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動かざる正義  作者: ふぁい(phi)


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12/12

最終章 動かざる正義

桐山は、その文書を、

もう一度だけ読み返した。


結論は変わらない。

再調査の必要性は認められない。

新証拠は判断を左右しない。

手続きは適切だった。


どこにも、

揺らぐ余地はない。


それが、

この社会が選び続けてきた

正義の形だった。



事件は、完全に終結した。


公的には。

制度上は。

誰の責任も問われないまま。


桐山は、その終わり方に

違和感を覚えなくなっている

自分に気づいていた。


慣れ、ではない。

諦めでもない。


理解だ。


正義が動かない理由を、

理解してしまった者の視点。



庁舎の廊下を歩きながら、

桐山は、過去の一件を思い出す。


ずっと昔、

まだ今ほど制度に慣れていなかった頃。


似た構図の事件があった。

証拠は揃っていた。

手続きも正しかった。


だが、

判断の瞬間、

現場に迷いがあった。


それを、

桐山は拾わなかった。


拾うだけの材料が、

揃っていなかったからだ。


その判断は、

正しかったとされている。


今も。



桐山は知っている。


あのときの判断が、

前例として使われていることを。


自分の名前が、

表に出ることはない。


だが、

あの判断は

制度のどこかに組み込まれ、

今も生きている。


今回の事件も、

その延長線上にあった。


つまり桐山は、

この事件に

最初から関わっていた。


自覚がなかっただけで。



「正義は、動かなかった」


その言葉は、

正確だ。


だが、

完全ではない。


正義は、

すでに固められていた。


動かなかったのではなく、

動かない形にされていた。


桐山自身の、

過去の選択によって。



その夜、

桐山は一つのファイルを開く。


公表されない。

公式記録にもならない。

だが、

完全に消すこともできない。


制度の内部にだけ残る、

小さな記録。


それは、

今回集められた

すべての「意味を持たなかった情報」を

整理したものだった。


証拠にならなかった証言。

判断を変えなかった迷い。

遅すぎた言葉。


桐山は、

そこに評価を書き加えない。


結論も、

提言もない。


ただ、

残す。



それは、

正義を動かす行為ではない。


だが、

正義を完全に閉じることも

拒む行為だった。


制度は、

すぐには反応しない。


おそらく、

この記録が使われることは

ないかもしれない。


それでも、

消えない。


正義が動かなかった理由が、

どこかに残る。



桐山は思う。


動かないという選択は、

最も安全で、

最も責任の軽い判断だ。


だが、

それを積み重ねた先で、

誰かが必ず

その重さを引き受けることになる。


それが、

自分である可能性も含めて。



庁舎を出ると、

街はいつも通りだった。


人々は、

正義が動かなかったことを

知らない。


知る必要もない。


それで社会は回る。


だが、

桐山は足を止める。


もし次に、

似た事件が起きたとき。


もし次に、

迷いが制度の外に零れ落ちたとき。


そのとき、

この正義は

本当に動かないままでいられるのか。



桐山は、

答えを出さない。


出せないのではない。

出さないことを選んでいる。


だが、

探すことはやめない。


それが、

彼がこの一連の事件に

関わり続ける理由だった。


正義が動かない世界で、

なぜ動かなかったのかを

 誰かが覚えていなければならない。



正義は、

語られ、

選ばれ、

沈黙し、

そして、動かなくなる。


だが、

その過程を知る者がいる限り、

物語は終わらない。


それは、

次の判断の中で、

静かに息をしている。


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