表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
動かざる正義  作者: ふぁい(phi)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/12

第四章 前例という壁

桐山がその言葉を聞いたのは、

正式な会議の席ではなかった。


廊下で、

すれ違いざまに、

何気なく交わされた一言。


「前例、ありますよね」


声の主は、

検察側の管理職だった。


軽い口調。

確認でも、

牽制でもない。


事実の共有だ。



前例は、

正義の裏付けではない。


だが、

判断を下す場では、

それ以上に強い力を持つ。


一度通った結論は、

二度目も通る。


理由は、

それだけで十分だった。


桐山は、

自分の中に、

わずかな抵抗が生まれるのを感じた。


その前例の中に、

自分がいる。


過去、

似た構図の事件で、

彼は沈黙を選んだ。


語る材料が、

揃っていなかったからだ。


結果、

その判断は

制度の中で正当化された。


そして今、

その沈黙が

“動かさない理由”として

引用されている。



新しい証言についても、

同じ扱いがされた。


「当時、

 検証済みの範囲内ですね」


「既存判断を

 覆す性質のものではない」


誰かが言う。


間違っていない。


桐山自身、

そう思う。


だが、

それは“今の判断”ではない。


“過去の判断を守るための判断”だ。


前例とは、

過去を現在に持ち込む装置だ。


一度固定された正義は、

新しい事実よりも、

過去の整合性を優先する。



桐山は、

資料の端に目を落とす。


そこには、

当時の検討経緯が、

淡々と並んでいる。


誰が何を判断し、

誰が責任を負ったか。


曖昧な部分は、

すべて「適切」と書かれている。


適切。


それは、

便利な言葉だ。


正しいとは書かれていない。

だが、

間違いでもない。


適切である限り、

見直す理由はない。



「もし、

 今、同じ状況が起きたら」


桐山は、

そう切り出しかけて、

やめた。


答えは分かっている。


同じ判断が、

同じ手順で、

同じ速度で下される。


それが、

前例の力だ。


個々の判断者が変わっても、

結論は変わらない。


正義は、

個人の倫理ではなく、

蓄積された選択によって

動かなくなる。



会議が終わる頃、

誰かが言った。


「前例を崩すほどの

 事情は、見当たりませんね」


それは、

終わりの合図だった。


桐山は、

何も言わなかった。


言わないことが、

最も整合的だったからだ。


沈黙は、

ここでも、

正しい選択として機能する。



席を立ちながら、

桐山は思う。


前例とは、

誰かの過去の判断だ。


だが、

時間が経つと、

それは制度そのものになる。


誰も作った覚えがないのに、

誰も逆らえない壁。


正義は、

こうして

動かなくなる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ