王様と見えない服
王様はどう見てもパンツ一丁だった。
「これはなかなかに刺激的な服だな。」
玉座の前で王様は少し前かがみになり、両腕に力を入れつつみぞおちの前あたりで両拳を重ねてポーズを取った。
「どうだ?」
間髪を入れず、服屋は答えた。
「とてもお似合いでございます。」
この服屋、どうにも胡散臭い。
今、王様が着ているらしい服はこの服屋が持ってきたものだ。「着ているらしい」というのは、私にはその服が見えておらず、本当に着ているのかわからないからだ。
服屋曰く、『馬鹿には見えない服』だそうだ。
もし、服屋の言うことが本当だったとしたら、私は馬鹿だということになる。王様の側近たる私が、である。
王様はまた別のポーズを取る。
体ごと左を向き、右肘を直角に曲げ、左手で右手首を掴んで、上半身だけをこちらに向ける。
王様はファッションショーのつもりなのだろうが、私には筋肉自慢にしか見えない。
実際、王様の筋肉は自慢するに値する。
戦場で鍛えられた本物の筋肉だ。
王様がまだ「王子様」だったころ、自らの身長ほどはあろうかという大剣で何人もの敵兵士を屠ってきたところをこの目で見てきた。
しかし、先代が急逝し、突然王の仕事を引き継ぐことになり、戦場からは遠ざけられた。
相当にストレスが溜まっていることだろう。
そう思ったからこそ、気分転換になれば、と変わった服を売っているという服屋を王宮に招いてみたが、こんなことになろうとは。
「どうだ!」
王様の一言で現実に引き戻される。思わず「素晴らしい筋肉です」と言おうとして、慌てて口をつぐむ。それを口に出してしまっては「私には服が見えていません」と言うようなものだ。
いや、それが狙いか?
よくよく考えてみれば、先程から筋肉を強調するポーズばかりしている。
王様は私の目をじっと見てくる。服の感想を言えということだろうか?
正直に言うのも憚られるが、かといって、嘘もつきたくない。
困っていると、王様は私に向けた視線を、一瞬服屋の方に外し、また私に視線を合わせた。
あ、なるほど。私はそれで悟る。共に戦場で培った阿吽の呼吸がここで生きた。
王様は騙されたふりをして、服屋をからかっているんだ。
それなら、私は王様に話を合わせているという体裁を保てばいい。
方向性が見えて少し安心した。
「素晴らしい服でございます。王様の勇ましさ、優しさが十二分に表現されている、かと」
「よし、ではこれで街を視察するぞ。準備せよ。」
王様は私の目を見たまま、そう宣言した。
あ、やられた。最初からこれが狙いだったんだ。
つまり王様は、最初から騙された体でパンツ一丁のパレードをするつもりだったのだろう。
しかし、通常であれば、当然のことながら私が反対する。
だから先に私から「王様はちゃんと服を着ている」という言質を引き出して、反対する理由を潰してから、視察を宣言するという流れを作りたかったのだ。
そこまで推察したところで、王様が予想外の言葉を呟いた。
「しかし」
一呼吸置く。
「刺激が足りんな」
そういうことか。
ようやく王様の本当の狙いがわかった。
私の推理は半分当たっていて、半分外れていたようだ。
『王様は騙されたふりをして、服を着ないで視察に出たかった。』
『視察に出るためには私の言質が必要だった。』
ここまでが当たった半分。
王様は真剣な顔つきで「服屋よ」と呼びかけた。
「この服は買おう。それと、もう一つ。」
外した半分を王様は口にした。
「馬鹿には見えないパンツはないのか?」
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