第十一章 それでも残るもの
結論が出たあと、
世界は変わらなかった。
ニュースは別の話題に移り、
人々は日常に戻る。
それは、
正義が機能した証拠のようにも見える。
混乱は起きていない。
秩序は保たれている。
だが、
桐山の中では、
何かが終わっていなかった。
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机の引き出しに、
一枚のメモが残っている。
書かなかった文章。
書けなかった言葉。
それは、
記録にも、
判断にもならなかった。
だが、
完全に消えることもない。
桐山は、
その存在を
毎日のように意識する。
正義は、
判断された瞬間よりも、
判断されなかったことの方が
長く残る。
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若手弁護士は、
別の事件を担当しているらしい。
もう、
この件について
連絡は来ない。
彼は、
何かを学んだのだろう。
それが、
諦めなのか、
成熟なのかは分からない。
ただ、
彼もまた、
正義の重さを
知った一人になった。
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元警察官の証言は、
誰にも読まれないまま、
時間だけが過ぎる。
だが、
語った本人の中では、
何かが変わったはずだ。
救われたとは言えない。
だが、
沈黙ではなくなった。
それだけで、
十分だったのかもしれない。
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桐山は、
自分の選択を
後悔していない。
だが、
肯定もできない。
正義が動かなかったことを、
正しいとも、
間違っているとも
言い切れない。
その曖昧さが、
彼の中に残り続ける。
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ある日、
後輩から、
何気ない質問を受けた。
「正義って、
動かない方がいいことも
あるんですか」
桐山は、
すぐには答えられなかった。
動かない正義が、
守ったものはある。
だが、
取りこぼしたものも、
確実にある。
どちらか一方だけを
見ることはできない。
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桐山は、
ゆっくりと言った。
「動かないことが、
間違いじゃない場合もある」
それは、
逃げの答えではない。
だが、
完全な答えでもない。
正義は、
常に途中だ。
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夜、
一人で歩きながら、
桐山は思う。
動かない正義の中で、
何が残るのか。
それは、
次に判断を下す人間の中に、
小さな違和感として
引き継がれていく。
正義は、
完全には終わらない。
終わらないからこそ、
次の判断が生まれる。




