第六章 制度の重さ
制度は、
人よりも長く生きる。
桐山がその言葉を思い出したのは、
再審請求の要件が並ぶ資料を
眺めていたときだった。
そこに書かれているのは、
冷静で、合理的で、
一見すると公平な条件ばかりだ。
新証拠。
判断を左右する重要性。
当時、提出不可能だった理由。
どれも、
否定しようがない。
だが同時に、
すべてが揃うことを
前提としていない条件でもあった。
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再審制度は、
誤りを正すために存在する。
そう説明される。
だが、
実際に機能する場面は限られている。
それは、
制度が悪いからではない。
制度は、
「誤りが明白な場合」に
対応するように設計されている。
迷い。
曖昧さ。
判断の余白。
そうしたものは、
想定されていない。
正義は、
確信を伴った誤りなら正せる。
だが、
確信を欠いた正しさは、
修正できない。
⸻
桐山は、
過去の再審事例を辿る。
覆った事件には、
共通点がある。
決定的な証拠。
明確な虚偽。
誰の目にも分かる齟齬。
今回の件には、
それがない。
あるのは、
「もしも」の積み重ねだ。
もし、
あの瞬間に別の判断があったら。
もし、
その迷いが記録されていたら。
だが、
制度は「もしも」を扱わない。
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内部検証についても同じだ。
検証は、
判断が手続きに沿っていたかを確認する。
判断そのものが
妥当だったかどうかは、
二の次になる。
なぜなら、
妥当性を問えば、
無限に遡ることになるからだ。
どこかで止めなければ、
制度は壊れる。
止める場所として選ばれるのが、
「当時の基準」だ。
その基準は、
いつも現在より緩い。
だが、
それを責めることはできない。
制度は、
過去を現在の尺度で裁かない。
それが、
安定の条件だからだ。
⸻
桐山は、
若手弁護士の言葉を思い出す。
「正義って、
こんなに重いものなんですか」
重い。
それは、
間違いではない。
正義は、
一度制度に組み込まれると、
人の意思では動かなくなる。
動かすには、
個人の勇気では足りない。
構造ごと揺らすだけの
外力が必要だ。
だが、
外力が加わるとき、
そこには必ず
別の犠牲が生まれる。
⸻
桐山は、
資料を閉じる。
制度の重さは、
誰かを押し潰すために
存在しているわけではない。
むしろ、
皆を守るためにある。
だからこそ、
一度止まった正義は、
容易には動かない。
正義は、
人を救う前に、
制度を守る。
それが、
この社会の
選んだ順序だった。




