラスの向こうには
もう一度警告しておきます。
15歳以下の方は、ただちに退出をお願いします。女性の方は読まないでください。性的に残酷な内容が苦手な方もご遠慮ください。読まれていて気分が悪くなられましたら、どうか読むのをおやめください。
当方は責任がもてませんことを、申し上げておきます。
1
割れた窓ガラスの向こうには、雑草の生い茂った土地が広がっていた。その先に金網の柵があり、その先に川が流れ、その向こうには団地が見えていた。
割れたガラス窓から入ってくる外気が換気で、割れた窓ガラスから入ってくる日の光が、部屋の明かりだった。
そこは、部屋というより箱だった。コンクリートの壁でできた箱だ。埃っぽくて、乾燥している。片隅にゴミの山があり、土砂と粉の堆積物の上に、壊れた椅子や骨の折れた傘や、タイヤのない錆だらけの自転車の前輪などの不燃物があり、さらにその上に、カップ麺やペットボトルの空容器に、スナック菓子の空き袋などが折り重なっている。ゴミの山の横には、扉がかろうじてぶら下がったロッカーと、扉がなくなったロッカーの残骸。部屋のドアはなく、それがあったと思われる、壁の四角く切り取られた部分が、部屋の出入り口となっていた。
角が裂けて中のウレタンがのぞき、タバコの焼け焦げの痕と、汚水の丸い染みのついたベッド用のマットレスがあり、三人の男がそこにいた。彼らは十代だった。学生だった。
「まだこねえのかよ」
丸椅子に座った悪柿が言った。
「くるって。こねえわけがないだろう。なあ豹堂、そうだよな」
悪柿の隣で、段ボールを床に敷いて胡坐座りしている蛇川からそう言われても、豹堂はひとり離れて、黙って突っ立ったまま、割れたガラス窓から外を眺めていた。
「それにしちゃあ、おせえじゃねえか」
「女は時間がかかるんだよ。きっと、俺たちのためにめかし込んでんだ」
「どうせ裸になるんだから、意味ねえのにな」
「それが女ってもんさ」
悪柿と蛇川は、顔を見合わせて笑った。
女生徒がきたのはそれからほどなく経ってだった。
「級長おそかったじゃないか」
蛇川が立ち上がった。
出入り口のところに立ったまま、女生徒は、下唇を噛んで三人をねめつけた。黒いつやのある髪を、肩にかかる程度に伸ばしている。
立ったままタバコを吸っていた豹堂が振り返った。
「休みのところ悪いな。歩いてきたのか」
女生徒は首を振った。豹堂が問い返してこないので言う。
「――自転車」
「そっか」
「それでわたしになんの用事なの?」
「決まっているだろう。したくなったから呼んだのさ。俺たちは若いからすぐ溜まっちまうんだよ。だから級長に、この前みたいにお願いしたいってわけさ」蛇川が言う。
「よろしくな」これは悪柿だ。
「あなたたちなにを言っているかわかっているの」
「わかっているつもりだけどな」
「級長だってそれを承知できたんじゃないの。だって、俺たちの頭ん中ってアレしかないの知っているでしょう。それに俺たちと級長ですることって、やっぱアレしかないし」
「さっさとやろうや。あんたも早く帰りたいだろう」
豹堂はタバコを捨てると、足で踏み消した。
「いやよ」
部屋に沈黙が落ちた。悪柿はうんざりした表情をし、蛇川は肩をすくめた。
「あんたがいやでも、俺たちはやっちまうんだぜ」
上目づかいで豹堂が見やる。
「そうだよ級長。それに、いままで二回やらしてくれたんだから、今日もやらしてくれてもいいじゃん。減るもんじゃないしさ」
「たっぷり可愛がってやるって」
女生徒は眉をたわめ、両手を握りしめた。
「なに言っているの、あんたたちが無理やりしたんじゃない! わたしを……」
「ま、運が悪かったんだな。そうなっちまったんだから、もう仕方ないしな」
豹堂が指で顎先を掻いた。
「言っても無駄ね。わたし帰るわ」
踵を返そうとした女生徒に豹堂ががなった。
「帰れるもんなら帰ってみろや! あとでどうなってもいいのかよ」
立ち止って背中を見せている女生徒の華奢な両肩が震えていた。握りしめる手の力もいっそう強くなっている。
「黙ってりゃわからねえもんを、わざわざ世間に言いふらすようなもんだ。知ったら、あんたの親泣くぜ。それがわかっているから、あんたも呼び出されてここにきたんだろう」
「ま、ま、そんなにいきりたたないでさ。前みたいに乱暴しないで今日はやさしくするし、ゴムもつけるから、級長も、そこんとこ考え直してくれよ。な」
蛇川がそう言いながらにじり寄って、女生徒の肩に手をかけた。女生徒は両腕を振って、その手を払いのけた。
「なめんじゃねえぞ! おとなしくしていたらいい気になりやがって!」悪柿が立ち上がり、座っていた丸椅子を手にした。「ガチでやられてえのか」
「ま、ま、そうムキになるなって。級長だって話せばわかるって。愛だよ、愛」
「なにが愛だ。てえめえ、頭おかしいんじゃねえのか」
「なんだと」蛇川の目つきが変わった。「俺はおめえと違って、ただ突っ込めばいいのとはわけがちがうんだよ」
「やめろ。突っ込みたけりゃ突っ込みゃいいし、愛したいならそうしろよ。どっちにしろ、溜まったもん吐き出しゃ、スカッとするって」
豹堂は続けて女生徒に言った。
「級長もいい加減わかれよな。いらいらするぜ。おとなしくさせれば、すむことなのによ。乱暴はしたくないんだ」
女生徒は三人のほうに振り向くと、嫌悪と憎しみのこもった顔を下げ、マットレスのほうへ歩いていくと座り、投げやりに言った。
「さっさとすればいいじゃない。あんたたちなんて、どうせ、自分たちより弱い者を虐めることしかできないんでしょう……早くしなさいよ! それで気がすむんだったら、すればいいんだわ!」
「面白いこと言うじゃないか。なら、服を脱いでくれよ。レイプでなくって、お互いの合意の上でのことだからな」
豹堂を睨みつけた目に涙が盛り上がり、頬をつたい流れながらも、女生徒は唇をかたく結んで、声を出そうとはしなかった。掌で何度も涙を拭いつつ、三人の見ているなか、白い指で服を脱いでいく。
「級長――すごくキレイだぜ」
蛇川が目を細めて呟き、悪柿が喉の奥を鳴らした。
豹堂が言った。
「ここには神様もいないなら、助けにくるヒーローもいやしない。遠慮なく楽しめば、それでいいんだぜ」
2
行為の終わったあとの部屋は湿りけを帯びていた。
三人は車座になってしゃがんでいた。使用済みのコンドームを見比べて、一番量が多いのは誰かとか言い終わったあとだった。
鬱積したものが解放しきれずに空気は淀んでいた。
「なんか、いまいちすっきりしねえな」悪柿がぼやいた。
「そんなこと言ったら、級長に悪いぜ。出すもんは出したんだし」
「しかしよ。あいつ丸太ん棒決め込んでよ。女抱いた感じがしねえだろう」
マットレスの上にうつぶせで横になっている女生徒の裸体を見やって、悪柿はケッと毒づいた。
「そりゃそうだけど」蛇川も顔を女生徒に向ける。「きっと愛が足りねえんだよ」
顔をうつむけてタバコを吸っていた豹堂が、タバコを床でもみ消した。
「やったあとでの一服は最高なのに――うまかねえ」
女生徒がゆっくりと起き上がり、三人は彼女を見つめた。背を向けたままで、大きく息をする音が聞こえた。素肌にくっきりと浮かんでいる肩甲骨が上下し、背骨のラインがなだらかなカーブを描いている。マットレスに尻がついていて、尻の割れ目の先端が覗いている。女生徒は左手で衣服を手繰り寄せた。
「誰が服を着ていいって言った」
豹堂が言い放ち、肩越しに女生徒が振り返った。憎しみに満ちた目だ。涙は枯れはて、乾いてこびりついている。じっと三人を睨み、黙ったまま視線をずらすと、ふたたび衣服を手にした。
「だから言ってんだろう! 誰が着ていいって言ったかよ! おまえらあいつ押さえつけろ」
豹堂の苛立った様子に、蛇川と悪柿はわけもわからないままに女生徒に飛びかかり、手足をマットレスに押しつけた。
「なにするの! もう終わったんだから帰しなさいよ、やめてよ!」
豹堂は頭をゴシゴシと掻いた。うるさいんだよと、もぐもぐと口にしながらあたりを見まわし、どうしたものかという様子でゴミの山のほうにいってあさり始めた。
「なにするつもりなんだよ、豹堂」
女生徒を押さえたままで蛇川が言うと、俺にもわからねえと豹堂は物色を続ける。
「早くしろよ」
悪柿にああと答えると、豹堂はロッカーを覗き込んだ。そして中に雑巾モップを見つけると、音を立てて取り出し、それを手にしてマットレスのほうへ歩いてきた。表情が喜色ばんでいる。
「なんなんだよそれは」
悪柿が浮かない顔で尋ねた。
柄が木製の雑巾モップだ。豹堂は柄の先端を見て、掌で埃を払い息を吹きかけた。ズボンのポケットからコンドームを取り出すと、包装を破って、柄の先端にゴムをかぶせた。
蛇川が目を丸くした。
「ええっ、おまえそれで級長やるつもりかよ」
豹堂がうなずき、女生徒が狂ったように抵抗した。
「離してよ! そんなのぜったいにいや! やめて! あなたたちの言うこと聞いたじゃない。だからもうやめてよ。やめてったら! そんなことしないで」
「いくらなんでも、そりゃひどいぜ。かわいそすぎる」
そう言いながらも、悪柿の目は輝いていた。体重をかけて押さえ込む。
「黙ってしっかり押さえてろ。おまえらも級長も、すっきりさせてやるからよ。くすぶったままじゃなくて、燃え尽きねえとな」
「いや! いや! それはいや! 乱暴しないって言ったじゃない。お願い、許して……離しなさいよ! 離せ!」
「うるせいな。パンツ口にくわえさせろ。ここでやめたら、白けちまう」
悪柿が女生徒の顎を力任せに開かせ、蛇川が下着をねじり込んだ。二人とも鼻息が荒くなっている。マットレスが大きくゆれる。
「級長よ、悪いが、俺たちはやっぱキレイゴトでは満足できないみたいだ。神は死んだってニーチェのくそ野郎が言いやがったが、ほんとうに神様は死んだのかよ。神様はいねえのか。いたほうがいいとは思わないか。俺はそれを知りたいんだ」
「なにわけのわからんごたく言っているんだ。するなら早くしろや」
「気はまだ違っていないから安心しろ。俺も自分がなに言っているのかわからないのさ。脚をガバッと開かせろ。ぱっくりとな」
「こりゃ恥ずかしいや。俺のほうが照れちまう」
首を激しく振りながら、女生徒は嗚咽していた。髪が顔にまとわりついている。
「力を抜くんだ。力入れているとアソコが傷つくぞ。モップ相手に、あんたがどんな反応するか楽しみだぜ。俺たちよりよかったりしてよ。しかしモップで感じちまったりしたら、悲しいな。だから気張れよ。イッたりしたら、人が笑うぞ。いいとこ見せてくれよな。案外、モップが病みつきになったりしてな」
豹堂はモップを突き立てた。
3
「級長、泣いていたな」
蛇川がぽつりと言った。
女生徒の姿はもうない。
「ああ、しかしスゲェー見ものだった。久しぶりに興奮したぜ」
二人で座り込んでいるマットレスを、しげしげと悪柿は見つめた。
「おまえ、もう一回したもんな。ゴムもつけずによ」
「おまえのほうこそ、見ていて自爆しちまったじゃねえか」
「それを言うなって。年は同じかもしれないが、俺はおまえより若いんだよ。感じやすいのさ」
「自慢になるか。ただの早漏じゃねえか」
「おまえだって、すぐ終わったくせになに言いやがる。――豹堂」蛇川が首を伸ばして声をかけた。「俺考えたんだけどよ。級長のアソコの毛を売ったら金になるんじゃないかな。欲しいやつは五万といるだろう。それにまた生えてくるし。どう思う?」
ガラスの割れた窓から外を見ていた豹堂は、振り返って、二人のそばに座った。
「ああ、いい考えだ」
ためらいがちに蛇川が豹堂に言った。
「あのなあ、聞いていいか?」
「なにをだ」
「おまえよ」蛇川は気まずそうにする。「級長と幼なじみって誰かから聞いたんだけど、それってほんとうかよ」
聞いていた悪柿が呆れた顔をした。
「ああ、そうだ。ガキん時から知っている。それがどうかしたのか」
「いやなに、聞いてみただけさ」
「それよりよ」豹堂が言う。「飽きねえか、おまえら」
「なにがだ」
「だからよ、小娘抱くのに飽きねえか。ヤリマンや級長を抱いてみても、なにも変わりゃしない。なんか、いまいちピンとこねえんだよな。どいつもこいつも同じでさ。俺は、なんかうんざりしてしまってよ」
「だからってどうする。自分でするよりましじゃねえか」
豹堂は唇を拭った。
「大人の女を抱きたいとは思わないか?」
蛇川と悪柿は眉をつり上げた。
「小便臭いガキじゃねえ、大人の女をよ。きっと体のボリュームも違うなら、匂いも違うぞ。熟れているのさ。熟れてムンムンな」
「大人の女か。そりゃいいな。胸なんかたっぷりしているんだろうな」
蛇川が顔をほころばせた。
「そうとも。きっといいぞ、大人の女は」
「俺、その話ノルわ」
蛇川が言うと、悪柿が笑いながら言った。
「大人の女だと、おまえのムスコなんて食いちぎられるんじゃないのか」
「うっせえな。てめえのムスコのことを心配しろよ」
三人は声を立てて笑い、まだ触れたことのない大人の女の肉体へと夢を馳せた。
割れた窓ガラスの向こうには、雑草の生い茂った土地が広がっていた。その先に金網の柵があり、その先に川が流れ、その向こうに団地が見えていた。
割れた窓ガラスの向こうには――。
佐伯さんの【悪い奴を書く】企画参加小説でした。