よくある断罪物語
「アリッサ・ガーランディア! 貴様との婚約を破棄する!!」
「……はぁ」
目の前の男は言い切ったと言うようにやり遂げた顔をしてアリッサの妹であるメルディの肩を大事そうに抱いている。その彼女が彼に触れられるのが嫌だと言う顔をして払いのけたい気持ちを押し殺しているなど露ほども知らない。というか、好かれていると思い込んでいる。
メルディが助けて、と姉に視線を向けるもしばし我慢して、とアリッサは見つめ返した。
彼——ガロン・ローガンはアリッサの煮え切らない態度にイラついたように不機嫌そうな顔をした。
でも、それも今のうちだと彼は思いながら口を開き彼女が犯した罪を述べる。最愛の女性メルディを害したとばかりに並べたてられる罪にアリッサは演技とも知らずにいる癖に、なんて悪態を心の中で吐いた。
ガロンは公爵家の人間だ。アリッサの家は伯爵家だから彼の方が身分的には偉い。
ただ、それに見合った能力がない。それ故に彼は長男であるが跡を継ぐ子供は次男であると彼以外の者は知っていた。
そうして罪を並べ立ててアリッサが青ざめると思い込んでいた彼は婚約破棄を告げた時と変わらない彼女の顔色に我慢ならずに吠えた。
「お前は妹を虐げたにも関わらず胸が痛まないのか!!」
正確には虐げたフリ、なんだけれど。
どうしてそういった経緯に至ったかは5年前に遡る。メルディが10歳になったころ誕生日パーティが開かれた。
当然そこには婚約者となったガロンも招待せねばならない。仕方なく彼を招けばなんということだろうか。
彼はメルディに惚れた。婚約者がいようにもお構いなしに彼女へ愛の言葉を囁き求婚までした。
メルディにも婚約者を探さねばとアリッサ達の両親は思っていた頃にそんな事件が発生してしまえば見送るほかない。メルディは彼の求婚は断った。
『あなたには姉がいますでしょう?』
その言葉にガロンはなんと遠慮深く姉に対する思いやりのある素敵な女性なのか、とさらにメルディに惚れ込んでしまった。
迷惑だと感じていても淑女たるもの表に出すべきではないと教育されたメルディはガロンの言葉をやんわりと断り続けた。
それを彼は遠慮しているだとか照れているだとかいいように解釈し始めその話はアリッサからガロンの両親へ伝わった。
両親から言われればしばらく大人しくなるもののまた元に戻る。それを繰り返されれば政略結婚だから、と割り切っていたアリッサもこんな人と結婚などしたくないと思うようになる。
そうして彼抜きで両家公認でアリッサとガロンの婚約は白紙へ。その時と同時にアリッサは両親と妹へある計画を相談する。
『ガロン様は恐らくすべてを知るまでメルディを諦めません。ですから、わざとわたしを悪女だと思わせ彼から婚約破棄を言い渡されると同時に全ての事実を明かすというのはどうでしょうか。この計画にはメルディ、あなたの協力が必要不可欠なの』
『お姉様、私はどうすれば……』
『わたしの知り合いの劇団の方にあなたを襲わせたり級友に伝えてあなたを貶めたりするわ。そうすればあのアホ……いえ、ガロン様は嫉妬をしてあなたをいじめた最低な女だと思うはず』
『……いいですよ、姉様。全部、演技なのでしょう? なら、大丈夫です。私も、あの方に付きまとわられなくなると思えば嬉しいですから』
それを半年繰り返せばガロンは憤慨しそうして今に至る。
「虐げた、なんて言われましても……」
どうしましょう、なんて困ったようにアリッサは頬に手を当て首を傾げる。
相も変わらず煮え切らない彼女の様子にガロンは叫んだ。
「お前はこの期に及んで……!! メルディの悲しんだ顔を知らないのか!!」
悲しい、顔? 迷惑をかけられて困った顔は知っているけれど。
なんて思いながらガロンとメルディを交互に見やる。もう限界そうな妹の様子に頃合いだとばかりにアリッサは笑う。
「あなたは本当に頭が足りないのですね。すべて演技だと思わなかったのですか?」
「はぁ? 演技?」
「そうですわ。メルディはあなたに言い寄られてとても迷惑だと感じていたのですよ?」
「なんで俺に言い寄られてメルディが迷惑だと感じるんだ?」
純粋に。本当に心の底から疑問を感じるガロンにアリッサは声を上げて笑った。
きょとん、とするガロンに失礼と軽く咳ばらいをしてアリッサは告げる。
「不細工であるあなたに言い寄られて喜ぶ淑女はおりまして?」
「な……っ」
「加えて性格も最悪な男に。どうしてわたしの可愛いメルディが喜んでいると?」
「よ、喜んでいたさ! 手を握れば顔を背けて……!」
「呆れた方。嫌いな方に手を握られ至近距離で見つめられてしまえば背けてしまうしかないでしょう?」
「め、メルディ……」
助けを求めるようにガロンはメルディを見やる。そこでようやく気付いた。
彼女の顔は病気だと思うぐらいに青ざめ身体が震えていることに。最初はアリッサと対峙して怖いのかと思っていた。
メルディはガロンを押しのけ姉の元へ駆け寄る。
「可哀そうに。あんなに近い距離で叫ばれて怖かったわね、メルディ」
「姉様……」
姉に抱き着くメルディに手を伸ばしかけガロンは引っ込めその場に崩れるように座った。
メルディの頭を撫でながらアリッサは最後に告げた。
「ああ、そうそう。ガロン様。わたしとあなたの婚約は既に白紙ですの。ですから、今日あなたが行ったものはすべて茶番ですわ。後日慰謝料を請求いたしますね」
にこりと絶世の美女は微笑んだ。それにガロンは力なく頷くしかなかった。




