第五章 動かしたい者たち
動かそうとする声は、
決して大きくない。
だが、
確実に存在していた。
若手弁護士は、
再調査要請が形式的に処理されたことを知っても、
引き下がらなかった。
追加資料。
過去の判例との比較。
学説の引用。
どれも、
制度の内側で戦うための言葉だ。
だが、
その言葉が増えるほど、
周囲の反応は鈍くなっていく。
「まだやるのか」
誰かが、
そう思っている空気が伝わってくる。
桐山は、
その視線を、
何度も見てきた。
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遺族もまた、
動いていた。
署や検察に足を運び、
丁寧に、
しかし何度も同じ質問を繰り返す。
「本当に、
これで終わりなんですか」
答えは、
変わらない。
「手続き上、
問題はありません」
それは、
否定ではない。
だが、
肯定でもない。
曖昧な言葉の中で、
遺族の時間だけが、
静かに削られていく。
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内部にも、
迷いを抱えた者はいる。
会議では黙り、
廊下で視線を逸らす。
桐山のところに来て、
小声で言う。
「本当は……
少し、引っかかるんです」
だが、
それ以上は続かない。
引っかかりは、
共有されない。
共有されない迷いは、
個人の問題として処理される。
正義は、
個人の違和感を
拾い上げる仕組みを持たない。
⸻
若手弁護士は、
ある日、
桐山に直接会いに来た。
「動かせないんですか」
率直な問いだった。
責める口調ではない。
ただ、
理解できないという顔をしている。
桐山は、
すぐには答えなかった。
「動かす理由が、
弱い」
そう言えば、
嘘になる。
「動かすと、
困る人が多い」
そう言えば、
冷たすぎる。
結局、
桐山はこう言った。
「制度は、
正しさよりも
安定を選ぶ」
若手弁護士は、
納得しなかった。
納得できない人間だけが、
正義を動かそうとする。
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その夜、
桐山は資料を読み返す。
動かしたい者たちの声は、
すべて、
理屈としては通っている。
だが、
それぞれが孤立している。
点はあっても、
線にならない。
制度は、
点を怖れない。
線になった瞬間にだけ、
反応する。
だが、
線を引くには、
誰かが最初に
立ち続けなければならない。
⸻
桐山は、
自分がその役割を
引き受けないことを、
知っている。
少なくとも、
今は。
動かしたい者たちは、
正しい。
だが、
正しいだけでは、
正義は動かない。
それを、
桐山は痛いほど知っていた。




