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動かざる正義  作者: ふぁい(phi)


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7/12

第七章 語るには遅すぎる

語られなかった事実は、

消えたわけではない。


ただ、

居場所を失っただけだ。


桐山は、

新たに集められた資料の束を前にして、

そう思った。


当時の内部メモ。

非公式なやり取り。

残っていたのは、

断片ばかりだった。


どれも、

決定的ではない。


だが、

完全に無意味でもない。


問題は、

それらが「今」出てきたことだった。



時間は、

証拠の価値を削る。


それは、

誰の悪意でもない。


記憶は薄れ、

関係者は異動し、

文脈は失われる。


当時なら意味を持った言葉も、

今では説明が必要になる。


説明が必要な事実は、

制度の中では弱い。


制度は、

即座に理解できるものを好む。


遅れてきた真実は、

いつも不利だ。



元警察官の証言も、

書面化された。


だが、

扱いは変わらない。


「個人的な見解」

「裏付けなし」

「判断に影響を及ぼすものではない」


正しい評価だ。


桐山は、

そう思う。


だが同時に、

それがどれほど残酷かも分かる。


語ることは、

正義を動かすためではなかった。


自分自身を、

沈黙から解放するためだったのだ。


それでも、

制度はそれを拾わない。



桐山は、

当時の現場を思い返す。


あの瞬間、

何があったか。


誰が、

どこで迷ったか。


そのすべては、

今となっては推測でしかない。


だが、

推測だからこそ、

完全には否定できない。


それが、

宙ぶらりんの状態を生む。


正義は、

確定しない疑念を

最も嫌う。



「なぜ、

 今なんですか」


若手弁護士が、

誰かに問われていた。


答えは、

単純だ。


今しか、

語れなかった。


当時は、

立場がなかった。

空気がなかった。

余裕がなかった。


正義が忙しすぎた。


だから、

語るには遅すぎた。


だが、

黙るには、

もう遅すぎる。



桐山は、

一つの事実に気づく。


語られなかった事実は、

時間が経つと

「なぜ語られなかったのか」を

問われなくなる。


語られなかった理由そのものが、

消えてしまう。


残るのは、

語られなかったという結果だけだ。


それは、

個人の問題にされる。


制度は、

沈黙の背景を

記録しない。



資料を閉じたとき、

桐山は感じる。


この章は、

もう閉じられつつある。


語るには遅すぎ、

動かすには弱すぎる。


それでも、

語られた事実は消えない。


正義は、

それを抱えたまま、

動かない。


そして、

動かない正義の内部で、

違和感だけが、

静かに増えていく。

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